第254話 妖精女王の愁い

「それで、だいたいの事情は分かったけど、妖精のお爺さんの方はどうしちゃったの? 姿が見えないけど……」


「オヴェロンは……、少し力を使いすぎたみたいで奥で休んでいるわ。超遠距離からのはくの回収と肉体の復元。それと今回は色々と難しい問題があったみたいね」


「そっか、よくわからないけど、世話をかけちゃったね。なんか、色々と俺自身のショッキングな真実を知っちゃって落ち込みそうだったんだけど、記帳所セーブポイントの部屋の変化とタイテーニアさんの登場で、悩みがどっかに吹き飛んじゃった」


そう……、俺は舞い戻った地球で、自分と他の異世界勇者たちの転移にまつわる真相の一端を知った。


それは、残酷で救いのない現実。


ただ無理矢理、この異世界に連れてこられたというだけではなく、その前に大規模な脱線事故に巻き込まれて、元の世界では死んだことにされてしまっていたというものだ。

無事に帰還を果たしても、おそらく元の日常に戻るのはかなり困難だろう。


ひょっこり生きてました、なんて感じでいきなり現れたら、周囲の人間だって困惑するだろうし、大騒ぎになるだろう。


死亡が認定されている辺り、俺たちの死体だってそこにあったんだろうし、そうなるとニーベラントにやってきたのは魂だけだってことになる。

だが、それだと学生服などをなぜ身に着けたままだったのかという謎が残る。


学生服は俺たちが死んだ事実に気が付かないように再現されたもの?


だが、そこまで手が込んだことをするかな。

わからない。わからないことだらけだ。


さらに、あの謎の襲撃者たちの会話から、俺たちがそのまま地球で生活するのは困難なようで、有害な地球外生命体として駆除されてしまうようだった。

これは、ニーベラントから地球に生物を送り込むことが禁じられているというグラヴァクの話通りで、あの赤鬼青鬼はその外来種の駆除係といったところだろう。

あんなレベルの強者がどのくらいの人数いるのかわからないけど、あれが例の神様たちの組織の末端構成員なのだとすると、実力行使で居座ることはたぶん不可能だと思う。


地球への帰還願望がもともと薄かった俺はまだ良いとしても、強くそれを願っていた亀倉たちにはどう伝えたらいいものか。

俺は悩んだ。


「……それで、ユウヤさん。あなたはこれからどうされるおつもりですか」


「ああ、うん。一応、魔王城に単独突入する前の≪ぼうけんのしょ≫から再開ロードしようと思う」


「なにか、考えがお有りなのですね」


「考えっていうほどのものじゃないけど、とりあえず≪魔界の神≫グラヴァクがただ危険なだけの存在だってわかったから、あれを排除して、どういう展開になるのか試してみようと思う。地球への帰還がもう絶望的だってわかったから、初心に返って、世界の滅亡を防ぐ方向で努力するしかないかなって。まあ、そっちも可能性としてはほぼ絶望的なんだけどね」


「そうですか」


タイテーニアはどこか浮かない顔だ。


「タイテーニアさん? どうしたの」


「ユウヤさんは、なぜそこまで故郷とは異なる世界の滅亡を回避することにこだわっておられるのですか? 」


「いや、別にこだわってるわけじゃないよ。そういう風に見えるの?」


「……はい。何度も、何度も死ぬような思いをしてまで、なぜ、そうやってあきらめずに挑戦し続けられるのですか? 運命に……抗い続けることができるのでしょうか。私は、自ら課せられた幻妖界を滅びから救うという使命を他者に委ねるという安易な道を選んでしまいました。ユウヤさんを見ていると、自分の判断が正しかったのか自信が持てなくなってくるのです。もっと他にできることがあったのではないか。自分は重責に耐えかねて、それから逃げようとしただけではないかと……」


「……そんなことは無いと思うよ。だって俺とタイテーニアさんとじゃ、背負っているものの重みが違う。俺は、ただ俺が幸せになるために悪あがきしてるだけ。だって考えてみてよ。どんなに人生が順調に行って、大好きな人と幸せに暮らせるようになったって、たった三年くらいでその幸せが壊れちゃうんだよ。そして、全部無かったことになって、振出しに戻る。大事な思い出も、相手を好きだって気持ちも、周囲の人たちと築き上げてきた大事な関係も、全部……、全部、俺の中にしか残らない。そんなのってむなしいじゃない」


「三年おきに区切られた別の人生と割り切って生きることも可能だと思うのです。永遠に続く生などというのは本来は無いわけですし、敢えて困難に立ち向かわなくても、それはそれで楽しく日々を送ることができると思うのです。それが、たとえ仮初かりそめのものだったとしても……」


「タイテーニアさん、それは逆だよ。永遠に続かない。限りある生だからこそ、そのあともしっかりと残る何かを築きたくなるんじゃないのかな。自分が死んだ後も、自分が大事な人たちが変わらず幸せに生きていける。そんな未来がずっと続いていくように俺はやれることはやっておきたいんだ。まあ、俺ごときがやれることは限られてるし、駄目だったら本当に諦めるよ。割り切り人生はそのあとの話かな」


「ユウヤさん……」


「それに実は何回も諦めてるんだよね。現実逃避してやさぐれてみたり、この世界を見捨てて地球に逃げ帰ろうとしたり。まあ、ことごとくうまくいかなくて、結局、初心に戻らさせられてるだけなんだよね。タイテーニアさんが何を悩んでいるのか、気安くわかるなんて言えないけど、結果がオーライなら、それで良かったんじゃないかな。だって、みんな無事だったんでしょ?」


「……そうですね。ありがとうございます」


「あのさ、ふと疑問に思ったんだけど幻妖界の他の人たちもこの部屋の外に存在しているんだよね」


「ええ、そうです。この部屋はそれ自体が強大な力と存在感を持つセーブポインターの滞在用に特別に設けられた場所に過ぎません。かつての幻妖界だった空間は、あなたの魂の内在世界と融合し、想像以上の広がりを持っているのですが、ここは、幻妖界に存在していた≪夜夢よむの城≫の一角に当たる場所。まだ、封印が完全には解けておらず、中途半端な状況にありますが城の外には、広大な森とそこに新たに芽吹いた世界樹の若木、そして城下町が広がっているのですよ。そして、そこに住まうすべての存在がセーブポインターに加算される力の源となっているのです」


「……そうなんだ。見てみたい気もするけど、長居すると、妖精のお爺さんとかみんながしんどいんだよね? それにやるべきことも決まってるし、俺はそろそろ行くよ。続きの話はまた今度ということで。ああ、そうだ! 妖精のお爺さんに助けてくれてありがとうって、伝えておいてよ」


俺は、≪ぼうけんのしょ1≫の「出撃!敵は魔王城にあり」をロードし、記帳所セーブポイントの部屋を出た。

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