第2話 学園長への挨拶

 ドンドンドン。


 重厚な扉をノックする音が響く。木霊のように返ってくるのは入室の許可。青髪の女性はゆっくりと扉を開ける。



「失礼します」



 白髭を長く、太く、蓄えた小柄な老人が、漆塗りのデスクから顔を覗かせていた。身に纏うは古式な紫色のローブとトンガリ帽子。服装から老人がこの学校でどんな立ち位置にいるのかがよく分かる。


厳かな老人は立ち上がると女性の前に来る。ホバークラフトのように体を浮上させながら。そして、低い声を発する。



「よく来てくださった、西の森の猫様。歓迎致します」



 老人は頭を深々と下げると小さな体躯をより縮ませる。先程の厳格さは何処へやら。驚くほどに低い物腰に女性はあたふたと身振り手振りで答える。



「そ、そんな! 頭をお上げください学園長! 私は今日からこの学校に勤める一教師なのですよ」


「いえいえ、貴方様のお力を借りることが出来るのは人類にとって、奇跡にも等しい幸運なことでございますから」


「大袈裟ですよ……」


「コホン。キルシウム学長、エリンジューム先生がお困りの様子ですよ」



 どこからか現れた男によって話は進む。学長は男の声に「そうか」と短く返事をするとエリンに向き直る。



「では、今日からよろしく頼みますと言いたい所じゃが、早速儂からの厄介ごとを頼まれて欲しいのじゃ」



 疑問符を浮かべるエリンに続くように男は口を開く。



「先生には新任早々ですが、模擬戦を披露してもらいたいのです」


「模擬戦?」


「はい。少なからず我が校には先生の素性に対して疑問を持つ者がいるのです。その者達に一度、先生の腕を示す必要があるということです」



 エリンの帽子の中で大きな両耳がゾワゾワと動く。人間にあるはずのない毛深い大きな耳。これは自身が獣であることの証であると同時に、人間にとっては恐怖の象徴なのだ。


よって、獣が人間の生活圏に入ってくることに抵抗を覚えることは自然なことである。



「……はぁ。分かりました」






♦︎


 エリンがこの後の日程について教わり部屋から出ると、青髪の青年が廊下で待っていた。



「随分と長い挨拶でしたね」



 青年は労いの言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。



「ルガー。あなたは主が困っている様子を見るのが、そんなに嬉しいのですね」


「いやー、模擬戦だなんて厄介極まれり。って感じですよね」



 エリンは聞き耳を立てていたルガーに対して、うんざりとした様子で舌打ちをする。彼を無視するように一人でスタスタと歩き始める。



「だーかーら。俺は教師になるだなんて反対だったんです。どうしてそこまで奴らの言葉に従うのですか?」



 ルガティはエリンのうんざりとした様子など気にも留めない。ピッタリと彼女と並走する。



「やりたいことができたのですよ」



 エリンはそれだけ言うと帽子を目深に被った。

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