第255話 力こそ、すべて
『ま、待て。何をする気だ? 来るな……。我に近づくな……』
床に施された魔法円の結界をものともせずに俺は間合いを詰め、問答無用に≪魔界の神≫グラヴァクが宿った竜の石像を≪世界樹の長杖≫で殴り壊した。
≪
呪詛を吐く時間も与えない。
動けないグラヴァクに渾身の一撃をお見舞いした。
天井から姿を現した手下のヒヨウマがそれを阻止しようと頭上から襲ってきたが、そいつもついでに叩き落としておいた。
ヒヨウマは、俺の≪
そこそこ速いけど、たぶん、
何か特殊な能力持ちだったりするんだろうか。
護衛にするにはちょっと心もとなさすぎる。
やはりグラヴァクは、魔王であるコゴロウの警護に重きを置いていたのかな。
そして、どうやらこの魔法円の結界は、侵入を防ぐものではなく、その存在と居所を知られぬためのものであったらしい。
少しピリッとしたが、ほとんどダメージは無い。
今の俺にはジョークグッズのビリビリのおもちゃとそう変わりはないように感じた。
部屋の外が騒がしくなり、どうやら魔王たちが駆けつけてきたようなので、俺は≪場所セーブ≫を使って、その場を離れた。
おそらく砕け散った竜の石像を見て、みんなは途方に暮れ、そして俺を恨むだろう。
だが、それでいい。
みんな揃って、あの世行きになるよりはよっぽどマシだ。
ハーフェンに戻った俺は、まだ午前中だというのに隠れ家で先に一杯やっていたウォラ・ギネの前に座り、事の次第と顛末を逐一、説明した。
信じてもらえるかはわからなかったが、地球に帰還して殺された話なども隠さず話した。
話す意味があったのかは不明だったが、俺が誰かに胸の内を聞いてもらいたかったのだ。
ウォラ・ギネはどこからか調達してきたらしいもう一つの杯を俺の前に置き、それに酒を注いでくれた。
ここはもう誰にも使われている様子のない朽ちた漁師の物置小屋で、かなり磯臭い。
薄暗く、殺風景だが、男二人、酒を酌み交わすには問題ない。
干した魚を齧りながら、ちびちびやる。
「なるほどなぁ。世の中、しかも遠い星となると上には上がいるんだな。今のお前さんを一瞬で
「……そうだね。俺も相当強くなったと自負してたんだけど、勘違いだってわかった。俺が通用するのはあくまでも人間の世界での話で、ちゃんとした神さまだとか、途方もない怪物とかが出てきちゃうとやっぱり無力なんだなって」
「まあ、しかし、あのグラヴァクとかいう神は倒してきたんじゃろ? お前さんも十分に人間離れしてると、儂は思うがな」
「グラヴァクは最盛期には、もっととんでもない化け物だったらしいし、あれは倒したとは言えないよ。不意の奇襲攻撃も良いところだし、何よりあいつは消滅寸前まで弱り切っていた。前に話した世界滅亡の瞬間に現れる赤い竜の形をしたエネルギー体……。あの竜の石像からは似たような感じの気を感じたけど、どう考えても同一の存在とは未だに思えないんだよね。でも、もしあれで、倒せたっていうなら、案外、あっさり世界の破滅を防げちゃったという可能性もあるけど、まあ、この先の展開を見るしか確かめる方法はないし、当面は様子を見るしかないかな」
「カメクラたちの今後の動きも気になるしな。魔王のやつもゼーフェルト王国への復讐はあきらめてはおらんだろ」
「そうなんだよね。亀倉たちは完全に魔王勢力側に組み込まれちゃってるから、グラヴァクがいなくなっても、戦は止められないかもしれないね。本当の黒幕は、グラヴァクだったんだけど、口で説明しても、こんな状況じゃ信じてもらえないだろうし……。はあ……、前途多難だな」
前途多難だなどと口にしたが、ウォラ・ギネに話を聞いてもらえて、少し気が晴れてきていた。
これまでずっと一人で悩んでいることが多かったから、疑うことなく話したままを受け入れて応えてくれるウォラ・ギネの存在は俺にとってはとても大きなものだった。
小中高と、元の世界で関わった学校の先生たちの中に恩師と呼べるようなまともな大人は一人もいなかったけど、ウォラ・ギネだけはそう思える唯一の存在だということができそうだった。
ムソー流杖術とウォラ・ギネとの出会いが俺に与えてくれた影響はかなり大きい。
「ははっ、前途多難なことなどあるものか。口で言ってわからなければ、力尽くでわからせてやればよいのだ。今のおぬしなら簡単だろう」
前言撤回。
いきなりなんてことを言い出すんだ、この爺さんは。
ひょっとして、もうけっこう酔っぱらってる?
「いや、力尽くなんてそんなのダメでしょ。相手にだって気持ちがあるんだし……」
「何を言っておるのだ。この世は所詮、力がすべてだ。話せばわかるなど、それはきれいごとに過ぎん。第一、話し合いの場に付くことでさえ、力を持たねばかなわんのだぞ。違うか? 」
違いはしない。
確かに裏社会での生活で目の当たりにしたのは、そうしたシビアな現実だった。
賭博もシノギも、日々の暮らしも、弱い奴はとことんしゃぶりつくされる弱肉強食の世界だった。
今にして思えば、冒険者としての暮らしもおおむねそんな感じだった気がする。
「まあ、現実的にはそうなのかもしれないけど、もうちょっと言い方が……」
「弱いから他者の言いなりになる。弱いから他者の食い物にされる。弱いから滅ぼされる。弱いということは、すべての面において悪い状態だ。逆に強ければ自分の思い通りにすべて自由にできるわけだし、他者に振り回され左右されることが無くなる。すなわち、力こそが善ということもできる。実際、この世の中のルールを決めているのは強き者だ。単純な腕力や財力、他にも民衆を導く指導力など、強さにも様々な形があるが、極論すればとにかく一番強い人間がこの世のすべてを決めるのだ。全部を自分の望むままにしようと思ったら、自分がとにかく一番強くなればいい。単純なことだろ。「お前ら、くだらない戦などやめろ」と圧倒的な力を持つに至ったお前が片っ端からしばいて回れば、戦は終わる。武器を持つ元気がなくなるまで、叩きのめしてやればよいのだ。弱き者が、おのれを守り、自立できる力を身に着ける。これもムソー流杖術が持つ立派な意義だ。護身。わかるか? 護身の理念だ」
捲し立てるウォラ・ギネの勢いに圧倒されて、返す言葉が出てこない。
力こそ、すべて。
確かに俺の今の力だったら、この魔王勢力とゼーフェルト王国の戦だって止められるかもしれない。
そして、もっとさらに誰よりもすごい力を手に入れることができたなら、このニーベラントの滅亡をも回避することも確かに可能であるかもしれないのだ。
誰よりも俺が強くなったら、世界は救われる?
いやいや、妄想が過ぎるだろ。
あんな惑星を一つ簡単に滅ぼしてしまえる存在よりも強くなれるわけがない。
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