第266話 吾輩は……

「殺されたというのに、嬉しそうだな」


妖精の爺さんは、死からの復活の苦しみから立ち直った俺にそう声をかけてきた。


「そんな風に見える? 死ぬと、けっこう苦しいんだよ」


「ああ。だが、何か、吹っ切れたようなそんな笑みを浮かべておっただろう」


自分ではそんな自覚は無かったが、妖精の爺さんにはそのように見えたらしい。


確かに、いままで頭の中でモヤモヤしていた色々なことが明らかになり、気分は悪くない。

いや、それどころか、心の中は雲一つない青天のような晴れやかさであった。


一寸先も見えぬ闇の中で藻掻いていた。そんな暗鬱な気持ちと不安をここのところ、ずっと抱えていたように思うから、苦しみながら俺が笑みを浮かべていたという今の話もあながち見間違いなどではなかったのかもしれない。



今回のロードで初めて遭遇したボォウ・ヤガーという名の神。


あれは間違いなくこの世界の滅亡の原因に直結する最後の断片ラストピースだった。


ボォウ・ヤガーと黒幕エックスの関係はいまだ不明だが、このニーベラントの星核せいかくの強奪を目的とする一味とみて構わないと思う。

星核せいかくを実際に奪っていったのは黒幕Ⅹ。

ボォウ・ヤガーは、それを可能にするための何か調整役コーディネーターのようなものなのではないだろうか。


ボォウ・ヤガーの話しぶりから推測すると、ジブ・ニグゥラ、イチロウ、バルバロスの三者は、現地であるこのニーベラントで調達した工作員のようなもので、自身は表に出ず、裏方に徹していた。


こう考えると、今までボォウ・ヤガーの存在に気が付けなかった理由にもなるし、何となく全体の話の筋が通る気がする。


それと、ボォウ・ヤガーは、俺が誰の指示で動いているのかを強く気にしていた。


『おい、お前の背後にいる者たちの名を言え。どこの組織だ。それとも女神リーザなどの指図で単独で動いているのか? 』


それは、あのような並外れた力の持ち主にはひどく不似合いなほどの神経質さを感じさせるもので、強い恐れのようなものを抱いているようにさえ見えた。


女神リーザはわかるが、どこかの組織とは、何を指しているのだろうか。

どこかという言葉からわかるのは、そうした組織が複数あるということだ。

妖精の爺さんの中にあるオヴェロンの記憶の話にも、銀河連盟とかいうのが出てきたが、そのような感じの神々の組織がたくさんあるということなのだろうか。


俺は、そうした疑問の数々と自分なりの推理を妖精の爺さんと、今日は記帳所セーブポイントの部屋に居合わせていたタイテーニアの二人にぶつけてみた。


「……ボォウ・ヤガー。私はこの名前に覚えがあります」


「えっ、本当に?」


「はい。その姿をこの目で見たことはありませんが、かつて神々の世界にその名を響かせていた名うての大賭博神です。大昔は、娯楽が少なく、その万能の力によって退屈を持て余す神が多かった時代なので、そうした賭け事に精通した神は、世の寵愛を受け、女神たちにもたいそう人気があったのですよ」


「へえ……、そうなんだ。でも、なんだってその人気者が、こんな惑星の星核せいかくを強奪するような悪事に加担してるわけ? やっぱり、偽名なんじゃないの」


「その可能性も否定はできないでしょう。ですが、多くの賭博神、いいえ、自由を掲げ、神の自立を望んでいた神々にとってはというべきでしょうか。そうした神々にとっては、もはや神世かみよは住み良い場所とは言えなくなっているのだと思います。ボォウ・ヤガーの名も、秩序を尊ぶ神々の勢力が全銀河を支配し始めるようになると次第に聞かれなくなったようでした。そこから時はさらに流れ、今はどうなっているのかはわかりませんが、ユウヤさんを通して見た地球の様子などからすると、その傾向は強まっているのではないかと……」


「なるほどね。身を持ち崩して、落ちぶれたとかだったら、ワンチャン、動機が無いというわけでもないのかな。まあ、いずれにせよ。他に呼ぶ名前も無いわけだから、当面はあいつをボォウ・ヤガーと呼ぶことにしようか。タイテーニアさんの言う色男が本人じゃないことを俺は祈ってるよ。ちょっと、憧れてたりしてたんでしょ?」


「わ、私は、そのようなことはありません。オヴェロン様、一筋です」


タイテーニアさんは、顔を赤く染めて、そっぽを向いた。

怒った顔も綺麗だな……。


「おっほん。しかし、ユウヤよ。ともかく、このニーベラントの滅亡の原因は、あらかた見えてきたな。お前の言う黒幕Ⅹとボォウ・ヤガーの狙いは星核せいかくの奪取に他なるまい。そして、仕組みはわからぬが、この惑星の全人間の魂が抜かれるあの現象もまたこの者らの仕業とみて間違いないだろう」


「しかし、オヴェロン様。そう考えると、ちょっと不思議なことがありますね」


「不思議なこと?」


全く反応が無かった妖精の爺さんの代わりに俺が聞き返す。


「総人口まではわかりませんが、このニーベラントにはかなりの数の人間が住んでいますよね? 私たちが現世に暮らしていた時代においてもすでに、人間の魂の価値は高騰し、それらをすべて奪うだけでも十分な気もするのですが、なぜ、その黒幕たちは、それほどまでに星核せいかくに拘るのでしょうか? しかも、星核せいかくの価値は星が死んだあと、熟成の期間を経てからの方が安定し、美的価値を高めることにもなります。どうして、このように慌てて荒々しい方法を取るのでしょうか」


「知らん! そのようなこと、吾輩に聞かれても困る。吾輩は、オヴェロンの記憶をもとに推測でものを言っているだけなのだ。実感は……、残念ながら伴っておらん。だから、オヴェロン様などと呼ばれても困惑するだけだ!吾輩は、オヴェロンなどではない!」


何か、胸に溜まっていたもの吐露するかのような妖精の爺さんの様子に思わず室内は静まり返ってしまう。


「……すまん。少し取り乱してしまった。……ともかく、吾輩が言いたいのはそんなことを気にしても今はしょうがないということなのだ。ボォウ・ヤガーらの最終目的は、星核せいかくの奪取。全ての人間の死は、その前兆となる一現象に過ぎない。それで良いではないか。人間の魂の価値が高騰したのと同様に、タイテーニアの知らぬ間に星核せいかくの新たな用途が見いだされるなどして、その価値が見直されて高まっておるのかもしれんし、逆に人間の魂の価値だって下落しておるのかもしれん。吾輩らは所詮、今世の住人ではないゆえ、その辺りの事情には疎い。しかも吾輩などは一度死んでおるようなのだからな……。それに、もし仮に、人間の魂の方が奴らの狙いだとしても、こうは考えられぬか? 人間の魂を強奪した証拠を隠滅するついでに、星核せいかくも奪う計画であったと。星核せいかくのエネルギー暴走による惑星爆発で、そこに住んでいた神も、精霊も、人も、星ごとすべて死に絶えました。目撃者も証拠も存在しません。こうしたら、万事うまく辻褄が合うのではないか?」


「……妖精のお爺さん……天才。なんか、今の推理、目から鱗だったよ。まさか、お爺さんが黒幕の、そのまた黒幕とか、発案者だったってオチじゃないよね。……そっか、星核せいかくの奪取は、悪事の証拠隠滅にもなってるんだ。だから、あの黒幕Ⅹは、俺を見つけた瞬間に、有無を言わせず消滅させようとした。あのニーベラントにまつわるものはすべて残さない考えだったんだ」


天才と褒められて、ちょっと機嫌が良くなったのか、妖精の爺さんはまんざらでもない顔をした。


その一方でタイテーニアの表情はどこか悲しげだった。

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