第268話 追跡者

ボォウ・ヤガーの追跡は困難を極めた。


ボォウ・ヤガーは用心深く、しかも尾行に対する警戒心も強くてすぐに気取られてしまう。


最初の追跡はあっという間に失敗に終わった。


あとをつけて、路地裏に入ったところで、逆に待ち伏せされて、例の黒尽くめの空間に閉じ込められてしまった。


前回は気が付かなかったのだが、この風景が一面真っ黒の空間内は、地球で俺が二匹の鬼に襲われたときと同じく、≪ぼうけんのしょ≫の使用が封じられてしまうようだった。


つまり、記帳所セーブポイントの部屋に行けなくなるばかりか、ロードもできない。


ボォウ・ヤガーは、俺が誰の指示で尾行をしていたのか、力尽くで吐かせようとしてきて、それに抵抗した俺はまたも殺されてしまった。


どれだけ今の自分の力が通用するのか。


俺は最初から全力でボォウ・ヤガーに挑んでみたのだが、まるで手も足も出なかった。


ムソー流杖術のあらゆる技術を駆使し、≪かみがみのまほう≫をも惜しまず使ってみたが、やはりボォウ・ヤガーとの基本的な能力の差は大きく、パワーもスピードも遠く及ばなかったため、一撃入れるのにも一苦労だった。


油断している状態ならまだしも、本格的な戦闘が始まってしまうと、もう防戦一方になってしまう。


≪かみがみのまほう≫の≪女神の雷撃≫には、少し驚いた様子だったが、「……そうか。お前、リーザの息がかかった者か……」という言葉の後に、瞬殺されてしまった。

ボォウ・ヤガーは、その紳士然とした見た目に反して、肉体を使った荒っぽい近接戦闘を得意としていた。

それは、俺のムソー流杖術のような洗練された動きではなく、裏社会の場数を踏んで喧嘩師を彷彿とさせるものだった。


臨機応変で、型が無い。

完全な我流であるように思われた。

素の能力の高さを前面に出した、ある種の動物的などう猛さ。

ボォウ・ヤガーの戦闘スタイルは、どこかそれを彷彿とさせた。



この最初の失敗で、わかったことは尾行の失敗は即、死につながるということだ。


尾行に失敗したと分かった瞬間に、すぐロードしないと駄目だ。

あの真っ暗とは違う、黒背景の空間に閉じ込められてしまったら、もう助からない。

実力差は大きく、猫が鼠をいたぶり殺すように、確実に命を奪われてしまう。



普通であれば、このあまりにも無謀な追跡は断念せざるを得ないところだが、俺はセーブポインターだ。


俺が諦めてしまわない限り、何度でも挑戦できる。


トライアンドエラーを繰り返し、改善点を見つけ、成功するまで、何度でも、何度でもやり直すことができる。


当初、俺はこの尾行を成功させるために、ボォウ・ヤガーに悟られなくなるほどまでに、≪神秘力ミステリアスパワー≫の抑制方法を極めようと考えた。


だが、これが間違った考えであったことに千回近い試行にしてようやく気が付いた。


自分の≪神秘力ミステリアスパワー≫を完全に身の内に封じ込めながら、行動することは可能になったのだが、それを完璧にやればやるほど、ボォウ・ヤガーには気が付かれてしまうようだったのだ。


それがなぜか考えてみたところ、その原因はシンプルなものだった。


当たり前にあると思っている身近な多くの存在の気配の中で、いきなり何者かの気配が、完全に掻き消えたら、俺でさえも何事かと警戒するに違いない。

しかもそれがかすかにでも神の気を帯びた存在であったなら尚更のことで、こちらからあえて異変を知らせてやっているのも同然のことだったのだ。


目が合ったり、振り返られたり、立ち止まられたりしたら、即ロード。


これを繰り返すことさらに千数百回。


気がつかないふりをされて、路地裏に誘い込まれ待ち伏せをされるなどして、逃げきれなくなり、殺されたのはそのうちの一割ほどだ。


力の差がありすぎて、戦闘面ではほとんど得られたものはなかったが、さすがに何度も殺されていると、ボォウ・ヤガーの体の使い方などの癖が把握できてくる。


それと、殺されるまでにかかる時間がほんのちょっとずつだが伸びていくのを感じていた。



尾行の失敗の原因は、≪神秘力ミステリアスパワー≫や気配の消し方には無かった。

むしろ、大事だったのは自然さと距離感だ。

肉体をリラックスさせ、細かな筋肉の緊張やこわばりなどが動きに現れないようにする。

視線はどこかを凝視することなく、見るとはなしに見る。

相手の一挙手一投足に反応せず、見失わないギリギリの距離感を保つ。

足音とその歩みは一定に、あくまでもナチュラルにだ。

そして、人混みに紛れ、無心を努める。


失敗したら殺されるという緊張感の中、トライし続けるうちに、俺は徐々に尾行のコツのようなものを身に着けていった。


これは完全に自己流であり、現実の探偵などのものとは違うかもしれないが、それからさらに、もう数えるのをやめてかなり立った後に、ようやくボォウ・ヤガーの目的地まで、殺されずに辿り着くことができた。


ボォウ・ヤガーが向かっていたのは、普通の通りにあるBAR「沼」という古びた看板がかけられた酒場だった。

名前がちょっと不気味な感じだが、外観はごく普通で、特に何の魅力も感じない簡素で地味なものだった。

普段の俺なら気にも留めない感じの店だ。


店名のせいだろうか。中に入ったら、高齢のでっかい婆さんがマスターや給仕だったりして、沼のように店の奥に引き込まれる妄想がふと浮かんだ。

なかなか家に帰れないぐらいに長話で、多額の延長料金を取られるみたいな……。


そこの年季がかかった扉を開けて店の中に入っていったボォウ・ヤガーは、俺の想像に反してすぐに出てきた。


時間にすれば三分もかかっていない。


そして周囲を確認して、再びどこかに歩き出す。

だが、手に持っていたはずのかばんがない。


店内に置いてきたのか?


俺は、ボォウ・ヤガーを継続して追うか、鞄の行方を追うか迷った。

だが、そうしているうちに、ボォウ・ヤガーの姿が何処かに消えてしまった。


そんな移動手段があるのに、徒歩でやって来た理由は何だろう?

物質透過はできないということなのか、消費MPが大きいなどの何か条件付きということなのか。


いずれにせよ、周囲にはもう気配がなく、追跡はここで断念せざるを得なくなった。


俺は、目標を切り替え、店内に置いていったであろう、あの鞄の方にターゲットを切り替えた。

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