第3話 邪教団は返り討ちにあう 2/2

「な、なぜだ……我らはただ、聖女の誕生を阻止するためエルフの村を焼こうとしただけなのに、なぜこんな目にあうのだ……!」


 信者の一人が呟く。


「なぜって、村を焼こうとしたら、そこの村人に逆襲されて当然でしょう? どこに疑問が?」


 そう答えたのは、十代半ばに見えるエルフの少女だった。無論、エルフの歳の取り方は人間と異なるので、実年齢は分からない。

 エルフは総じて美形だが、その中でも美しく見える。特に長い銀色の髪とアメジスト色の瞳は、息を呑むほどだ。


「村? 村だと! あれのどこが村だ! 巨大な壁に守られた都市国家ではないか! 我らは村を焼きに来たのであって、国と戦争しに来たのではない!」


「身勝手すぎてビックリしちゃう嘆きですね。けれど、もはや村ではないというのは、なるほどです。国を名乗るかどうか、気が向いたらみんなで話し合います。その前に、雑事を手早く終わらせましょう」


 少女は口調こそ穏やかだった。

 しかし教団に対する殺意が濃密すぎて、信者たちは後ずさる。

 雑事。それは教団を皆殺しにするという意味だ。ほかに捉えようがない。


 そして木の陰から、大勢のエルフが姿を現わした。

 弓矢で動物を狩って暮らす牧歌的な種族? とんでもない。手にした様々な武器はどれも使い込まれ、かつ手入れが行き届いている。戦闘経験豊富な、殺意にまみれた集団だ。


「きょ、教祖様はまだご存命か!?」

「はい! 辛うじて!」

「それはよかった! 教祖様、あなたのお命と引き換えに破壊神様の力を召喚する技……今ここで使っていただきたい!」


 嘆願しながら、その信者は本人の承諾もなしにナイフで教祖の心臓を貫いた。

 死体となった教祖から、複雑な術式が広がる。

 魔法陣が空中に浮かび上がり、そこから腕が生えてきた。人間を鷲掴みにできるような巨腕だ。


「こ、これぞ、破壊神マルティカス様の腕! その分身体の召喚に成功したぞ! 教祖様、あなたの死は無駄にしません! さあ、マルティカス様、エルフ共を薙ぎ払ってください!」


 破壊神の腕を見て、さすがにエルフたちはたじろいだ。

 本能的に勝てぬと察したのだろう。

 当然だ。分身とはいえ神の一部である。

 勝つとか戦うとか、そういう次元ではない。神が荒ぶったときは、祈りを捧げ、その猛威が去るのをジッと待つ。エルフだろうと人間だろうと、人にできるのはそれだけだ。


 なのに銀髪のエルフは、一切臆する気配もなく、悠然と前に出る。


「お姉ちゃん! 私も戦うよ!」


 同じ顔のエルフが、それに並ぼうとした。

 しかし、その決意は姉によって水を差される。


「大丈夫。ここはお姉ちゃんに任せて。イリヤは防御と回復で、みんなを守って」


「……分かった」


 妹は不満げにうつむき、ほかのエルフのところに帰る。

 それを見て信者の一人が笑った。


「おろかな! 力を合わせれば、マルティカス様に一秒でも長く抗えたかも知れぬのに! 最後のあがきを見せろ! 森羅万象、滅びゆく瞬間がもっとも輝くのだ!」


 信者は嬉々として叫ぶ。

 なにせ教祖を生贄に掴んだ喜びだ。存分に味わい尽くさないと不敬というものだ。

 ところが喜びは長続きしなかった。

 エルフの少女が力任せに破壊神の腕を殴りつけ、真っ向から吹き飛ばしたのだ。


「おや? 思ったよりも大したことありませんね。弱々です。ざーこざーこ」


「弱いわけがあるかぁっ! お前が強すぎるんだ! どういう腕力してる!」


「腕力は見た目通りですよ。か弱い乙女に対して失敬な。ちょっと魔力で強化しただけです」


「ちょっと!? それはエルフの方言か!? なんてデタラメな魔力量だ……さ、さては貴様が聖女か!」


「違います。コツコツ真面目に努力を重ねただけのエルフです」


「コツコツ真面目なだけで神を殴り飛ばせるわけあるかぁっ!」


「うるさいですね。そんな積極的にツッコミして……邪教をやめてお笑い芸人になりたいんですか? もっと早く転職していたら、ここで死なずに済んだんですけどね」


 景色が歪む。

 少女が放つ魔力で大気が乱れているのだ。


「さて。神といえど、虚無に飲まれれば顕現できなくなるでしょう。招かざる客には消えていただきます」


 まるで絵に墨を落としたかのように、黒い穴が口を開けた。

 暗黒の扉だ。そこから同じく闇色をした触手状のナニカが伸び、破壊神の腕に巻き付き、引きずり込む。

 それで終わり。吹き荒れるはずだった神による破壊は、そよ風ほども世界に影響を与えず、いずこかへ消えてしまった。


「ば、馬鹿な! マルティカス様はひとたび顕現すれば、制御不能の破壊をもたらすのではなかったのか!? あ、あんな小娘に防がれるなど……」


「まあ、片腕の分身ですから、こんなもんでしょう。ところで疑問なんですが。制御不能の破壊をもたらすって、つまり破壊神はあなたたちも殺すってことですよね? それとも、そこだけは例外なんですか?」


「……え」


「テンパってなんにも考えてなかったんですね。すると私は命の恩人になるんでしょうか? ああ、感謝は結構です。破壊神の代わりに、私が皆殺しにしちゃうんで」


 闇の触手が教団信者たちに巻き付いた。


「お、おのれエルフ風情がぁ! これで勝ったと思うなよ……我らが滅んでも、破壊神マルティカス様まで滅んだのではない。ならば第二第三のマルティカス教団が生まれ、貴様らを破壊しにやってくる! それまで束の間の平和を楽しむがいい!」


「うるさいですね」


「ぎゃああああああっ!」

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