第271話 地鎮の石標

説明によると、バーテンダーのロイグが注いでくれた酒は、地球産の高級スコッチウイスキーだった。

地球は全宇宙の神々の憧れとなっている惑星で、そこ由来の物品は神々の間で高値で取引され、ここニーベラントでは大変貴重な物らしい。


こだわりの産地のシングルモルトで、三十年熟成させたこの一品は目の前のこの小さなグラスに満たされた量でも十分に俺の心を満たしてくれた。


どこか懐かしい気がしたのは、この酒が俺が生まれ育った惑星の水と空気によって育まれ、熟成されたからだろうか。


この一杯をちびりちびりとやりながら、モーリアたちと交わした会話から推測すると、この二人やこのBAR「沼」に客や求職者としてやってくるニーベラントの神々は、ボォウ・ヤガーたちの企てについては知らないようだった。


モーリアたちは、ボォウ・ヤガーを素晴らしい慈善家でオーナーだと心から慕っていて、その信望の厚さは、初対面の俺ごときが覆し得るものではないとも悟った。

如何に、その悪党の本性を説いても、積み重ねてきた信頼の壁を打ち崩すことは難しい。

俺はそう判断した。


「素晴らしい一杯でした。御馳走様」


「それは良かった。次はぜひ、ちゃんとしたお客様としていらしてください。楽しみにしてますよ。ユウヤさん」


結局、短い時間だったので、俺のことはそれ以上の詮索はなされなかったが、ちょっと面白い話を聞いた。


このニーベラントではまったく例が無いことではあるが、俺が住んでいた地球では想像を超えるような過酷な修行などによって、ごく稀に神に至った人間が存在していたらしい。

そうした人間が変じて神となった者を現人神、あるいは神人と呼び、数多の人種ひとしゅの中で地球人が特別視され、かつ最高級の魂と言われるようになった所以であるらしい。

そして、この地球人特有の性質の発見により人間という種の魂の価値は飛躍的に高まったそうだ。


俺が神と間違われたのは、おそらく地球人の魂を宿しながら、人間の限界レベルを超えてしまったからだ。


神っぽい人間。今の俺は、たぶん、そんな感じだと思う。


「そのことなんだけどさ。その……俺にも仕事って斡旋してもらえるのかな? ほら、この店、すごく素敵な店だったからさ。人間の魂とかは無理だけど、ちゃんと、その……クレジット通貨だっけ? それを支払って、ロイグさんのお酒をまた飲みたいからさ」


「これは嬉しいことを言ってくれますね。モーリア、よろしいですよね?」


本当に嬉しそうなロイグの問いかけに、モーリアも笑みを浮かべ無言で頷いた。


ロイグはカウンターの裏から、ボォウ・ヤガーが運んでいた鞄を取り出し、俺の前に置いて、中身を見せてくれた。


「えっ、何、これ?」


鞄の中に入っていたのは、五本の白い石のようなものでできた筒状の物。いや、先が少し尖っているから、どちらかと言えば杭のようにも見える。

だが、その表面にはびっしりと記号のような模様が刻まれていて、その用途は謎だ。

形状からはそう思えないが、観賞用の工芸品か何かなのだろうか。


「我々も、それが何なのか、詳しくはわからないのですが、オーナーのヤガーによれば、とある知り合いの神による依頼で、このニーベラントの自然環境の保護に役立つものだとか。名は≪地鎮じちん石標せきひょう≫というらしく、この星の寿命を延ばす効果があるそうです。これらを、同じくそのカバンに入っている地図の赤い点で記された場所の地中深くに埋めてくれれば、私共が預かっている報酬を支払わせていただきますよ」


言われた通り、中に入っていた折りたたまれている大きな紙を広げて見ると、それはこのニーベラントの世界地図のようであった。

俺が今いるゼーフェルト王国などの地名も小さく記されていて、その上には無数の点が記されている。

その点のほとんどが黒で、赤は五つだけだ。


「この黒い点は何?」


「それはもうすでに≪地鎮の石標≫が埋められている箇所です。ほら、この辺に薄く一回り小さな点があるでしょう? これらは、未設置個所。この赤い点が今回、ユウヤさんに埋めに行ってほしい場所です」


「そうなんだ……。この黒い点、随分あるけど、これ全部、他の誰かが埋めに行ったの?」


「そうです。これは百年をまたぐ大事業。この点がすべて黒い点に変わった時、ニーベラントの大地の気脈は整い、星の寿命が数倍伸びるという話です。≪地鎮の石標≫はその制作に時間がかかり、大変貴重なものであるとかで、完成する都度、ああしてオーナー自らがこの店に運んでくるのです。ユウヤさん、あなたは大変に運がいい。貴方さえよければ、この仕事はお任せしたいと思うのですが、どうしますか? 無理そうであれば、他の仕事もいくつか残っていますが……」


俺は、本当に運がいい。


この≪地鎮の石標≫とかいう胡散臭い物は、ボォウ・ヤガーたちが陰でこそこそ何をやっているかの手がかりになるかもしれない。


「ぜひ、この仕事をやらせてください。俺、がんばります」


俺は、鞄の中で並んでいる五本の白い石の棒を見つめ、改めて決意した。


ボォウ・ヤガー、見てろよ。

必ず、お前たちの尻尾を掴んでやるぞ。

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