第4話 人間の国の姫騎士 1/2
リリアンヌ・ラギステルは、国民から『姫騎士』の愛称で敬意を払われている。
しかし両親に言わせれば、ただの『おてんば娘』であるらしい。
実際、リリアンヌはもう十七歳。王族や貴族なら婚約者がいるのが当然で、すでに嫁いでいてもおかしくはない。
だというのにパーティーの誘いは尽く断り、ドレスよりも剣を好む。
たんに好むだけなら趣味で片づくが、王都を抜け出してはモンスターを斬り伏せるところを何度も目撃され、姫騎士ともてはやされるに至った。
そんな姫にあるまじき活発さを発揮しても、王の娘だから見合いの話はそれなりにある。
が、リリアンヌはそのたびに「最低条件は私より強い男」などと言って、相手を倒してしまう。
なのに「自分なら姫に勝てる」という自信家の供給が途絶えないのは、リリアンヌが美人ゆえだ。
自信をへし折られる犠牲者が増え続けるので、両親はリリアンヌを結婚させるのを半ば諦めたようだ。それどころか見合いが申し込まれるたび相手に恐縮し、「いっそ剣と結婚したらどうか」と娘に言い出す始末。
リリアンヌとしては心外である。
別に結婚を断固拒否しているのではない。本当に自分より強い男が現れたら婚約くらいしてやってもいい。なのに現れないのだから仕方ないではないか。
そういう話を両親にすると「ならせめて今以上強くなるのをやめればいい」と言われる。
まったく分かっていない。
なぜ相手に合わせて歩みを止めねばならぬのか。
こちらが全力疾走している横を軽々と追い越していくような、そんな頼りがいのある殿方を両親が連れてくれば万事解決であり、それができないからといってリリアンヌに妥協せよというのは筋違いだ。
というわけで、今日も見合い中に公爵家の息子を殴り倒したリリアンヌは、両親の小言から逃れるために荒野に来た。
モンスターを見つけ次第に斬殺しつつ北上。
歯応えのある敵と巡り会えないので、せめて妄想の中で強敵を作り、苦戦してみる。
絶体絶命のピンチ。そこに颯爽と駆けつける王子様。
いい。
この妄想はかなりグッとくる。
リリアンヌは妄想のディティールを詰めながら、ひたすら歩き続ける。今夜は王宮に帰らず、森で野宿して、静かに妄想に耽りたい――。
などと、母親が聞いたら血圧が上がりそうな計画を立てていると、怪しげな集団が森に入っていくのを見つけた。
「あれは……まさかマルティカス教団かしら……?」
リリアンヌが生まれる以前から破壊神を崇拝している変わり者の集団だ。
人間に崇拝されたところで、破壊神は黙示録のスケジュールを前倒しにはしないだろう、と多くの者は考える。
しかしマルティカス教団は人生によほど疲れた集団のようで、夜な夜な集まっては、早く世界が終わりますようにと祈りを捧げているらしい。
それだけなら見過ごせるが、犬猫を生贄に捧げ、ついには人間にも手を出した。
マルティカス教団は危険分子と見なされるようになった。ところが排除しようにも、教祖がやたらと強い魔法師で、正規軍でも冒険者でも歯が立たない。
そうしているうちに教団が捧げる生贄はエスカレートし、村を丸ごと殺戮する事件まで起きてしまった。
破壊神マルティカスとは本来、終末の時代に降臨して世界を終わらせる神であり、新たな世界を創造する神だ。
生贄を捧げられたからといって、何百人かの世捨て人のために動きだすとは到底思えぬ、高位の存在である。
しかし教団の活動によって、そのイメージはすっかり地に落ちた。破壊と創世の神ではなく、生贄をむさぼる邪神扱いだ。
マルティカスにとってはいい迷惑だろう。
そして次は自分たちが生贄にされるかもと怯える民からすれば、迷惑どころか死活問題だ。
そんな神と人の双方に不幸を撒き散らすマルティカス教団が、規律正しく行進して森に入っていった。
強い目的意識を感じる。また大勢を殺すつもりなのだろうか。だとしたら、なんとしてでも止めなければ。
今から王都に戻って応援を呼んだら手遅れになるかもしれない。だがリリアンヌがいくら剣の腕に覚えがあるからといって、一人で教団と戦うのは無理だ。
「……そもそも、こんな森の中に誰か住んでいるのかしら? この奥は確か……ああ、そうよ、エルフの村があるんだった。だから私もあまり奥にいかないようにしてたのよ」
エルフと人間。
生活様式も寿命も大きく異なるので、交流はほとんどない。だが、それでも『人』である。
マルティカス教団に皆殺しにされていい道理はない。
せめて先回りして注意を喚起すれば、一人でも多く逃げおおせてくれるのでは。
リリアンヌは淡い希望と共に走った。
しかし戦闘はすでに始まっていた。
「遅かった……」
悔しくて拳を握りしめる。
ところが様子がおかしい。虐殺されているのはエルフではなく教団だった。
「え、強……って言うか、あれってもう村じゃないわよね……?」
リリアンヌの前に広がるのは、王都に勝るとも劣らない立派な城壁。その向こう側は見えないが、小さな村を守るためにこれだけの壁を作ったとは思えない。
そもそも向こう側になにがあろうと、もはや壁そのものが驚天動地の代物なので、リリアンヌはすでに夢でも見ている心地になっていた。
城壁の上に無数の大砲が並べられている。戦いへの備えを感じる。狩猟で細々と暮らしているエルフのイメージとはほど遠い。こんな要塞のような建造物が誰にも知られることなく森の奥に作られたというのが信じがたい。
そして砲の威力はリリアンヌを更に夢見心地にさせた。
鉄の砲弾ではなく、光の弾が発射され、地面と人の群れを抉り取ったのだ。
「分厚い防御結界が貼られてたのに、飴細工みたいに簡単に割っちゃった……」
大砲から魔力の塊を発射した。
言葉にするのは簡単だが、実際にやるのは困難を極める。
リリアンヌもかなり魔力を有しているが、それを飛ばして相手にぶつけることはできない。空中に放出した瞬間に霧散してしまうからだ。自分の体から離れた魔力を制御するのはとても難しい。
大人を転ばせられる程度の威力を保ったまま、十メートルも魔力を飛ばせたら『攻撃魔法の初級者』を名乗れる。
だというのにあの大砲は、何百メートルもの射程があり、一撃で象を挽肉にしてしまいそうな威力を誇っている。
人が制御しているようには見えない。おそらく無人の機械制御だ。
才能ある者が何十年も修行を積んで、ようやく至る領域。大量生産した機械が再現している。信じられない。
「しかも、なによ、あの連射力!」
大砲というのは普通、一発撃ったら次弾発射まで時間がかかるものだ。
それは弾の材質が鉄でも魔力でも同じのはず。
空になった魔石に、誰かが魔力をチャージしなければ、魔力砲はオブジェと化す。少なくともリリアンヌの国で開発中のはそうで、ほかの国の技術力も大差ない。
そのはずなのに、目の前の魔力砲たちは、誰の世話も受けずに盛大に光の雨を降らせていた。
雨を浴びた破壊神の信者たちは地面の赤いシミとなっていく。逃げ回る彼らを弱者と笑うことはできない。リリアンヌが巻き込まれても同じ運命を辿るだろうから。
「今度は鉄の巨人!? 中に誰か入ってる? それとも無人? ……動き速っ! そして強い! エグっ!」
信者たちは森に逃げ帰ったが、そこでエルフたちに包囲され、矢で貫かれる。
神聖な気配の巨腕が召喚され、戦局が分からなくなったが、それさえもエルフは闇の彼方に消してしまった。
「あの黒いのなに……魔法なの? 宮廷魔法師だってあんなの使えないでしょ……エルフってあんなに強いの? 殺意バリバリの集団じゃない……も、もしあいつらが人間の国に攻めてきたら……」
リリアンヌは想像を巡らせる。
今のは教団が攻めてきたから返り討ちにしたというだけ。
しかしエルフが教団とほかの人間を区別してくれるとは限らない。人間全体を敵と見なして、やられる前にやるの精神で森から飛び出し、あの火力で無差別に攻撃を始めたら、被害はどこまで広がるのか。
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