第5話 模擬戦開幕
模擬戦を取り締まるのは身体強化魔法科の教師と上級生数名である。手分けして実況と解説、審判などを務める。競技場の中央に立つ教師から今まさにルールが説明されているところだ。
内気な彼は「何で私なんかが審判に……」という乗り気じゃないオーラがぷんぷんだ。
ルールは相手のまわりを浮遊するバブルを先に5つ割った方が勝ちというシンプルなものだ。ちなみにバブルは魔力によって操作が可能である。ということは魔法の行使だけでなく、バブルを操作する繊細さも同時に求められる見た目以上に大変な競技だ。
「それでは、お二人に入場してもらいます。どうぞー」
気だるげなコールの後エリンジュームとウォルリスは入場する。両者は審判の前で跪く。
審判が手を上げると両者に5つのバブルが展開される。そして、ふよふよと泡を漂わせながらエリンは大杖をウォルリスは逆手剣をそれぞれ引き抜いて、相手に向ける。互いの得物が交わるほどに近い距離。
「猫様、これは貴方の実力を示す戦いだ。だが、一切の手を抜くつもりはありません」
「ええ、それで構いませんよ。腑抜けた戦いでは生徒たちに示しがつきません。それと、そろそろ猫様呼びを辞めて頂けませんか?」
「はい、エリン先生」
呼吸すら憚られるほどの静寂が訪れる。開始の合図を会場全体が固唾を飲んで見守る。
「はじめー」
やる気のない細い声により戦いの火蓋は切られた。
その瞬間、剣がエリンのバブルに向かって振りおろされる。エリンは攻撃を見越してたかのように後ろへ大きく跳躍する。バブルの脆さと意識外を正確についた攻撃は失敗に終わる。彼の剣の刀身は赤い光に包まれていた。
「見かけによらず小癪な手ですね」
エリンは口を尖らせながらバブルをお手玉している。
「見かけで判断されて苦しい思いをしてきたのは先生の方ではありませんか?」
ウォルリスは柄の先端を光らせる。距離をとった相手に対して炎の球をいくつも打ち込む。素早い剣の間合いと間合いの外からの速射魔法。魔法使いらしからぬ遠近両対応が彼のスタイルである。途端にエリンの姿は爆ぜる煙によって見えなくなる。
「果たして、エリンジューム先生のバブルはいくつ無事なのか⁉」
煙が晴れると白い壁の後ろでバブルを帽子に載せてバランスを取るエリンの姿があった。
「えい、やー、よっと。正解は5つです!」
彼女はにこやかに実況席へピースを掲げるが、バランスを崩してバブルを全部落とした。観客は驚きの声を上げるが、泡は地面を転がるだけで割れなかった。その様子を見て彼女の泡だけボールなのではないかという声が上がる。
「浅はかだ。これは繊細で精密な彼女の魔力操作によるものだ」
ウォルリスはさらりと野次を一蹴したが、その顔は酷く歪んでいた。
模擬戦はウォルリスの理に適った実戦的なスタイルとエリンの巧みな魔力操作。両者が相手の力量を図り合う形で幕は上がった。
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