第270話 悪獣の本性

話を聞いているうちに、俺には、BAR「沼」のこの二人がボォウ・ヤガーの企てに加担しているとは思えなくなってきていた。


巧みな話術でそう思い込まされている可能性もあるけど、この異世界の路頭に迷った神様たちを支援しているという彼女らが、ニーベラントの滅亡を望んでいるとは考えにくかったのだ。


素性を偽り、嘘をついて情報を引き出す手も浮かばないではなかったが、俺にそうした器用な真似ができるのか自分でも疑わしかったので、ここは素直に胸襟を開いてみることにしたのだ。


もちろん、セーブポインターの秘密についてなど、話せないことはある。


だが、これまでの経験上、信じても良いと思えた相手には下手な小細工などせずに、真正面からぶつかった方がいい結果が得られてきたような気がするのだ。


誤魔化したり、嘘を吐く人間は信用してもらえない。


できるだけ真摯に相手に向き合ってみることにした。


「あの、改めまして。俺の名前はユウヤって言います。信じてもらえないと思うけど、一応、自分では人間だと思っていて、この場所のことについても全く知りませんでした。もし、差し支えなければ、お二人のこと、そしてこのBAR「沼」についてもう少し詳しい話を伺うわけにはいかないでしょうか」


俺は、姿勢を整え、二人の目を順に見て懇願した。


女性と白髪頭のバーテンダーは顔を見合わせ、どうしたものかという表情をした。


「……まあ、いいわ。私もちょっとあなたに興味がわいてきたところ。他に客もいないし、少しだけ付き合ってあげる。私は、モーリア。もう今では誰もその名を忘れてしまったけれども、かつては≪沼地の女神≫などと呼ばれていたわ」


「ああ、それで店の名前が「沼」だったんですね。中に入ったら、こんなに素敵なお店だったのに、なんかちょっと不思議だなって思ってたんですよ。あっ、その、変な意味とかじゃなくて……モーリアさんみたいな綺麗な女の人じゃなくて、でっかい婆さんとかが暗がりで待ち構えていそうなイメージを持ってたと言うか……」


「ふふっ、なんなのそのイメージ。失礼ね。そんなことは、初めて言われたわ。沼というのはもともと、その周辺の生き物たちにとっては欠かすことのできない貴重な水源であったし、命を育む大事な場所だったのよ。この王都がある場所は、かつて見渡す限りの自然に恵まれた場所で、この店が今ある場所も木々に囲まれた小さな沼地だったの。私はそこで暮らす様々な動物と共に静かに暮らしていたの。だけど、ある時、西のリーザイアから大勢の人間たちがやってきて、その場所は失われた。この店の名前は、かつてあったその場所を思い出して付けたの。静かで、居心地のいい、たくさんの者たちに必要とされる場所。それと、あるべき居場所を失い、途方に暮れていた当時の私のような存在にとっての救済となるように」


「……なんか、色々とごめんなさい」


「いいのよ。確かに、「沼」って人間にとってはそういうイメージなのでしょうね。薄暗く、じめじめして、深みに引きずり込まれてしまいそうな……」


モーリアは遠い目をして、壁にかかっていた湖沼が描かれた絵の方を向いた。


なんか、俺、いきなり嫌われちゃう発言しちゃったかな。


でも、モーリアさんは、鮮烈な赤が似合う美女で、「沼」って感じじゃない。

イメチェンとかしたのかな。


「それで、そのユウヤさんはどうしてこの店に? お酒が好きというのは本当なのでしょうが、何か目的があったのでしょう? 興味本位に覗きに来たという感じにはとても見えませんでしたよ。何か悲壮な、秘めた覚悟のようなものがあなたの瞳にはあった。ああ、申し遅れました。私は≪酒神≫ラーフ・ロイグ。長いので私のことは、ロイグとお呼びください。それと、≪酒神≫と言っても作る方ではなく飲む方が専門です」


飲む方が専門?

つまり酔っぱらいの神様ということだろうか。

よくわからないけど、確かにそれならバーテンダーという職業は天職な気がする。


それとやはり、どこか一見さんお断りという外観と店名、それと人避けの結界の話から、偶然訪れたというのは無理があるようだ。


「……正直に言います。俺がこの店に来る前に、鞄を持った男が来たでしょう? 俺はその男がこの店に入っていくのを見て、ここを訪れる覚悟を決めたんです」


俺の告白に、モーリアとロイグの顔が神妙な感じになる。


「あなた、ヤガーさんの知り合い?」


「あ、いえ。向こうは俺のことなんか知らないし、俺もそのヤガーさんのことはよく知らないです。だから、それを知りたくてここに来たというか……。お二人は、彼のことをよくご存じなんですか」


「知ってるも何も、この店の出資者で、最大の支援者よ。それに、とても有名な方で、ほら、≪凶運の運び手アンラック≫、≪破滅に誘う者≫などの多くの異名を持つ最強の賭博神でもあった……って、その顔は御存じないという感じね。とにかく、彼は、無敵のギャンブラーだったの。そして、その引退後、事業家に転身して多くの成功を収めた。神々の社会の急激な変化について行けない困窮者の自立を促す慈善事業にも力を入れていて、それはもう素晴らしい方よ。この店もその活動の一環なの」


へえ、そうなんだ。

俺の目には慈善事業家なんて風には見えなかったけどな。


何せもう何回も、奴に殺されてる。


その凶悪で狂暴な本性を、紳士の仮面で隠す悪獣。


俺の中にある印象とモーリアが語る人物像とは、とても一致しない。

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