第4話 違和感

「フィリモア夫人、まだお話になりたいことがありますか。よろしければ明日にでも、あなたのご自宅を訪れさせていただきたいのですが。」

「ええと、もう充分です。こんな時分ですから。今日は失礼します。」

フィリモア夫人は懐中時計を見つめながら言った。時計の鎖の先には、どこかの国の硬貨が付けられている。すでに日付が変わりそうな時刻になっていた。

「突然押しかけてしまったのに、本当にありがとうございました。」

そう言うとフィリモア夫人は立ち上がり、玄関の方へと向かった。

「待ってください!」

相棒が大きな声でフィリモア夫人を引き留めた。

「おかしいな。何かが変だ。」

彼の手が口元へと動いた。

「どうした、ホームズ。」

「よく考えると何かがおかしい。フィリモア夫人、なぜあなたはこんな時間にわざわざ訪ねてきたのだ。我々もよく知っている通り、ロンドンの夜は危険だ。」

「それは、一刻を争う事態だったのだろう。君が言ったのではないか。」

「確かに、私は夫人の様子を見てそう思ったが、夫人の話にはおかしなところがあるのだ。」

フィリモア夫人は階下へと向かう階段の前で何も言わず立ち止まっていた。

「ジェームズ氏が失踪したのはいつだ。今朝や今晩ではない。一週間も前のことだ。探偵に依頼するなら昼間に訪れる方が自然じゃないか。」

「確かに。あ、しかし、自殺をほのめかすような電報があったじゃないか。」

「電報が届いたのも一週間前の夜遅くだ。もしその時点で夫人がジェームズ氏の自殺を疑っていて、なおかつ警察にも取り合ってもらえなかったとしたら、なぜ、翌日にでも探偵を訪ねない。夫人は一週間もたって、なぜ今晩ここを訪ねたたんだ。」

「言われてみればその通りだな。」

夫人はなおも無言でこちらに背を向けて立っている。

「電報の話も奇妙だ。」

「『さようなら、美しくて残酷な方、VR』。確かに意味はわからないが、何か引っかかるのか。」

「『VR』というイニシャルだ。」

「夫人がさっき言っていたように、女王のことではないのか? あるいは事件に関係のある人物の名前かもしれない。」

「違う。あれだ。」

彼は壁を指さした。壁には、銃弾が打ち込まれたと思われる穴が無数に空いている。その穴がVRという文字を形作っていた。

「確かにそこの居間の壁には、『VR』と書かれている。いや、なんと書かれているかは大した問題じゃない。夫人は言っていたな。『百発の銃弾でVRと書かれていますね。』と。なぜ一見しただけで、百発の弾痕とわかったのだ?」

「ああっ!」

私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「夫人は玄関と扉を開けた時、君に『「あの……あなたが、ホームズさんですか。』と尋ねた。我々とは初対面のはずだ。当然この居間に入った事もないはずだ。」

私は居間の壁の弾痕を見つめた。確かに一見しただけでは、八十発なのか九十発なのか、あるいは百発なのか私にも分からない。

「バースの話もおかしい。ジェームズ氏を探して実家を訪ねるのは自然な事だろう。しかし、夫人は温泉に入っている。旦那がどこを探しても見つからないという状態で、ゆっくり温泉に浸かろうとは、私なら思わない。」

名探偵は、夫人の元へゆっくりと歩み寄りながら訪ねた。私もそれに続く。

「フィリモア夫人、あなたは、何者だ?」

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