第272話 まぼろしの日々

白い石英のようなものでできたくいのようなものが五本。

透明感は無く、そのつるつるとした表面には様々な形の記号のようなものがびっしりと彫り込まれている。


この≪地鎮じちん石標せきひょう≫というらしい石杭には、地下を縦横無尽に走る気脈の流れを整え、星の寿命を延ばす効果があるらしいが……。


俺の目には何の変哲もないただの石の棒だ。

何か特殊な力が宿っているようにはとても見えない。


ただひとつ変わった点があるとすると、それはこの≪地鎮の石標≫がとてつもなく硬い材質でできているということだ。

石のような見た目に反して、何か固いものにぶつけるとまるで金属のような甲高い音がする。


ボォウ・ヤガーに気が付かれずに、その悪事に関係がありそうな手がかりを得られたまでは良し。


だが、問題はこの先だ。


俺の決して優れているとはいいがたい頭脳では、埋設地点を記した世界地図と五本の≪地鎮の石標≫を前にしても、何の推理も浮かばない。


ボォウ・ヤガーたちが何のために、このようなことを長い年月かけて行ってきたのか。

まるで見当もつかない。


わざわざこんな慈善事業の真似事を隠れ蓑にするなど、回りくどいことこの上なしだし、ボォウ・ヤガーが自分で埋めに行けば、有象無象の生活苦にあえぐ神々に頼むよりも手っ取り早いと思うのだがそれをしない理由はなんだろう?


しかもおおよそ三月みつきに五本ずつ、それを百年以上も続けているというのだから驚きだ。

人間にとっての百年と神にとっての百年はそれほどまでに価値の違うものなのだろうか。


あのボォウ・ヤガーのまるでビジネスマンのような気ぜわしい歩き方を見るにそれほど悠長な性格はしてないとは思う。


そうだ!

もしかしたら、このニーベラントは黒幕たちの狙う多くのターゲットの中のほんの一つに過ぎないのではないか!

そして、ボォウ・ヤガーたちの組織は実はかなり大規模なもので、俺が四苦八苦してるこの異世界の滅亡は宇宙全体に影響が及ぶような大悪事のほんの一端に過ぎないのではないかという、しょうもない妄想さえ膨らんでしまった。


慈善活動に熱心な事業家というのは仮の姿。

その本性は、全宇宙の支配を目論む反社組織の大幹部。

表向きのビジネスで忙しく各地を飛び回り、そのついでにターゲットの一つであるニーベラントに立ち寄っていると考えると、この気長すぎるように思える一連の行動の理由付けにはならないだろうか。


……いやいや、ありえないだろ。


俺は自分の思い付きに即座にツッコミをいれる。


悪の秘密結社。世界征服を企む巨大企業。

そういうのは子供の発想。

出来の悪いアニメ、漫画みたいだ。


さすが、俺。ポンコツな推理だ。


それに、そんな広域を股にかけて暗躍しているような巨大組織を相手にしているとしたならば、ますます俺ごときの手には負えなくなってしまうし、今さら何をやっても無駄という事じゃないか。



とにかく俺の頭は、こういう陰謀とかについて考えるのは向いてない。


ならば、こういう時に頼りになるのは、やはり底意地が悪く、そういうこそこそとした暗躍が好きそうなあの人物ではないか。

今となってはどこか好ましい、あの意地悪そうな笑みを浮かべた美しい顔が俺の脳裏に浮かぶ。


俺は≪場所セーブ≫を使って、一旦、南の港湾都市ハーフェンに瞬間移動し、そこから駆け足で、≪大賢者≫マルフレーサの住む≪隠者の森≫へと向かうことにした。


≪隠者の森≫の入り口から少し入ったところで、聖狼フェンリルのブランカが茂みから飛び出してきて、見知らぬはずの俺にすぐさま腹を見せてきたので、しばしモフモフタイムを満喫した。

急いでいたのだが、このモフモフを味わわずして素通りなどできる者はいない。


久しぶりの純白の毛並みは、しばらく水浴びをしてないのか、少し香ばしかった。



まったく森の番犬の役割を果たしていないブランカを引き連れ、俺は森の奥のマルフレーサの庵を訪れた。


マルフレーサの庵の周囲では相変わらず木人形ウッド・パペットたちが忙しく庭仕事などをしていたが、俺の姿に気が付くとそそくさとどこかにいなくなってしまった。

代わりに、扉の向こうから姿を現したのは、お目当てのマルフレーサだった。


マルフレーサは、ヨモギ色のローブを身に着け、愛用の杖を手に警戒した様子だった。

曲がりくねった杖の先に嵌め込まれている青い石には魔力の光が宿り、いつでも戦闘可能な準備が整っているようであった。


「そこで止まりな。妙な動きをするんじゃないよ」


「マルフレーサ。急に来て、ごめん。俺は敵じゃないよ。この通り、丸腰だよ」


俺は何も持っていない両手を挙げて見せて、敵意が無いことを示す。


マルフレーサは疑い深そうなくすんだような灰色の瞳で俺の全身を上から下まで嘗め回すように見る。

本当は、マルフレーサの瞳は綺麗なすみれ色をしているのだが、老いた姿の時は不気味な印象を与えてくるこの色だ。


俺は、あの菫色の瞳に見つめられるのが好きだった。


「初対面だというのに、ずいぶんと馴れ馴れしいね。あんた、何者だい? 動体感知には引っかかっているのに気配がまるでない。薄気味悪いんだよ! 」


「俺は、ユウヤ。貴女の知恵を借りに来ました。どうか話だけでも聞いてください。この通りです。お願いします」


俺はその場で跪き、地面に額と手を付けて、頼み込んだ。


この異世界に土下座の文化は無いと思うけど、これほどまでに相手に誠意を伝えられるポーズが他にあるだろうか。


別の展開の時も、この土下座から説得はスタートし、あとは俺しか知り得ないマルフレーサの秘密を少しずつ開示して、警戒心を解きほぐしていった。

あとは強すぎる好奇心をうまく惹きつけられれば、協力は得られる。


だが、こうした過程を踏むうちに俺は何度も虚しい気持ちにさせられているのだ。


今、説得しているマルフレーサは、俺がかつて愛したあのマルフレーサではない。


あのきらめくような楽しかった日々はもう戻らないし、あの時、互いに抱いた気持ちも遠く消え去ったまぼろし。


その虚しさを抱えながらも、俺は彼女の協力を取り付けなければならない。


大事な人たちが死なずに済む未来のために。

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