第3話 ロイヤリティの証明
「さて、フィリモアさん。何があったのか、お伺いしてもよろしいでしょうか。」
依頼人は口を開いた。
「私は、ホームズさん、そしてワトスン先生のご活躍を承知しています。お二人は英国中で多くの事件を解決されていると聞いています。」
「ええ、まあ。」
私たちは曖昧な返事をした。あまりにも広範囲に知れ渡っているため、最近では反応しにくくなっているようだ。
「実は、私の夫が行方不明になったのです。それでこうして恥を忍んでお二方に相談しに来たのです。」
「恥ずかしがる事はありません。私が扱っているのは殺人事件ばかりではありません。探し物を見つけるのも私の仕事です。」
その言葉を聞くと依頼人は安堵し、事の詳細を語り始めた。
「うまく話せるかどうかわからないのですが、要領を得ない部分があれば申し訳ありません。まず私の夫は、ジェームズ・フィリモアと申します。元軍医で、今はスコットランド・ヤードで顧問を務めています。そんな夫が行方不明になったのです。」
「続きをお願いします。」
私が続きを促すと、フィリモア夫人は続けた。
「ここ一週間以上、夫は全く自宅に帰っていません。二日目までは、いつものことだと心配もしていませんでした。しかし、さすがに一週間ともなると話は別です。そこで私はヤードの皆様にお力添えを賜りたく伺いました。しかし……皆様、私の話に全く取り合っていただけないのです。」
「何か事件性がないと判断されたのですか。」
「はい。夫はヤードでの評判もよく、真面目な人間でしたから、自ら行方をくらます理由がありません。知り合いの警部さんがおっしゃっていたのですが、ヤードは最近起こっている強盗事件の調査でお忙しいとか。」
「もしかして、その知り合いの警部というのはレストレードですか。」
「そうです。ご存じなのですか。」
「ええ、私とこちらのワトスン博士はいくつかの事件で彼のお世話になったのです。」
スコットランド・ヤードのレストレード警部は、とある事件でホームズと知り合ってからというもの、ささいなことでもよく相談に来ているという。彼の捜査はホームズの後塵を拝することが多いようだが、私からすればヤードの中では、なかなかに侮れない人物だ。ふと横を見ると背の高い痩せた男が、手を口元へと持っていった。これは、彼が考え込む時に行う癖だ。
「フィリモアさん、あなたのご主人を最後にお見かけになったのは何曜日ですか。」
「先週の月曜日です。仕事に向かう夫を玄関で見送りました。」
「あなたは最近、何かご主人の身辺に変わったことに気づきませんでしたか。たとえば誰か女性の影があるとか、またはお金の動きが普段と異なるとか。」 「いいえ、何も。夫は仕事も家庭も真面目すぎるくらいの人ですから、そんなことがあればすぐに気がつきます。それに、夫がヤードの顧問になる前までは、家庭の家事のほとんどは私が行っていました。今でも私ができない時は家政婦さんにお願いしていますから、夫が家事をすることはありませんわ。」 「バースにはどうして。あそこは貴族たちの保養地ですよ。」
「バースは夫の生まれ故郷なんです。夫の父は早くに亡くなりましたが、義母はバースで観光者向けのお土産屋を営んでいました。義母はまだ働ける年齢ですが、今はもう土地を売ったお金でゆっくり過ごしています。もしかしたら夫がそこにいるんじゃないかと思い、いてもたってもいられず汽車で向かいました。結局、無駄な努力に終わってしまいましたが。」
「なるほど。とにかく、ジェームズ氏について調べる必要がありそうですね。今日はもう遅いので、さっそく明日の朝から調査をしようと思います。」
「そういえば、もう一つ気になることがあるんです。」
「ほう、何でしょう。」
「一週間前、夫が出勤した後のことですが、夜遅くに電報が届いたのです。その電報の内容がどうしても引っかかるのです。」
「一体、何と書いてあったのですか。」
私は続きを促した。
「内容はこうでした。『さようなら、美しくて残酷な方、VR』」
「いたずらにしては手が込んでいますね。」
「はい、それで私はヤードの方たちにも相談したのですが、やはりいたずらだと思われてしまいました。しかし、不安で堪らないのです。明日にでも夫は殺されてしまうのではないかと……」
「ホームズ、この文章は何を意味してるのかな。ある種の遺書と受け取れる様だが。」
「うむ、フィリモア夫人。この『美しくて残酷な方』あるいは『VR』というイニシャルに何か心当たりはありますか。」
「全く心当たりはありません。ただ、もしかするとイニシャルは、Victoria Regina、つまりビクトリア女王のことかもしれません。あそこの壁にも百発の銃弾でVRと書かれていますね。」
ここ英国では女王への敬意を込めて、郵便ポストや店の壁にVRと書く風習がある。この居間の主はそれを銃弾で書いたようだ。私にはすっかり理解できない敬愛の示し方だ。
「なるほど。それならばホームズ、この『美しくて残酷な方』とは女王のことなのだな。」
「いや、すべては憶測だ。電報の文章の意味、それどころか事件の全体像も全くもって謎だらけだ。ワトスン君、どうやら失踪する前のジェームズ・フィリモア氏の行動を調べる必要がありそうだ。このようなつかみどころのない事件では、より多くの情報が必要になる。我々やフィリモア夫人でさえ知らないジェームズ氏の秘密が事件の輪郭をより鮮明にしてくれる。情報は強力な武器になるのだ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます