第258話 俺は生まれ変わる

そこは、ニーベラントから遠く離れた銀河の外れにあるT・Iティー・アイ3500PERICIAという識別記号で表される惑星。


そこは生物は死に絶え、草木も生えぬ死の星だ。


その死の星の地下には、銀河連盟直営の大規模な公営労役場が設けられていて、集められた神々による過酷な作業が行われていた。


その神々は、ギャンブルや事業の失敗などで身を持ち崩した破産神ばかりで、多額の債務や過去の経歴を帳消しにしてもらうことを条件にその持てる力を労役として、長期間提供することを契約として取り交わしている。


その神々の中に、ペイロンの姿があった。


過酷な作業とはいっても、まだ高利貸したちが営む違法な強制労働施設よりはかなりマシで、福利厚生が整っており、真面目にひたいに汗すれば社会復帰は可能だ。


この施設は、身を持ち崩して邪神アウトローに加担する神を増やさないためのいわば更生施設のような役割も果たしていて、真剣に神生じんせいをやり直したいと願う神々の最後の駆け込み寺のような場所だったのだ。


ペイロンは、この惑星の≪星核せいかく≫を傷つけずに慎重に取り出すためのトンネルを掘る班に配属されていて、労働による汗を流す清い日々を送っていた。


星核せいかく≫は、人間の魂以上の希少な資源であり、その用途は多岐に及ぶ。

リサイクルして、新たな惑星の創造に使える他、高度な技術、施設などによって莫大な量を精製する必要があるが、それを原料として使用すれば、強力な兵器への転用も可能であるとされている。

そして、≪星核せいかく≫が内包するエネルギーを取り込めば、神の寿命をも幾ばくか延ばすことができるという迷信じみた噂もあるくらい、とにかく途方もなく貴重なものだ。


死んだ惑星からそれらを回収する。


それがペイロン達、訳あり鉱員に課せられた仕事だったのだ。


「くそっ、今に見てろよ。債務をチャラにして、もう一度、ギャンブラー神業界のいただきを目指す。そしたら、リーザに復縁を申し込むんだ。長年、下僕のようにあんなにも尽くしたのに、まだ手しか握らせてもらってねえ。キスと乳揉みぐらいはさせてもらわなきゃ死んでも死にきれねえぜ。ああー、ちくしょうめ!こっちは女日照りだってのに、むらむらしてきやがった」


ペイロンはその脳裏に女神リーザの際立って美しい面影を浮かべた。


ストーカーまがいと周囲に呆れられるほど、しつこく付きまとい、拝み倒して結婚の誓約うけいを承諾してもらったまでは良かったが、とにかく気位が高く、夫であってもなかなか近づくことは容易ではなかった。

周囲には、強がって亭主関白と言っていたが、その実態は真逆だったのである。


その実態は夫婦というより、ご主人様と下僕げぼく

そんな感じだった。


だが、そのすぐになびかないところも、魅力的だった。


いつか屈服させて、おのれに惚れさせることができたらどれだけ男冥利に尽きる事か……。


その支配欲を満たしたい一心で、すべての家事を引き受け、彼女の得体の知れない様々な実験にさえも、無償で助手のように付き従ってきたのだ。


「ああ、リーザ……。愛しのわが妻……」


性格はひとまず置いておいて、見た目も神としての才覚も、この銀河、いや全宇宙で最高の女神だ。


あの女を手にしてこそ、俺は成功者の頂に立ったと皆に自慢できる。

その頂に立つためならば俺は何にだって耐えられるはずだ。


債務の返済をし、いったんリセットできたら、今度こそギャンブルで大勝ちし、無断でこっそり借りてしまったクレジット分をリーザに色を付けて返す。


そして破局の原因になった数々の浮気についても誠心誠意謝罪する。


今の俺は誠意の塊。いわば誠意大将軍とでも自ら名乗りたくなるほどだ。


なじられようとも、頭を踏みつけられようとも、ただひたすら許しを乞うのだ。


今度こそ、俺は生まれ変わる。



一日16時間の労働を終えて、飯場はんばに戻ったペイロンは、入り口で今日の日当である8000クレジット通貨を専用カードで受け取り、売店に向かう。


今の貯蓄残高は121800クレジットで、これが60000000クレジット貯まれば、晴れて、清い身で放免を許される。

破産歴も消え、債務も無くなるため、新たなスタートを切ることが許されるのだ。


だが、そんな俺に売店の誘惑が襲い掛かって来る。


「おう、ペイロン。お疲れさん。今日はどうすんだ? 何か買っていかないのか」


売店のおっちゃんが愛想よく声をかけてきて、俺にキンキンに冷えた地球産神ビールの缶を見せびらかしてくる。


駄目だ。

ここのところ、毎日買っちまってるじゃねえか。

耐えろ!耐えろ、俺。

贅沢は、自由になるための最大の敵だぞ。


「……神ビール350一本。それと……焼き供物鳥くもつどり缶詰を……たれ味で……」


「はい。毎度有り。合計で7500クレジットだ。最近、お得意さんだから試供品のさきいか付けてやるよ。小袋だけど、味は良かったぜ」


「……ああ、ありがとう」


ペイロンは品物を受け取り、頭を下げると寝泊まりしている三畳間の小部屋に戻っていった。



「クァーーーーーーッ。労働のあとのこの一口が、俺を駄目にしちまうんだよ。くそ、今日も買っちまった!ちきしょう」


ペイロンは一缶を一気に半分ほど飲み干すと、それを勢いよく畳の上に置いた。


そしてさきいかを一本、口に運び、くちゃくちゃと噛む。


「はあ、俺様としたことがこんな場所で、いったい何をやってるんだろうな……。ああ、賭場のあの喧騒と活気の中にはやく帰りたい……」


ペイロンは目に涙を浮かべ、破産手続きをする決意に至った原因である会話を思い浮かべた。


ユウヤという異世界勇者の少年と交わした会話。


『今から997日後。この世界にいる人々は全員、魂を抜かれて、死んでしまうんです。そのあと、とんでもない天変地異が起きて、この星そのものが壊れるんだ』


魂を抜かれて死ぬ。


ペイロンはその死因に思い当たる節があったのだ。


かつて一度だけ使用した≪代表神印だいひょうしんいん≫により、山間やまあいにある集落八十人分の魂を奪ったとき、そうした死に方を目の当たりにした。

突如、胸を押さえて苦しみだし、そしてバタバタとその場に倒れ、息を引き取っていったのだ。


自分の欲のため、無関係の他者が死ぬ。


その時の光景が脳裏に蘇り、そして、怖くなった。


魂に価値があるとはいえ、たかが下等な人間だ。

人間が神のかてになるのは当たり前。

神々間の秩序と法が広く定められるようになる以前は、こんなこと当たり前にあったことなのだ。


そう言い聞かせ、平静を保とうと思ったが、どうにも俺にはそれができなかった。


そして、顔も知らぬこのユウヤというガキが、その時の自分の罪についてもなにか感づいているのではないかと不安になった。


気が付くと俺は、≪交信珠こうしんじゅ≫の通信を切り、その場から全力で駆けだしていた。



それと、あのユウヤは、未来からやって来たなどというありえないことを口にしていた。


高位の神々たちでさえもそんな大それた奇跡を起こすことはできないのに、人間如きが何を言っているのかとせせら笑いたかったが、あの真に迫った必死さがどうにも心の中にいつまでもこびりついてしまって、結局、破産を決断するという謎行動を起こすに至ってしまった。


あの時の俺は、ユウヤの尋常ならざる声の様子に、なぜかひどく動じてしまって、正常な判断を失っていた。


仮にユウヤの言う通りニーベラントが滅ぶとしても、それが≪代表神印だいひょうしんいん≫を使った俺が原因となることは絶対にありえない。


そんな恐ろしいことをする度胸は、そもそも俺には無いのだ。


しかも天変地異によって星そのものが壊れるみたいな話だった気がするし、完全に俺は無関係だ。そんな芸当ができるなら、こんな場所で地道に鶴嘴を振るっていない。


だけど、もし……。

俺自体が無関係でも、≪代表神印だいひょうしんいん≫が誰かの手によって悪用され、その誰かがとんでもないヤバい邪神とかであったなら……。


ハハッ、良くできたフィクションだろ。


ペイロンは缶詰の中の焼き供物鳥の肉を、付属の爪楊枝で指し、口に運んだ。

そして、ビールの残りをちびっと啜る。


万が一、億が一。

絶対にそんなこと起こりっこないが、ユウヤが言っていた通りになったら、俺が≪代表神印だいひょうしんいん≫を盗んだってバレてしまうし、そうなったらもう完全に身の破滅だと、あの時は、イカレた頭で考えていたと思う。


どのみち多額の負債でどうしようもない状態ではあったわけだし、ユウヤの言う997日後までニーベラントを離れて労役に就いていれば、債務が帳消しとなり一石二鳥だとも思った。


だが、生粋のギャンブラーたる自分が、破産などというみっともない選択をするなんてことは平常心であれば考えられないことであり、その一点だけが悔やまれるところであった。


「自分で決めたことを、いつまでもくよくよと……。やめよう、酒がまずくなる。明日だ。明日こそは、無駄遣いしないで我慢するぞ」


ペイロンは、気持ちを切り替え、せっかくの酒とつまみに集中することにした。


その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「ちくしょう……。誰だ?ようやくほろ酔いでいい気分になってきたところだったのに……」


ペイロンがしぶしぶといった感じに立上り、ドアを開けるとそこには管理職員である神が立っていた。


「鉱員番号834のペイロンだな。お前に面会人を連れてきたぞ」


「面会人? 誰っすか?」


おかしいな。

俺がここにいることは誰も知らないはずなのに……。


ペイロンは首をかしげながら、ドアをしっかりと開き、管理職員の背の方を見るとそこには見知った顔があった。


品がありつつ、洒脱しゃだつな感じの服装で、貫録と大人の余裕のようなものを漂わせているその人物は、ペイロンにとってあこがれの存在であり、大恩人でもあった。


「ボォウ・ヤガーさん……」


「ペイロン、探したぞ。突然、姿を消したって聞いて、方々ほうぼうを探し回った」


「……すいません。妙な人間のガキに大事な稼ぎ口を一つ潰されてしまって、それで意を決して、一度全部をチャラにしようと思い立ったんです。ボォウ・ヤガーさんには色々と世話になっていて、せめて一声かけてから、ここに来るべきでした」


「まあ、俺も忙しくてあちこち飛び回っているからな。それはしょうがなかったとはいえ、ペイロン……。その手は何だ? 俺たちギャンブラーは手と指先が命だろ。そんなにマメだらけにしちまって、しょうもない奴だ」


「返す言葉もありません」


「なあ、ペイロン。お前の抱えていた債務の件だが、俺が何とかしてやる。だから、いつまでもこんな場所でくすぶっているんじゃない」


「えっ、いや、でも……そんな。そこまで甘えるわけには……」


「いいんだ。俺は、お前のことを買っている。お前はこんなところで終わるような男じゃないし、役に立つ人間だ。さっき、ここの施設長に話はつけてきた。こんなしみったれた場所を出て、一山ひとやま当てに行こうじゃないか。デカい話があるんだ。すべての負けを覆して、お前の人生を一発逆転させる途方もない大博打がな……」




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