第3話 着任式

 入学式が終わり、これから着任式が始まる。教師にとっても生徒にとっても、この場所が初の顔合わせとなる場である。講堂には多くの生徒と教師が集められおり、様々な想いで溢れかえっているようなざわめきが聞こえてくる。


そんなことがどうでもよくなるぐらいに、エリンジュ―ムは舞台袖でお腹を摩っていた。



「だいぶ緊張しているようですね」



 青髪の青年がエリンに耳打ちする。彼は口角を上げて犬歯を光らせる。



「苦手なのですよ、大仰に名前を呼ばれたりするの。それに、大勢の前で発言するなんて何十年ぶりでしょうか」


「何百年の間違いじゃ……」


「はぁ⁉ よくもまぁそんなことが主に言えますね」



 エリンのVOLボリュームのツマミはぐるりと11時を指す。彼女たちの近くにいる同期の教師たちの視線は嫌でも集まる。エリンは慌てながら帽子を深くかぶると俯いて体を小さくする。青年はそんな主の様子を楽しそうに眺めている。


 エリンの緊張を余所に講堂には再び静寂がやってくる。そのタイミングで司会を務める教師の宣言のもと着任式は始まった。担当科目と名前を呼ばれたら舞台に出ていき簡単な自己紹介をする。ただそれだけだ。



「最後になります。防衛魔法科を担当するエリンジューム先生です」



 ポツリと上がり始めるざわめきを無視してエリンは舞台に出ていく。入念に選んだローブはひらりと揺れる。集まる視線になるべく気づかないようにして、俯きながら中央まで進む。それからお辞儀を一つ。



「エリンジュームです。皆さんに防衛魔法とは何たるかをお教え出来たらなと思います。よろしくお願いします」



 疑惑の音はやがて確信の声に変わる。


 家名はなし。絵の具をそのまま垂らしたかのような鮮明な青髪。病弱そうなほどに白い肌。これだけの判断材料があり、まだ彼女の正体が分からない者はこの場にはいないだろう。



「獣人が教師だって!!」



 どこからか上がった声だった。それを皮切りにポツリと非難の声が上がり始める。おもに古株の教師の声である。エリンは何も言わずに舞台袖に戻ろうとする。司会は声を上げて荒れた講堂をおさめようと必死である。



「エリンジューム先生には後ほど模擬戦をやってもらいます。先生に対して不服がある方は是非いらしてください。これはが──」



 司会の声を遮るように一つの影が舞台に現れた。影はとぼとぼと帰るエリンの肩に手を置く。次の瞬間、とてつもない濃度の魔力が舞台から発せられ講堂内を埋め尽くした。



「先生をこの学校に招いたのは儂だ。何か文句があるのかな」



 良く通る低い声だった。姿を現した学園長は長い白髭を触りながら、にこやかにエリンへ笑いかける。



「学長。嬉しいのですが、これでは大切な生徒たちが……」



 騒音で溢れていた講堂は一斉に静まり返った。この場にはもう生物など残されていないのではないかと錯覚するほどに。事実、新入生のほとんどは泡を吹いて失神していた。



「新入生諸君。怖がらせてしまいすまないね。皆さん、先生に拍手を」



 不気味なほどに綺麗に整った拍手が鳴り響いた。

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