第5話 人間の国の姫騎士 2/2

「エルフがどんな奴らなのか、情報を集めなきゃ……」


 リリアンヌはフードを被り、魔力で脚力を強化し、城壁を一気に駆け上る。


「……やっぱり、こんなの村じゃない。立派な都市よ!」


 城壁の上から見下ろす先には、レンガ造りの建物が並んでいた。

 道路は石畳で舗装され、馬車がゆったりと走っている。

 煙突が並んでいるのは工場だろうか。

 一瞬見ただけでも、工業技術が並大抵ではないと分かる。


 リリアンヌは下に降りて、間近から観察しようと足を踏み出す。

 王都に帰って応援を呼ぼうという考えに至れなかったのは、好奇心による先走りかもしれない。

 そのことをすぐ後悔する羽目になる。


「いたぞ! 侵入者だ!」


 眼下の町に降りる前に、城壁の上にエルフが現れた。

 見つかるのが早すぎる。

 外部からの侵入を検知する魔法でも仕掛けられていたのだろうか。

 あれだけの技術を有しているのだ。想定しておくべきだった。


 矢が射られた。リリアンヌはそれを剣で弾く。と同時に跳躍。町とは反対方向へ降りる。つまり来た道を逃げようとした。

 落下中に二本目の矢が迫る。足場のない空中だが、リリアンヌの剣技は曇りを見せず、なんとか軌道をそらすのに成功。

 しかしフードがとれた。


「平ら耳! やはり人間だ!」

「教団の生き残りめ! そんなにエルフを焼きたいのか!」


 そんな叫びが聞こえてきた。


「教団の生き残り!? 違う! 私は教団と関係ないわ!」


「ほざけ! ならばどうしてフードで顔を隠して忍び込もうとした! 正体がなんであれ不審者ではないか! 殺されても文句は言えんぞ!」


 正論だった。

 だからといって大人しく殺されるわけにもいかない。


「わ、私はリリアンヌ・ラギステル! ラギステル王国の王女よ! 決してマルティカス教団の一員じゃないから!」


「王女? すると人間は、王族自ら乗り込んで来るほどエルフを焼きたいのか!」


「そうじゃない! エルフが暮らす土地に火をつけようなんて思ったことないし!」


 いくら弁明しても、矢は次々と飛んでくる。

 大きな耳をしているくせに、聞く耳を持ってくれない。

 追手の数は徐々に増え、いまや二十人近いエルフがリリアンヌを追いかけて森を走っている。


「火球!? 魔法師まで来て……私は本当にエルフがどんな生活してるか見たかっただけなのに!」


 偽りのない叫びを上げても、エルフの心には響いてくれない。

 氷槍やら雷撃やらと、攻撃魔法の見本市のようになってきた。


 リリアンヌは足で躱し、木を盾にし、それでも間に合わぬときは剣に魔力を流して魔法を斬る。

 魔法の才能を磨いてこなかったリリアンヌにとって、刃に魔力をまとわせるだけでも精神力を使う。繰り返せば当然、疲弊する。

 普段なら森の中でも風のように走れるのに、無様につまずいて転んでしまう。


「やっと追い詰めた。しぶといんだから……」


 そう呟いてリリアンヌを見下ろすのは、銀髪のエルフ。

 教団の尽くを闇に飲み込んだあの少女……いや、その妹のほうだ。


「私だって戦える。私だって人間を倒せる。私だってお姉ちゃんみたいに」


 ぶつぶつと呟くその姿は、なにか鬼気迫るものを感じる。

 たんに敵を排除しようという以上のなにかが瞳に宿っていた。

 正気を踏み外すギリギリの縁に立っているのではないか。

 だが強い。

 精神に異常をきたしているなら、どこか付けいる隙がありそうなものなのに。勝ち目が見えない。


 エルフ少女の持つ杖の先端から、光の刃が天に向かう。

 伸びる。まだ伸び続ける。

 はたして何十メートルか。

 この大きさで、この魔力密度の刃。神業としか思えないが、作った本人は涼しい顔だ。

 虫でも払うかのように脱力し、光をリリアンヌに振り下ろす。


 時の流れが遅く感じる。

 迫り来る死から逃れる方法を見つけるための猶予期間。

 頭がフル回転し、過去の経験を洗いざらいする。

 それでも助かる道が見つからない。


 怖くてリリアンヌは目を閉じる。

 遅い。最後の瞬間がなかなか来ない。

 むしろ死の気配が遠ざかったように思えた。

 恐る恐る目を開ける。


 すると、銀髪の少女が振り下ろした光の剣を、別の銀髪の少女が闇の盾で受け止めているではないか。


「お姉ちゃん、退いて! そいつ殺せない!」


「まあ、少し待ってください。どうやら本当に教団とは無関係っぽいですよ。お姫様だというなら、助けてコネを作るもよし。人質にして身代金を取るもよし。まずは対話をしようじゃありませんか」


 打算的なことを言っている。

 しかし、絶体絶命のピンチに自分より遙かに強い人が助けに来てくれるというこの状況は、リリアンヌが理想としてきたものと完全に一致していた。

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