第253話 ここはどこだ?
ああ、今回はそっちの方向で来たか。
魂を削ってくるような全身を襲う激痛ではなくて、頭痛と
首から下の感覚が少しも無くて、うつ伏せ状態のまま全く身動きできない。
俺の顔の下は、畳ではなくて毛足が長い濃くて暗い青を基調とした絨毯だった。
ここは……どこだ。
俺の脳裏に、地球で鬼のような怪物たちに襲われた時の情景が浮かび上がって、急に怖くなる。
あれから、俺はどうなった?
「おお、ユウヤ。死んでしまうとは可哀そう。貴方にもう一度、チャンスを与えましょう」
頭の向こうの方から、透き通った感じの女性の声がして、思わず「誰?」って言いたくなったが、確かめようにも顔の向きを変えることすらできない。
口を辛うじて動かせたが声も出せないし、何より気持ちが悪くてこうしてじっとしていることすら苦しい。
しばらくすると、何も感じなかった首から下に激痛が走って、それから徐々に感覚が戻るのを感じた。
頭痛などの変調も少しずつ治まってきた。
死ぬことにはもうだいぶ慣れて、痛みにもだいぶ強くなったけど、今回は直接的じゃなく、どこか回りくどい感じのじわじわした苦しさだった。
まだ少し違和感が残っているし、それに何と言うか、少し、世界が違って見える。
手足の感触が戻ったことを確かめるように、のろのろと体を起こし、立ち上がるとそこは見慣れぬ部屋だった。
濃い青と紫を基調にした内装の室内は薄暗く、高価そうな調度品と応接セットが備わった偉い人の執務室のような感じで、時代劇のセットのようなあの大げさな大広間の面影は無い。
やはりここは
奥の執務机の向こうには、妖精の爺さんの姿はない。
代わりにそこにあったのは、気品ある美しい貴婦人の姿だった。
空いた椅子の傍らに立ち、優しく微笑んでいる。
この暗い色合いの部屋の中にあってもいっそう際立つ闇のような黒のドレスに身を包み、その装いはどこか喪服を思わせる。
「あの……すいません。あなたはいったい……」
「私のことが分かりませんか?」
貴婦人は上品にくすりと笑い、親し気なまなざしを俺に向けている。
「
「うっそ! えー、噓でしょ? だって全然違うじゃん。それに妖精の爺さん同様に記憶が無かったんじゃ……」
あの小柄な妖精の婆さんが、こんなボンキュッボンのナイスバディ美女と同一人物なんて、絶対、誰も信じない。
「ふふ、私にかけられていた記憶の封印は夫たちのそれよりも効果が弱かった様なのです。まだすべてを思い出せたわけではないのですが、おかげで誰よりも最初に自分自身を取り戻すことができました」
「封印? いったいどこの誰がそんなことをしたの?」
「……それはおそらく……女神リーザさまです」
「リーザ! 面識があったの?」
「はい。ですが、そのお姿、声……女神リーザさまに関する諸々を、なぜか思い浮かべることができないのです。記憶がその部分だけ抜け落ちてしまっていて……」
「そっか、残念。何でもいいから情報が欲しかったんだけどな。リーザと、その……タイテーニアさんたちはどういう関係だったの? 封印されていたってことは、敵同士だった?」
「いえ、リーザさまとわれらは共に手を携え、≪魔界の神≫グラヴァクと戦った同志。そしてリーザさまは、幻妖界の滅びを救ってくださった恩人でもあるのです。封印はおそらく本体であるユウヤさんが我らの力に耐えられるように、少しずつその成長に応じて解けていくようになっていたのでしょう。事実、あなたのレベルアップに応じて少しずつ私も己の記憶と自我を取り戻すことができました。我らにかけられた封印は、おそらくあなたを守るためののものだったのだと私は考えています」
じゃあ、あの時代劇みたいなテイストにはいったい何の意味があったのだろう。
もしかして、女神リーザの趣味だったのかな。
「恩人ねえ……。俺にはちょっと疑わしく思えるけど。それで、その幻妖界の滅びっていうのは、いったい何があったの?」
「このニーベラントで、かつて栄華を極めた幻妖界は、長きにわたるグラヴァクとの戦いで荒廃し、ゆるやかな滅びに向かっておりました。世界樹やそれを囲む森の木々は枯れ朽ち果てて、咲き乱れていた花々はその色を失っていった。その滅びは、幻妖界を司っていたオヴェロンの死で一層拍車がかかり、進行を一段と早めることになってしまったのです。妖精、幻獣、そして森の民たるエルフなどの様々な種族たち。私を含め、幻妖界に暮らすほとんどの者は、その場所を失っては生きてはいけないと考えていました。人間たちとは友好的関係にありましたが、閉ざされた世界で変化を求めずに穏やかに暮らしてきた我らにとって外の世界は未開で、恐ろしい場所だという観念が拭いきれなかったのです。オヴェロンから幻妖界を託されていた私は苦悩し、そしてリーザさまに救いを求めました」
タイテーニアはその美貌を曇らせ、切々と語った。
憂いのある人妻か……。なんか、いいな……。
「……? ユウヤさん、聞いていますか」
「ああ、ごめん。ちゃんと聞いてたよ。それで?」
「はい。リーザさまは、悩める我らにある提案をしました。それは、魔力からなる永久凍土の下に眠っていたオヴェロンの亡骸に遺された力とその眷属神たる私たち、その他の民のすべての力を結集させ、リーザさまが考案した特殊な時空間に幻妖界をそのまま移設し、温存するという途方もない案だったのです。それはとてもリスクがある計画で、幻妖界に住まう者たちの間でも大きな議論となりました。リーザさまの案に乗り、幻妖界の存続に微かな希望を見出すわれらと、危険を覚悟で外の世界に旅立って行くもの。意見は大きくふたつに割れましたが、このまま確実な滅びを迎えるよりも、女神リーザさまの言う最後の希望に賭けてみたいと私たちはそれを決断しました」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ……、この空間って、もしかして幻妖界なの?」
「そうです。厳密には、幻妖界そのものではないのですが、それをベースにしてつくられた特殊な空間ではあるようです。幻妖界の形成を為していた≪
「それって、もしかして、リーザに騙されてない?えーと、たしか≪
「……確かに受けていた説明とは違う結果になってしまったようですが、こうして悠久の時を経て、死んだはずのわが夫、そして私を信じ、その身を託してくれたや家臣の者たちや多くの幻妖界の民たちと再会できたことは法外の喜び。このようにユウヤさんにも出会えたわけですからね」
はあ……、人が良いというか、なんというか。
結局、ヤバい実験の材料にされたようなものだと思うんだけど、本人たちが納得してるなら、まあいっか。
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