第2話 邪教団は返り討ちにあう 1/2

 邪教団などと世間から呼ばれているが、もちろん信者たちは自らを『邪悪』とは思っていない。

 破壊神マルティカス。

 それが彼らが信じる神の名だ。

 マルティカスは世界に破壊をもたらす神であり、破壊こそが唯一絶対の平穏であると信じていた。

 信じるのは個人の自由だし、己を破壊するのも自由である。が、彼らはそれを他人に強要しなければならないという使命感で胸が一杯になっていて、自分が死ぬのは他の全てを消し去ってからと決めていた。


 そんなマルティカス教団にとって、人々を守る勇者だの聖女だのといった存在こそが邪悪であった。

 教祖は破壊神マルティカスより『聖女となる可能性を持つ者』の神託を受けた。少なくとも教祖は幻聴ではなく神託だったと信じている。だから聖女の才能を詰むため信者を引き連れてエルフの村に向かった。


 あくまで可能性だ。今はまだ聖女ではない。

 そしてエルフなど、簡単に殺せるはずだった。

 奴らは寿命が長いだけで努力というものを知らず、生きていくのに必要な恵みを森から得られたらそれで満足する。

 争いを嫌って森の奥深くに集落を作り、ほかの人種とほとんど関わろうとしない。牧歌的な種族のはず。

 なのに――。


「神託と違う!? なんだ、あの巨大な壁は……村というより要塞じゃないか!」


 信者たちが叫ぶのも無理はない。

 森の木々の隙間に、小さな集落があるだけと聞いていた。

 だが目の前に広がっているのは、大都市を思わせる城壁だ。門も立派で、生半可な攻撃魔法では傷一つつきそうにない。

 しかし門などどうでもよく、信者たちの視線は城壁の上にある『筒』に向けられていた。


「あれって……もしかして大砲か!?」

「エルフって弓矢で狩猟するだけの、のんびりした種族のはずだ。大砲なんて……それもあんな沢山持ってるわけないだろ!」

「おい! なんか勝手に動いて、こっちを向いたぞ!?」


 信者たちが狼狽する中、一人だけ毅然と前に出る者がいた。


「静まれ! たかが鉄の兵器を恐れるな! あのようなもの、何発打ち込まれようと、私が弾き返してくれる!」


 マルティカス教団の教祖である。

 指導者が平然としているのを見て、末端の者たちはようやく落ち着きを取り戻した。


「おお、さすがは教祖様だ。見ろ、あの分厚い防御結界を!」

「マルティカス神の加護だ! 世界の全てを焼き尽くすまで、我らの前進は止まらぬのだ!」


 と、盛り上がっているところに砲撃が雨のように降り注いだ。

 彼らが信じる防御結界は、いとも容易く砕け散る。


「今のはなんだ!? 鉄の砲弾じゃなくて、なにか光が……」

「あれは魔力砲だ! 間違いない!」

「馬鹿を言え。魔力砲なんて、どこの国でも実験段階だ。エルフの村にあるわけ……」

「じゃあ、どうして教祖様の結界が破られたか、説明してみろ!」

「大変だ! 教祖様が今の砲撃で虫の息だ!」


 本当に大変な状況だった。

 教団が今まで好き勝手に暴れ回れたのは、教祖の実力によるところが大きい。

 精神的にも実力的にも指導者だった。

 それを失えばマルティカス教団など、自暴自棄ゆえに周りを壊して回る幼稚な集団でしかない。


「あ、門が開いたぞ! あそこから攻め入ろう!」

「中に入ってしまえば、エルフなんて簡単に殺せる! あいつら回復魔法しか使えないらしいからな!」

「待て! なんかやたら大きな連中が出てきたぞ……鋼鉄人間……リビングメイルか!?」

「馬鹿言え! 三メートルはあるぞ! あんな巨大な鎧を動かすなんて、どれだけ高純度の魔石が必要なんだ!」

「リビングメイルじゃなかったらなんなんだよ! 中にでっかいエルフが入ってるのか!?」

「うわあああ、こっちに来たあああっ!」


 リビングメイルは、その巨体からは想像できないほど素早く走り、手にしたハンマーで信者たちを叩き潰して回る。

 それは教団の理想を具現化したような破壊の権化だったが、ありがたがっている場合ではなく、彼らは一目散に逃げ出した。


 木が密集する森に逃げ込めば、リビングメイルたちは追って来られまい。

 信者たちはそう考えたし、実際に追手の足は止まった。

 が、それは活路が開けたのを意味しない。

 先頭を走っていた信者が突然、仰向けに倒れた。頭部がなく、首から勢いよく血を流していた。

 教団はよく「破壊神に生贄を捧げる」と称して首なし死体を量産していたが、仲間がそういう姿になるのに慣れていなかった。しかも元気に走っていた者の首が爆ぜるなど、想像したことさえない。


「上だ! 上から矢が飛んできたんだ!」

「なんで矢で頭が吹っ飛ぶ!? 火薬でも仕込んで――」


 その信者は言い終わる前に、体が上下に裂けて死んだ。


「やっぱり矢だぞ! ただし馬鹿みたいに速くて、それで体が千切れるんだ!」

「エルフは非力なはずだ! そんな重たい弓を引けるわけが――」


 彼もまた、言いかけの言葉が辞世の句となった。

 生き残った信者たちは、恐怖で動けない。

 なぜなら飛んでくる矢がどれも、別の方向から来たのだ。


 それは二つの事実を物語っていた。

 まず、この馬鹿げた弓矢を扱えるエルフが複数いること。  

 そして、信者たちはすでに包囲されていて、逃げ出す隙間はないということだ。

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