第251話 帰還者が見た現実
どうやらここは俺が通学に使っていた電車がいつも走行していた線路上のようだった。
残念だが、やはり亀倉たちの姿はない。
もうひとり生きてるみたいなことをソラワタリが言っていた気がしたが、俺とは別の場所に行き着いたのだろうか。
この辺りは線路脇にマンションが立ち並ぶベッドタウンで、俺にしてみればただ通り過ぎるだけの街。
ここの最寄り駅には降りた記憶はない。
だが、その風景は目を閉じても浮かぶほどで、伊達に二年半以上往復してはいない。
その見慣れた景色の中で、大きく変貌してしまっている箇所があった。
踏切近くの高層マンションとその周辺の建物が大きく損壊しており、さらにその近辺がなにか大きな火災でもあったかのような焼け焦げた跡が広範囲に見られたのだ。
「なんだ……? なにか、事件でもあったのかな」
いつまでも線路上にいては危ないし、俺はその現場をもっと近くで見ようと、そちらの方に駆けて行った。
「うわ、すごいな……。大事故じゃないか」
なにがどうやったら、こんな状態になるのか。
アスファルトの上には、なにか大きなものが擦ったような跡がいくつもできていて、巨大なジャックナイフで切り裂いたかのような深い傷になっている部分もある。
よく見ると付近の縁石や車止め、生垣なども壊されたままになっていた。
踏切から回り込むようにして、さらにその場所の近くに行って見ると、そこには立派な祭壇のようなものが設けられていて、数えきれないほど多くの献花が為されていた。
その祭壇の前には、かなり高齢の男性と中高年の女性の二人組がいて、手を合わせ、じっと祈りを捧げていた。
「あ、あの……」
声をかけるとその二人はこちらを見たが、急に驚くようなリアクションを取った。
「あなた、その恰好……」
女性が俺の体を指さした。
そっか。異世界風の衣装だから、驚かせてしまったのか。
「ああ、これ、演劇の舞台の衣装で、俺は俳優志望なんです……」
慌てて思いついたウソをつく。
「ああ、そうなの。ずいぶんと凝った衣装なのね。それにあなた、テレビにでも出たことある? どこかで見たことがある気がするけど……」
そんなはずはない。
俳優志望というのは真っ赤な嘘なのだから。
このおばちゃん、調子いいこと言ってんなー。
「それで、何の用なのかしら? あなたも遺族の方?」
遺族?
何のことだろう。
「あ、あの……変なこと聞くようなんですが、ここで何があったんですか?」
「あなた、知らないの? あれだけ、連日大騒ぎして、三か月近くたった今でもまだ時々、関連のニュースとか特集番組やってるわよ」
「……すいません。しばらく海外に留学してて、最近戻って来たんです。地元もこの辺じゃなくて、それでちょっと気になって……」
なんか俺、すらすら嘘が出てくるな……。
「そうだったの。でも、海外でも相当大きなニュースになったと思うんだけど……」
おばちゃんは不思議そうな顔をし、何か考え込むようなポーズを取った。
「……電車の脱線事故があったんだよ」
となりで黙っていたお爺さんがぽつりと言った。
「たくさんの人が亡くなった。乗客の中にガソリンが入ったタンクを持ち込んでいた人がいて、事故の被害がさらに大きくなったんだ。この中にその人の写真はないけど、田中という苗字だったと思う」
お爺さんは、祭壇の向こうに設けられたメッセージボードのようなものを指さした。
そこには、多くの人の顔写真が並べて貼られていて、家族や友人によるものと思われるメッセージが添えられていた。
もし、この写真の人たちが全員亡くなったのだとすれば、それはとんでもない人数だった。たぶん、百人近くはいる。
「……実は、うちの連れがこの事故の発端だったんだ。車で、遮断機を越えて侵入して、電車の進路を塞いでしまったんだが、それが電車二本を巻き込む大事故になってしまった。妻は痴呆が入っていてね。免許を返納させていたのに勝手に車に乗って出てしまった……。私がいけなかったんだ。その事件の朝に、つい、妻に大声で怒鳴ってしまうことがあってね……」
お爺さんはすまなそうに話し、俯いた。
「なんか、つらいことを聞いてしまってごめんなさい」
「いや、いいんだ。君が被害者の遺族の方でなくて良かったよ。私は、ここで毎日祈りを捧げている。妻の過失が発端となって、尊い命を失うことになった多くの犠牲者の冥福を祈り、そしてその罪を懺悔するためにね」
このお爺さんはクリスチャンなのだろうか。
胸に十字架を下げており、それに触れた。
「そして、事件の被害者の皆さんに少しでも直接、謝罪をするのが残り少ない人生の使命だと思っているんだよ」
「ねえ、ちょっと! やっぱり、どこかで見た顔だと思ったんだけど、あなた、この写真の人にそっくりじゃない? 双子の御兄弟とかなんじゃないのかしら……」
おばさんが、メッセージボードの中の写真のうちの一つを指さした。
そう書かれた上の写真は入学式で両親が撮った俺の写真だった。
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