第261話 奉ろわぬ神

まるで、虫けらやごみでも見ている様な、そんな眼だった。


何の感情も湧いていない。

興味も関心も何もない。


その禍々しき、圧倒的な神の気を纏った男は、視線を手のひらの上のやや青みがかった鮮やかな緑色の結晶に移すと、それをいずこかにやってしまった。


まるで、俺のコマンド≪どうぐ≫でアイテムを収納したときのように、一瞬でしゅっと消えてしまったのだ。


そして、そのあと、両腕を左右に広げ、まるで十字架のような姿勢を取ると、全身から凄まじい衝撃波と光を放ったのだ。


それは、まさに滅びの光。


男の周囲にある岩石群がちりと化していき、その破壊の波に俺も為す術もなく巻き込まれた。


その場にあるすべての原子が振動しているかのような、そんな凄まじい現象を現す言葉は無い。

感想を思いつく間もなく、俺は消滅した。




「…………………………っ」


気がつくとそこは、もうだいぶ見慣れてきた記帳所セーブポイントの部屋の濃紺色の絨毯の上だった。


そこに這いつくばり、両手が壊れるほど固く握り締めて、痛苦の過ぎ去るのを待つ。

今回は、以前感じたことのあるような苦しさであったので、精神的な動揺は少なかったと思う。


それでも全身を襲う激痛と本当に死にたくなるような不調の嵐があることは変わりなく、それに耐えるのは無限の苦しみのように感じた。


妖精の爺さんのお決まりのセリフはどうにか聞き取れたが、それに返事をする余裕は当然にない。



魂が軋むような感覚の異変がようやく治まって、立ち上がるとそこには妖精の爺さんとタイテーニアの他にももう一人いた。


それは、しばらく見なかった四人の家来のうちの一人で、妖精の爺さんが「スケさん」と仇名を付けていた若い優男風の人だった。


ブロンドの髪を後ろで束ね、前髪を少し垂らしている辺りがイケメンを匂わせてくる感じで、ルックスももちろん良い。

妖精の爺さんやタイテーニア同様にやや耳が尖った形をしているが、以前、バレル・ナザワなどで見かけたエルフやマルフレーサほどではない。


時代劇風のコスプレも今はもうやめたのか、そのすらりとした長身に紺碧を基調色とした凝った意匠の鎧とマントを身に纏っている。


その三人が俺のことを安堵した表情で見つめている。


「……いや、ごめん。立ち直るのに時間かかっちゃったね。そっちの人は……家来担当の人だったよね。 記憶は戻ったの?」


「はい。申し遅れましたが、私は、ここにおられる≪幻妖神≫オヴェロン様に仕える≪四騎神≫の一人。≪水幻≫のディネシスと申します。以後、お見知りおきを」


穏やかな笑みを浮かべ、目礼をした。

声までイケボだった。


「ディネシスは主にセーブポインターの戦闘時の防御面での加護を担当しておる。耐性付与や防護障壁生成など地味だが、お前さんの生命の存続に直結する仕事をこなしてくれている」


「そうだったんだ。俺まったく気が付いてなかったけど、ありがとう」


「いえ、今回も私の力及ばず、ユウヤ殿を死なせることになってしまいました。本当に、不甲斐ない……」


「いや……、あれはもう、本当にしょうがないよ。今回初めて姿を拝めたけど、今まで見てきたすべてのものと全く別物だった。あまりにも異次元すぎて、あれが一体どういった存在なのか、まだ頭の中で整理できていないんだ。なんていうかな……、理解の及ばないものは恐怖すらできないというか、とにかく殺される直前まで俺はとても穏やかな心だったんだ。あれにみられた瞬間、もう殺される運命を自然と受け入れさせられていたみたいな感じだった。抗う気も、そしてあの場から逃げる事さえ思いつかなかった。どこに逃げても無駄だって、本能が悟ってしまっていた。そんな感じだったんだ……」


「オヴェロン様……。あの男神はいったい何者だったのでしょうか?」


タイテーニアが不安げな表情で妖精の爺さんに尋ねた。


「……ああ、すまん。オヴェロンとは吾輩のことだったな。今、ちょうどそのことについて考えていた。吾輩の中にあるオヴェロンの記憶の中に、あのような神の記憶はない。だが、恒久の秩序がもたらされ、全宇宙の神々の多くがそれに従うようになって久しいというのに、あのような強引なやり方で、生きた星から≪星核せいかく≫を強奪するなど、おおよそ邪神などのまつろわぬ神であることは間違いないであろう」


「奉ろわぬ神? それに、≪星核せいかく≫って何なのさ」


「……うむ。吾輩の記憶の中にある知識は古く、あとはユウヤの活動を通して得た新しい情報からの類推に過ぎぬから、話半分ぐらいで聞いてくれ。おそらくは、今日こんにちの神々の事情とはもはや大きく異なっているであろうからな。奉ろわぬ神とは、大宇宙の平定事業に帰順せず、抵抗を続けていた神々の総称だ。かつて神々の間で、宇宙を管理する方針を巡る大きな争いが巻き起こっていたのだが、それに敗れても尚、反抗の意思を持ち続け、各地で秩序を尊ぶ神々の勢力と争いを続ける者たちが後を絶たなかったのだ。宇宙は果てしなく広大で、その当時はまだ勝利した神々の側もまだ確固たる組織とその全体を治める体制を構築できていなかった。オヴェロンたち幻妖界げんようかいの者たちのように中立を保っていた神々も多くいて、思うように反抗する神々を取り締まることができないでいたのだ。だが、いつしか人間のように平穏な暮らしを望む傾向にある種族たちは、神の≪真なる自由≫を掲げつつも混沌と惨劇しかもたらさないそれらの神々を嫌い、秩序側に立つ神々を信奉するようになった。そして、そうした種族たちは秩序神の指導と加護の下、奉ろわぬ神たちの追放に自ずと協力するようになったのだ。徐々に形勢は秩序神側に傾いて行き、やがて追いやられた神々は、奉ろわぬ神、あるいは邪神などと蔑まれ、行き場を失っていった。≪星核せいかく≫については、吾輩の知識には、ただ死んだ惑星の中核に形成されるある種のエネルギーとしか残っていない。あれは、人間たちで言うところの宝石のような贅沢品。オヴェロンの時代にはその美しさを眺めて楽しんだりといった用途ぐらいにしか扱われていなかったはずだ」


「そっか。じゃあ、俺をさっき殺した神さまは、やっぱりあんまり良くない神さまで、しかも宝石ドロボーみたいなことをしてる奴って認識でいいのかな?この世界の滅亡は、その≪星核せいかく≫というものを奪い取る過程で起きたみたいな……」


「さあて、それは吾輩にはわからぬことだ。ただ言えることは、神に善悪などないということ。秩序神側が正義で、奉ろわぬ神々が悪ということはない。善悪とはあくまでお前たち人間の尺度に過ぎぬのであるからな。神々には、それぞれ各々の信念と思想、矜持などがあり、それに従って存在しているに過ぎない。秩序神側も一枚岩ではなく、ただ利害や目的が一致していた者たち同士が手を組んだに過ぎないというのが実情であったのだ。あのグラヴァクでさえ、もとはと言えば、地底の奥深くに閉じ込められるようにして棲まざるを得なかった魔界の生物たちの解放を望んだだけであったようだ。秩序神たちの寵愛を受ける人間や動物などの他の種だけが地上に蔓延はびこるのを許せぬと思う気持ちが悪い方に傾いていってしまったのだとオヴェロンは同情していたような節もある……」

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