第256話 深い絶望の闇に

≪魔界の神≫グラヴァクを倒した影響で、世界滅亡の日が早まってしまうということは、今のところなかった。


別の展開で、イチロウが持っていた≪邪眼刀じゃがんとう≫に宿る神を倒した時のように、事態が急変することもなく、今のところ、世界は比較的平穏な日々を続けている。


魔王勢力とゼーフェルト王国の戦いも俺とウォラ・ギネの介入で今のところ、本格化はしていない。


道場破りのノリで、二人で魔王城に乗り込み、魔王コゴロウや亀倉たちに「俺たちがいる限り、ゼーフェルト侵攻など不可能だ」ということを散々わからせてやったので、当面は大人しくしていることだろう。

コゴロウは、グラヴァクの加護を失った影響か、かなり弱体化していて、もはや俺に抗うほどの力は持ち合わせていなかった。

もはや魔王の黒炎ダーク・フレイムを吐くこともできなくなっていたし、今のコゴロウであればレベル50頃の俺でも勝てたかもしれない。

それほどにグラヴァクの影響は大きかったというわけだ。


そして、もちろん、言葉による説得も尽くしたつもりだ。


グラヴァクが勇者マーティンとディアナにまつわる一連の悲劇の黒幕であったこと、そして亀倉たちを地球に帰還させるつもりなどなかったことなどを説明し、ゼーフェルト王国とのこれ以上の争いは無益だと説いた。


俺の話を聞いた魔王たちは、予想通り、頑なにそれを信じようとはしなかったが、ゴンゾという魔族から得られた証言などのマルフレーサによる援護のおかげもあってか、それぞれ何かを考え込む様子で黙り込んでしまっていた。


ゼーフェルト王国側はどういう状況かというと、魔王勢力の活発な動きを察してか、北の国境のかなり手前に警戒のための非常線を設け、近くの砦などに防衛のための軍勢を配置し始めた。


だが、自らその非常線を越えてくることはなく、俺の目には戦に対して消極的であるように映った。

軍勢を率いているのは、あのバルバロスで、傍らにはイチロウの姿もあった。


ゼーフェルト王国軍は、王軍司令であるバルバロスの指示であるのか、その駐留している辺りに城壁のようなものを築き始め、逆茂木や乱杭も備えるなど専守防衛の構えをとった。

領土拡大に意欲を燃やしてるらしい、あの野心的なパウル四世の考えとは逆を行くような試みだと感じたが、もしかしたら亀倉たちが魔王勢力に加わったなどの情報を得たのかもしれない。



俺がグラヴァクが宿る竜の石像を破壊してから六日後。

そのまま両陣営の膠着状態は続き、俺は日々がこのまま無事に、何事もなく続いてくれることを祈りながら、不測の事態が起こらぬように例の古びた砦跡を拠点にして魔王領内の情勢を見守っていた。


ウォラ・ギネとムソー流杖術の稽古したり、酒を酌み交わしながら昔話を聞いたりと、かつて聖地ホウマンザンで過ごしたあの日々が思い起こされるような毎日を送っていたのだが、その傍ら、俺は悩みを抱えていた。


あれが、ある条件下で立たなくなってしまったのである。


勃起不全。たしか、EDとかいうんだったか。


最初に、異変に気が付いたのは、王都にふらりと足を延ばした時のこと。


戦時下の王都がどうなっているのか様子を見たくて、あわよくばザイツ樫の長杖を購入できたらいいなくらいに考えての潜入だった。


外套を目深に被り、口元を覆い布で隠す。


旅人や冒険者であれば別におかしくはない格好なのだが、あちこちに自分の手配書が貼られているため、妙にドキドキした。

王都は、やはりどこか慌ただしく、通りを行く人々の顔もどこか陰って見えた。


裏路地を通り、例の武器屋に向かっていたのだが、そこで見知らぬ若い娼婦に声をかけられた。

割と濃いめの顔立ちと化粧でグラマラスな感じの体つきをしており、いつもであれば妙な気分が起こってしまうところだった。

もうしばらくエッチなこともしてないし、かなり欲求不満だったはずだ。


「あら、若いお兄さん。遊んでいかない? 安くしておくわよ」


その娼婦は、強引に手を引き、体を押し付けてきて股間に悪戯してきたのだが、そこで異変に気が付いた。


気分的にも興奮するところもなく、股間が何の反応もしていなかったのである。


おかしいな。別に好みじゃないとかではなさそうなんだけど……。


「ごめんね。ちょっと用事があるんだ」


俺はその娼婦にやんわり断りを入れ、その場を離れたのだが、その後、少しずつ気になってきて、街中にいる女性たちに注目してみた。


唇、首筋、体つき……。


エロ目線で、物陰から複数の女性の全身を眺めるなど完全に不審者だし、まるで変態そのものだ。


だが、いくら妄想を膨らませたり、股間のものに働きかけてみてもうんともすんとも言わない。


やばい。俺、この若さにして終わったわ……。


俺は深い絶望の闇に包まれて、ひとり愕然とした。


毎朝、朝立ちはある。


機能的には問題ないはずなのに、女性を前にしてあれが役に立たなくなってしまったようだったのだ。


その後、ハーフェン近くの田舎町で好みだと思う女性をナンパして、いざ事に及ぼうとしたのがやはりダメだった。


俺の体に一体何が起こっているのだろう。


さすがにウォラ・ギネに相談するのも恥ずかしくて、俺は一人その悩みを抱え込むことになったのだが、その後、もっと厄介なもう一つの悩みを抱えてしまうことになる。

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