第14話 ジャイアントスイングです

「ええいっ、その顔、信じておらぬな! 我は強いんだ! そこで丸くなっている下級ドラゴンとは違うのだ!」


「……なら私と力比べしましょう。押し合いです。負けたほうが家来になるという条件でどうです?」


「ほほう、丁度いい! 我が名はアジリス。ドラゴンの強さを貴様らに教えるためにきたのだ。下級ドラゴンが我らの全てだと思われては、種族の名折れだからなぁ!」


「私はロザリア。いざ尋常に勝負!」


 アジリスを名乗るドラゴンは、四つん這いで地を蹴り、周面から突進してきた。ロザリアは両腕を突き出し、その鼻先を受け止める。

 骨が軋むほどの衝撃。靴の裏が剥がれる。だが耐えた。アジリスの突進を止めた。


「な、なにぃ!? エルフが我より力持ちだなどと……認められぬぅっ!」


 アジリスは四肢に更なる力を込める。が、ロザリアも魔力を振り絞って全身を強化し、それを相殺した。


「ふんぬっ!」


 更にロザリアは気合いの声と共に、アジリスの口に手を突っ込んで、牙を握りしめた。


「ふぎゃ! なにをする!」


「ジャイアントスイングです!」


 本来は相手の両足を掴んで振り回すプロレス技だ。しかし体格差がありすぎて足など掴めない。牙が手頃な太さだったので握りしめ、反動を付けて横に振る。

 アジリスは抵抗して踏ん張ろうとするが、ほどなくして四つの足が浮き上がる。翼をバタつかせても、十分なブレーキにはならなかった。

 ぐるんぐるんと巨体が回転する。

 もっと加速させるつもりだったのに、遠心力に耐えられず、牙が途中で抜けてしまった。


「あ」


 ロザリアは右手と左手に一本ずつ残った、象牙のように美しい牙を見つめる。その持ち主は、森に溝を掘りながら悲鳴を上げて遠ざかっていく。


「す、凄い! ロザリアってば、真竜にも勝っちゃった! 嘘みたい!」


 リリアンヌを皮切りに、見ていた人たちが褒め称えてくれる。

 ロザリア自身もこの勝利は快挙だと思う。が、素直に誇る気にはなれない。

 言葉巧みに、と言うほど巧みではないが、とにかく口先で相手のドラゴンブレスを封じ、単純な相撲モドキにしたから快勝できたのだ。

 なんでもありの戦いなら、結果は逆だった可能性もある。


「うおーん、痛いぃぃ! 歯が抜けちゃった! 我の自慢の牙がぁっ!」


 ドタバタともがく音が響く。

 このままだと森が破壊される。森はエルフの資源であり、心の風景だ。なくなったら困る。


「落ち着いて、と言ったところで、痛いものは痛いと思いますけど……誇り高いドラゴンが泣きじゃくったらみっともないですよ。牙を抜いた私が言うのもアレですけど。まさか、こんな簡単に抜けるとは思わなくて……おや?」


 わんわん泣くアジリスの口の中を見ると、確かに牙が抜けたせいで歯並びが乱れていた。しかし歯茎が完全に露出しておらず、小さな白い突起が顔を見せている。


「新しい牙? 生え替わるタイミングだったから簡単に抜けちゃったってことでしょうか?」


「生え替わり……?」


「ほら」


 ロザリアは光魔法を応用して空中に鏡を作り、アジリスに自分の口内を見せてやった。するとアジリスは機嫌よさげに笑った。


「おお、我にもいよいよそういう時期が来たか! ぬふふ、前よりも鋭い牙になるのだぞ」


「これから生え替わるってことは、アジリスは子供ドラゴンなんですか?」


「子供とは失敬な! 真竜はエルフよりも更に長寿。すでに四百年は生きている! ロザリアとやら、お前は何歳だ?」


「三百歳です」


「ほれ見ろ! 我のほうがお姉ちゃんだ!」


「お姉ちゃんって……私より年上だろうと、真竜的には子供なんですよね?」


「だから子供ではない! 若いと言え! しかし生え替わりかぁ……我も大人の仲間入りかぁ」


 子供ではないと言った舌の根も乾かぬうちに、大人の仲間入りと呟く。嬉しすぎて、自分の口から飛び出す言葉を制御できなくなっているようだ。


「うぐっ、生え替わるのはいいが、抜けたところが痛い……」


「じゃあ、私が作ったお薬を塗ってあげます」


 次元倉庫から軟膏を出して、歯茎に塗り塗り。


「む? むむむ? 痛みが急に引いたぞ! お前が作ったのか、凄いなぁ! 礼を言うぞ。そして負けたので家来になろう。約束を違えたら、それこそ真竜の名折れだからな。主人は家来を養うものだ。言うことを聞いてやるから、なにか献上せよ」


 家来の割りに、態度が大きい。


「なにかと言われても、急には」


「いやいや。こんなに酒の香りをプンプンさせておきながら、もったいぶるな。お前たちが酒盛りをしていたのは見れば分かる。そしてドラゴンは酒が大好きだ。自分で言うのもなんだが、我は酒さえくれれば大人しくなるぞ!」


「はあ」


 ふと、ヤマタノオロチも酒を飲んでいたなぁ、と日本の神話を思い出した。

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