第十章 すべてを救う者
第250話 闇を抜けて
闇を受け入れ、その奈落に落ちた先は、まさに地獄のような過酷な環境だった。
世界滅亡の日のあの最後の瞬間。
俺が生命を維持できなかった宇宙空間のように、空虚で、ものすごく寒い。
さらにこの場所には、不思議な力が作用していて下へ、下へとすべてが引きずり込まれていく。
ひたすら下方に押し流されるような膨大な何かの質量移動の激流に巻き込まれ、俺たちは凄まじい速度で、どこかに運ばれていくこととなった。
先に奈落の穴に落ちていった亀倉たちの姿は一人として見当たらない。
マルフレーサとヒマリはこの場所の環境に適応できなかったのか、俺の腕の中で眠るように死んでいた。
気が付いたときには、口や鼻周りはうっすら凍りつき、全身が石のように固くなっていたのだ。
俺は二人の亡骸と途方もない喪失感を抱きながら、ただひたすら落ちていくのに任せていた。
俺の力では、この激流に抗って移動することができず、身を委ねることしかできなかったのだ。
『驚いたな。生きている奴がもうひとりいるぞ』
脳内に響くような声がして、見るとそこにはヤモリのような細長い体としっぽを持つ
奇妙な何かがいた。
どこが奇妙かというと顔だけが人間のもののような形をしていて、何かに例えるとすると落ち武者ヘアーの女性のような見た目だった。
凄まじい速度で移動している俺に並走するようにして、こっちを見ている。
『うわぁ、おまえ、何なの?』
声を出そうとしたが、声が出ず、なぜか思っていることが音のように発せられたのを感じた。
『意識まであるのか。それに、「おまえ、何なの」ってそれはこっちのセリフだよ。珍妙ななりして、本当におかしなやつだな。人でも神でもない。こんな生き物みたことないよ』
『いや、お前も相当に変だぞ……。自覚してないの?』
『……そうなの? 初めてそんな事言われたから、なんか傷ついたわ。これでもソラワタリっていう神なんだけど……一応』
『ああ、そうなんだ……。なんか、ごめん。俺はユウヤ。ねえ、ソラワタリはこんな場所で何してるの? まさか住んでるとかじゃないよね?』
『こんな何もない場所に住むとかありえないだろ。バカにしてんのか、お前。ここはただの通勤経路だ。グラヴァク様の命で、ニーベラント外の情勢を調べにいったその帰りにお前たちに偶然出くわしたってだけの話だ』
『あのグラヴァクってやつ、そんなことまでやってたんだ。道理で、あんな城の地下でじっとしてるのに事情通だと思ったよ』
『グラヴァク様は、この界隈の
『あっ、ちょっと待ってよ!』
驚いたことにソラワタリはこの激流をものともせずに、するりするりと俺とは逆の方向へと移動していき、そしてすぐに見えなくなった。
くそっ、もっとこの場所のこととか色々知りたかったのに、去られてしまった。
俺は再び静かになった虚無の空間をひとり漂い続けた。
右へ左へ。あるいは、時々、思いもよらない方向へ。
もはやどっちの方向にどのように進んでいるのか、方向感覚は完全に狂わされて、しばらく猛烈な勢いに翻弄された後、急にその流れが緩やかになった。
マルフレーサたちの遺体は大きく破損して、俺が両腕で押さえていた胴体の一部しか残っていない。
頭も手足も捥げて、冷たい石のような塊になってしまった。
俺の≪理力≫が通った衣服や装備品はなんとか無事だったので全裸にならずに済んでいるが、この空間はそもそも生物及びその他の物質が存在し続けるには厳しい環境のようだ。
俺たち以外に何もない。
虚無の海。
遠く向こうの方に黒く長い線のようなものがいくつも見える気がするが、それはたぶん気のせいかもしれない。
目を凝らし、よく見ようとするとそのうち消えてしまうからだ。
砂漠で見る蜃気楼のようなもの。
そう思うことにした。
そうした幻以外は、まるで殺風景な景色を眺めながら、他にやることもないので物思いに耽った。
この流れの行き着く先がどこであるのか。
そして離れ離れになってしまった亀倉たちのことを。
マルフレーサとヒマリがあっという間に死んでしまったことを考えると亀倉たちもおそらく無事ではいないだろう。
あのグラヴァクには、完全にしてやられた。
せめて地球までは無事に帰還させてくれると思っていたのに、まさかこのような目に遭わせてくるなんて……。
「想像だにできぬ最悪の現実の到来」というのは、生きて地球には戻れないということを意味していたのかもしれない。
グラヴァクには最初から、俺たちを無事に地球に戻してやろうなどというつもりは無く、あれほど頼りにしていたコゴロウでさえ、あっさり切り捨てるあたり、人間などおのれの野望を果たすための道具に過ぎないと考えていることが今回明らかになった。
勇者マーティンらの悲劇の黒幕がグラヴァクであったこともわかったし、今後の行動の指針になる情報が多く得られたのも収穫だった。
≪魔界の神≫グラヴァクは、これまで出会った他の神々同様に当てにはできないし、むしろ世界滅亡の元凶の片割れである可能性が濃厚になった。
そう、今回のロードは決して無駄ではなかったと思う。
だが、地球への帰還に期待と希望を膨らませ、もうじき故郷の地を踏めると思っていたであろう彼らの胸の内を想像すると俺はいたたまれない気持ちになり、唇を噛まずにはいられなかった。
「マルフレーサ……。ヒマリ……」
もはや両手の中に残るばかりになってしまった二人の凍り付いた肉体の一部を握り締めてその存在を確認していると、やがて足の向く方向に光が見え始めた。
光は次第に大きくなり、俺たちはそれに吸い込まれていく。
もしかして、出口なのかな。
もうロードしてやり直すのを決めているが、この俺にも多少は望郷の念があったのだろう。
俺は、元にいた世界の景色を思い浮かべ、そこに辿り着けることを強く祈った。
その光から出た先に広がっていたのは、見慣れた景色。
俺は空中に突如投げ出され、重力に逆らうことなく地面に降りた。
はるか先まで続く線路に、住宅街。
紛れもなく、毎日眺めていた、あのつまらない通学途中の風景だった。
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