第257話 みちならぬ恋

ウォラ・ギネが言う通り力こそがすべてだとは思わないものの、やはり≪成長限界≫まではレベルを上げておこうと考え、記帳所セーブポイントの部屋を訪れた。


「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精。名前は、……たぶんオヴェロンなのだと思う」


妖精の爺さんは、もうすっかり元通りの元気さを取り戻したようだったが、どこか浮かぬ顔だった。


「顔色は良さそうだけど、なんか表情が暗いね。どうしたの?」


「いや、おぬしの方こそ、元気が無いように見えるが……」


「まあ、生きていると色々と悩みが尽きなくてね。そんなことより、この間は、助けてくれてありがとう。相当な無理をしてくれたんでしょ?」


「別に礼を言われるほどのことはない。それが吾輩の使命であり、存在意義なのだ。他の者たちはどうかわからぬが、吾輩にとっては、セーブポインターに関する仕事以上のものなどない。かつての自分が何者であろうとも、それは関係ない。吾輩はお前が諦めて、すべてを終わりにしたいと決断するその日まで、この記帳所セーブポイントの部屋の管理人であり続けるのだ」


俺と妖精の爺さんが話していると奥の扉から、タイテーニアがやって来た。


その瞬間、俺の心にズキュゥーンと何かが響き、思わず鼓動が速くなるのを感じた。


黒い喪服に身を包んだその肢体は艶めかしく、そして豊かな胸と女性特有の美しさを表す優美な腰とおしりのラインはとても蠱惑的だ。


全てがスローモーションに見えて、思わず股間が熱くなるのを感じた。


いかん、いかん。

俺は何を考えてるんだ。


タイテーニアさんは妖精の爺さんの伴侶で、しかも俺という存在の一部なんだろ。

そういう相手に欲情するとか、どうかしてる。

自身の内在世界にしか存在しない二人と三角関係になるなんて、脳内フレンズ以上の異常だ。


そんなことはあってはならない。


あれがすでに半立ちになっているのを自覚し、なんとか淫らな気持ちを振り払おうと努力する。


何か萎えるものを考えようと思い、怨霊化した時のカミーロの顔を思い浮かべて事なきを得た。


よかった。

下半身の疼きが治まったし、なにより自分が勃起不全でなさそうなことに安堵した。


だが、ここで別の不安がよぎる。


俺が他の女性に興味がわかなくなってしまったのは、何か特殊な性癖が宿ってしまったからではないかと……。


考えてみれば人妻だと思い込んでいたヴィレミーナをあれほど強く欲したのは、その予兆であったのかもしれない。


そして、もしかしたら人妻だけでは興奮しなくなってしまって、それに未亡人とか、喪服とかいうマニアックな性的嗜好要素が加わったのだとしたら、大変だ。


未亡人で、しかも喪服の女性しか愛せないとなると、俺の人生はこれから一体どうなってしまうというのか。


この推理が外れていることを切に願うしかなかった。


「あら、ユウヤさん。おいでになったのですね。今日はセーブにいらしたのですか?」


「……えっ、ああ、そう! 一応、自分の限界の強さまでは上げてみようと思ってね。セーブ可能日を残しつつだから、まあ三日置きくらいでって感じでレベルアップ目指すことにしたんだよ」


「そうなのですね。ではやはり、クラスチェンジもそろそろ視野に入れてらっしゃるのでしょうか」


「クラスチェンジ?」


俺は思わず聞き返してしまった。


そうだ。そういえば、確かにセーブ特典ポイントのスキル獲得リストの中に、そんな項目が存在していた。


「ええ。三日に一度のレベルアップであれば、必要な300ポイントまではどうにか届きそうですよね?」


確かに、今日が再ロードから88日目だから、このまま何事も起こらなければ世界滅亡までは900日以上ある。


セーブ特典ポイントの残りが60あったはずだから、あと240回、どこかの日でセーブすれば十分に可能ではある。

レベルが上がらなくても、セーブ特典ポイントはもらえるらしいから、この件については≪成長限界≫は関係ない。


だが、ひとつ。疑問な点がある。


「あのさ、クラスチェンジしちゃった場合は、セーブポインターではなくなってしまうんだよね? そうした場合って、今までできてたことができなくなるとか、あるのかな?」


「それは、……知らん。それは吾輩の預かり知らぬことだ。だが、300ポイントも費やしておいて、今の状態よりも悪くなるとは考えにくい。人間の≪職業クラス≫というものがどのようなものであるのかはわからんが、知りたければ、人間の先達に尋ねてみるがよい。おるだろう? 相談するに格好の人物が……」


確かにウォラ・ギネなら、その辺のことに詳しそうだ。


そしてふと、思ったことがある。


世界の破滅の時やこれまでもそうだったが、やはり妖精の爺さんたちは外の世界であったことをおおよそは把握しているようだった。


そうであるならば、やはりタイテーニアさんへの恋心は完全に封印するしかないと思った。


俺の内在世界に常駐している妖精の爺さんの目を盗んで不倫するなんてできるはずはないし、タイテーニアさんを思い浮かべてひとりエッチをしようものなら、次からはこの記帳所セーブポイントの部屋をどんな顔をして訪れればいいかわからなくなってしまうからだ。


それに普段からすごくお世話になっている妖精の爺さんの奥さんを寝取るなんて、さすがに許されるはずもないし、そこまで俺は堕ちちゃいない。

獣じゃないんだ。それぐらいの分別はあると断言できる……と思う。


みちならぬ恋。


タイテーニアさんのことが好きだからこそ、思いを秘めたまま、ここは静かに身を引く。

そして、むしろ妖精の爺さんがはやく記憶を取り戻して、二人が再び幸せな日々を過ごせるようになることを祈ろう。


切ないけど、そういう恋があったっていいよね。





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