クライヴとアリエス領
リラとクライヴはその後、他の牧羊地を回るも皆クライヴを『デイビッドさん』と呼びよく知っているようで、リラは狐に摘まれたような気分だった。
リラは移動中の馬車の中でたまらずクライヴに尋ねた。
「クライヴ様。えっと。どうして私が管理している牧羊地にこんなにも詳しいのでしょうか…。」
「ああ。アリエス領を尋た際にルーカスに色々案内してもらったんだ。好きな子のことはどんな小さなことでも知りたいだろう。」
リラは頬を染め恥じらい、嬉しくありつつ驚きと困惑の表情を浮かべた。
好きな人のことは小さなことでも、何でも知りたくなる気持ちはわかる。
その努力は恥ずかしくもあるが、愛されている実感がかあり、とても嬉しい。
その反面、当人の知らないところで、あまりにも詳し過ぎるのではないか、とも思えてしまう。
(うーん。なんだか、もうストーカーに近いような…。)
リラは眉間に皺を寄せ額に手あてながら俯いた。
しかも、その行動に加担しているのが実の兄であるルーカスなのだ。
確かにルーカスなら喜んで手を貸すだろう。
それにしても、ここまでクライヴに筒抜けなのだ。
リラが町娘のような格好で馬を乗り回して領地を回っていることなどクライヴには当に知っているだろう。
ルーカスもさることながら、牧羊地の田舎町はおしゃべり好きだ。
領地でのリラの貴族の令嬢らしからぬ行動を誰ともなく色々聞かされているやもしれない。
そう思うと、リラは恥じらいを通り越して、半ば放心状態だった。
クライヴはそんなリラを愉しそうに見ながらクスクスと笑っていた。
「リラはどんな格好をいていても綺麗だよ。」
リラはムゥっと唇を噛み締め、クライヴを可愛らしく睨みつけた。
ふたりは昼食のため街にやってきた。
リラはクライヴとの昼食は屋敷か小洒落たレストランをと考えていた。
流石に皇族である。ここではルーカスの知人のデイビッドさんで通っているようだが、素性を知っているリラには気が引けた。
しかし、それらは見事に却下された。
「今日は普段のリラが見たいんだ。」
クライヴの返事はこれ一択であった。
もうルーカスから普段はどのようなものを食べているか筒抜けなのだろう。
リラの提案は受け入れられなかった。
仕方なくリラはお気に入りのパン屋に案内した。
パン屋に着くとパン屋の店主はリラとクライヴの顔に笑顔で挨拶をした。
「ああ!リラちゃん、おかえり!デイビッドさん、久しぶりだね!」
もう何度目の光景だろうか。やはりクライヴはここでも顔を覚えられているようだ。
ルーカスの知人というインパクトもさることながら、このような美貌の男性は一度逢ったら忘れられないだろう。
「デイビッドさんは今日もいつものかい。」
「いや、今日はリラと同じもので。」
クライヴはにこやかに店主に答えた。
リラは店主の『いつもの』という当たり前のような発言に驚いた。
クライヴはそんなにもこのしがないパン屋に通っているのだろうか。
「クライヴ様。こちらのパン屋には、どのくらいの頻度でいらっしゃっているのですか。」
リラは思わず小声でクライヴに尋ねた。
「ああ、三、四ヶ月に一度かな。アリエス領に訪れた際には、なるべく訪れたよ。」
「そ、そんなに…!?」
隣国の皇子がどんな用で、こんな田舎のアリエス領を訪れるというのだ。
同じ皇子であるロイドだって、この領地に訪れたことは国内の視察で数年に一度あるかないかだ。
もちろん、他国の皇子が訪れた話など聞いたこともなかった。
それを三、四ヶ月に一度とはあまりに多すぎはしないだろうか。
アリエス領はクライヴの興味を惹くワイン工房や葡萄園があるわけでもなく、牧羊地ばかりで観光地でもない。
そもそも一国の皇子がそう易々と用事もないのに、どうしてそのように高頻度で訪れることができるのかも疑問である。
リラは予想だにしない答えに驚きのあまりよろめいた。
クライヴは、すかさずそんなリラを抱き寄せた。
「おー。熱いね。」
店主は嬉しそうにふたりにそう言った。
「え、えっと…。」
「いや、デイビッドさんいつもリラちゃんが好きで、なかなか逢えないから少しでもリラちゃんと一緒にいる気分を少しでも味わいたいとリラちゃんの好きなりんごのカスタードパイばかり食べるんだよ。」
その言葉にリラは一瞬にして頬を染めつつ、また困惑した表情を浮かべた。
リラの趣味や好みをクライヴ自らの足で、このようにリサーチしていたのかと思うと嬉しい反面、驚きととも、些かやりすぎではないかと思えてしまう。
それにしても、このように堂々と領民に、リラが好きだと話していたことにも驚きだ。
おそらくクライヴの好意に今まで気づいてなかったのはアリエス領でリラ自身だけなのだろう。
「えーっと。では今日は、ベーコンとトマトのホットサンドとりんごのデニッシュをふたつずつください。」
リラはそう店主に注文した。
「なんだ、今日は、りんごのカスタードパイは良いのかい?」
店主はからかい半分でリラに尋ねてきた。
「こっちも好きなんですよー。」
リラは照れ臭さを誤魔化すようにそう言った。
これはリラなりのクライヴへの意趣返しなのだろう。
リラはこのパン屋で一番好きなのはりんごのカスタードパイである。
それは否めない。
領地に戻ったら真っ先に食べたい食べ物であった。
けれど、クライヴがリラを想いそればかり食べているなんて聞かされたら、違うものを選びたくもなるものだ。
ふたりはパンを受け取ると、そのまま見晴らしの良い高台まで足を伸ばした。
ふたりは高台のベンチに腰掛けた。
今日は天気に恵まれ、遠くまでアリエス領の街を一望できた。
褐色の屋根と白い壁が特徴的な建物が連なり、その向こうには広大な牧羊地が広がっていた。
「こんなところがあったとは…。」
クライヴはそう呟いた。
「ここは初めてですか。ふふふ。やっとクライヴ様の知らないところ案内できましたわ。」
リラは満足気な笑みを溢した。
リラがここでよく食事していることは誰にも言っていなかった。
「とても穏やかな場所だな…。」
この高台は見晴らしの良さは有名なのだが、道中の坂がかなり急なため徒歩で来るには些か大変で、領民にはあまり人気のない場所であった。
「本当にそうですよね。昼食はもちろん、読書をしたり、考えごとをするときもここによく訪れるんです。気持ちが穏やかになって、頭が整理されるというか…。」
リラは嬉しそうにそう言った。
昼食を食べ終え、またふたりは馬車に乗り込んだ。
リラは午前中のように牧羊地を巡るため御者に行き先を告げようとするとクライヴが口を挟んだ。
「次はシグネス川まで行かないか。」
「よろしいですが、あそこは建設中の橋梁がございますが、私の管理ではなく、兄の管理です。然程、ご案内できませんがよろしいでしょうか。」
クライヴの言葉にリラは首を傾げた。
シグネス川はアベリア国とアクイラ国の国境沿いの河川である。
四年程前から、橋の老朽化に伴いアリエス領民とアクイラ国民で協力して新しい橋の建設のために工事を行なっているのだった。
それに、あそこの工事を任せられているのはルーカスであった。
工事期間のほとんどをアベリア学園で過ごしているリラは現状をあまり知らず、案内することなどとてもできなかった。
そして、工事を行なっている以外は何の変哲もない河川である。
今までのクライヴのアリエス領での行動を推察するにリラと関係が深いところを見学しているようだった。
そのため、クライヴがなぜそんなところに行きたいのかリラには点で検討もつかなかった。
「ああ。構わない。」
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