第18話 美脚の大砲

「ロザリアさん、リリアンヌさん。ごきげんようですわ」


 魔法学校で制服姿のエリエットに出会った。

 彼女がウィスプンド村に来てから一週間が経ったが、いつの間にか生徒になっていたようだ。


「おはよう、エリエット。制服、似合ってるわね」


「おはようございます。創立に関わった私が言うのもなんですが、この学校って本当に簡単に入れちゃうんですね。そう言えば、入学試験とかあるんでしたっけ?」


 なにせ学校創立は五十年も前のことで、かなり記憶があやふやだ。


「私は筆記の試験やったわよ? まあ、文字の読み書きができるかを見極めるだけの、簡単な問題ばかりだったけど」


「わたくしもですわ。昨日試験を受けて、今日からもう生徒ですわ。驚きのスピード感ですわ。しかも入学金や授業料の話なんか出ず、この制服を買うだけでオッケーでしたわ。どうやって運営してますの!?」


「あー、そういえば私も授業料払ったことないですね。寄付したい人が勝手に寄付してるみたいですけど」


「いい加減な学校ですわね……」


 仕方がない。なにせエルフそのものがいい加減なのだ。


「けれど授業料を払わずに、あの図書室の膨大な蔵書を読み放題とは素晴らしいですわ。エルフの皆さんが入学したが最後、卒業したがらないのも頷きますわ。それと食堂で朝食をいただきましたが、とても美味でしたわ!」


「へえ。エリエットさんって生肉以外も食べるんですね」


「当然ですわ! わたくしのことをなんだと思っていますの!?」


「そう言われても。初めて会ったときの印象が強すぎて、生肉の人というイメージが定着してしまいました」


「悲しいですわ。しくしくですわ。けれど、そんなことだろうと思って、わたくしが知性の人間だとアピールできるものを持ってきましたわ。というわけでロザリアさん、リリアンヌさん、校庭にカモーンですわ!」


 エリオットは手招きしながら走って行く。


「無視して帰っちゃダメでしょうか?」


「さ、さすがにかわいそうでしょ……ほら、昔から有名な錬金術師なんだし、もしかしたら本当に凄いものを用意してるかもよ!」


「なら、一応期待しておきますか。ところでエリエットさんって見た目的には、リリアンヌさんと同年代ですよね。なのに昔から有名なんですか?」


「言われてみると変ね。私が生まれる前に発明したものとかあるし……名前が世襲制、とか?」


「なるほど、ありえそうな話です」


「つまりエリエットは、先代に認められてその名を名乗ってるわけね。とっても有能なはずよ」


 リリアンヌは期待を込めた声を出す。


「あるいは、自分を偉大な錬金術師だと思い込んでる異常者か……」


「うぅ……その可能性も否定できないわ……」


 真相を確かめるため、ロザリアとリリアンヌは校舎を出る。

 そして校庭に鎮座する鉄の塊を見て、二人して目を丸くした。


「見てくださいまし! ロザリアさんが設計した魔力砲をわたくしなりに改良してみましたわ!」


 確かにそれは、かつてマルティカス教団を薙ぎ払った魔力砲によく似ていた。

 ただし、足が生えていた。

 大砲に足と聞けば、普通はクモのような多脚をイメージするだろう。

 だが、目の前にあるのは人間のような二本の足だった。それもかなりの美脚が、大砲の台座からニョキッと生え、なぜかスクワットしている。

 はっきり言ってキモい。

 しかし――。


「あんな細い足で、なんで大砲を支えられるの……? あんなにスクワットしてるのに、軸が全然ブレないわ」


「それと動きが凄まじく滑らかです。まるで生身のような……」


「その通りですわ! これは機械ではなく、ホムンクルス技術を応用して作った、肉の足ですわ。しなやかで、力強い。これを作れるのはわたくしだけと自負していますわよ!」


 エリエットは自慢げに語る。

 それは決して自信過剰ではない。

 ロザリアの目から見ても、凄まじい技術なのは否定できない。

 が。


「キモくね?」


 と、呟いたのはロザリアでもリリアンヌでもない。

 近くにいた生徒である。

 足が生えた大砲なんて珍しいものがあったら、人が集まってくるのは当然だ。

 そして無関係な野次馬たちは、忖度なしに、曇りなき本音を口にする。


「大砲は無骨で格好いいし、足は美脚だけど、どうして二つを組み合わせてしまったんだ……」

「動きが滑らかすぎて逆にキモい」

「夢に出そう」

「小さな子が見たら泣いちゃう奴じゃん」


 散々な言われようである。


「み、皆さん、なぜこの美しさを理解してくれませんの!? 砲身を少しもブレさせずに走ることだってできますのよ! ほら、ご覧くださいな!」


「わっ、こっちに来た!」


 大砲はしゃかしゃかと走り回る。

 なのに砲身は揺れない。この安定感なら移動しながらでも精密な砲撃ができるだろう。

 しかしキモい。

 足が高速で動いている分、違和感が激しい。

 出来の悪いCGを見ている気分になる。


「ちょっと、エリエット、やめなさいよ! みんな本気で怖がってるから! 凄い技術なのは分かったから、このキモいのを止めて!」


「リリアンヌさんまでキモいって言いましたわ……なぜですのぉぉぉっ!」


 エリエットは涙を流しながら、大砲と一緒に走り去っていった。

 その日からウィスプンド村では子供を叱るとき「悪いことすると美脚の大砲が来るよ」と言うのが常套句になった。

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