第249話 闇がすべてを……

床一面を覆う闇は、俺以外の全員を引きずり込もうとしているかのように蠢いている。


いや、俺自身もぬかるみの中にあるように靴底が少し取り込まれつつあって、今ならばまだそこからの脱出は可能だが、長居は禁物といった感じだ。


身体の沈下速度には個人差があって、ケンジとヒマリなどはもう下半身がずっぽり床に埋まっているような感じになっており、今にも呑み込まれてしまいそうだった。

亀倉とサユリはひざ下近辺。マルフレーサとコゴロウは足首ぐらいでとどまっているが、徐々に沈み続けていることには変わりがない。


俺一人なら≪場所セーブ≫で逃げることもできるが、おそらく体の一部を取り込まれてしまった者たちは、身体拘束状態とみなされ一緒に離脱することはできないかもしれない。


「ひぃ、たすけ、あぶっ」


ミノルの声が聞こえて、おでこのあたりが見えたが、一瞬で闇に消えてしまった。


みな、気を強く持て。どうやらこの奈落の闇は、精神的な抵抗レジスト力に影響しているようだ。我らを引きずり込むばかりでなく、心の中にも何らかの作用を及ぼそうとして来ているぞ」


マルフレーサの注意喚起にもかかわらず、もうケンジとヒマリの顔はどこか虚ろであり、姿勢を保っていられないほどに脱力し始めている。


『何を抵抗する必要があるのだ。お前たちは、元の世界に戻りたいのだろう? ≪奈落神の次元回廊アビス・コリドール≫はお前たちの望郷の念を増幅し、その願いを叶えてくれる。さあ、闇に身を委ねろ。皆、我の前から消え失せるのだ!』


竜の石像から≪魔界の神≫グラヴァクの勝ち誇ったような声が響く。


「コゴロウ殿。このままでは危険だ。そのまま、その竜の石像を破壊するのだ」


マルフレーサが竜の石像の首部分を掴んでいる魔王コゴロウに呼びかけた。


『もう遅い。≪奈落神の次元回廊アビス・コリドール≫は私を倒しても、一定時間は残り続ける。もはや止めることはできないぞ。それに、お前たちは地球に帰りたいのだろう? 何を迷うことがある。その次元回廊を抜けた先は、お前たちが望んだ故郷だぞ。さあ、抗う必要はない。行って、どうなるかを確かめてみるのだ。運が良ければ、元の日常を取り戻すことができるかもしれぬぞ。そしてコゴロウよ。お前にはもう一度、チャンスをやろう。≪神魔合一しんまごういつの邪法≫を用い、我とひとつになるならば、これまでの無礼を忘れてやっても良い。それともこのまま、忌々しい地球人と共にこの世界を去るか? その魔物混じりのその体でな……』


「私は、いったいどうすれば……」


ちくしょう。このままだと完全にグラヴァクのペースだ。

あいつを倒してもこの闇の大穴は消えないとか言ってるけど、ハッタリの可能性もある。

まずはあいつを何とかしないと。


俺は、ムソー流杖術の三大秘奥義のひとつ≪荒魂あらみたま≫で、竜の石像の頭部を撃ち抜くことにした。

特殊な螺旋流動をした≪理力≫を極限まで凝集し、飴玉ぐらいの大きさのエネルギー球の中に閉じ込めるとそれを一気に放ったのだ。


高速で射出された≪荒魂あらみたま≫は石像の頭部に命中しそのまま背後の壁を突き破って、数秒後、派手な破壊音を部屋の外で響かせた。


『ぐお、おのれ……ユウヤめ。人でありながら、神を……。この我を……。よくも……。呪ってやるぞ。貴様のことを常しえに、常しえに……』


頭部を失った石像から、赤く揺らめく竜の形をしたエネルギー体が脱け出てきて、苦しそうに揺らめいた。

そして、それも束の間、俺に対する呪いの言葉を残して、雲散霧消した。


石像から抜け出たエネルギー体は小さく弱弱しかったが、見た目はあの世界滅亡の瞬間にみたあの赤い方に酷似していた。


もしかしたら、これで世界の破滅は回避されたか?


ふとそう考えて嬉しくなったが、やはりグラヴァクを倒しても、≪奈落神の次元回廊アビス・コリドール≫の入り口の大穴は消えなかった。


「まってろ、みんな。今引き揚げてやる」


俺はヒマリのもとに駆け寄り、両脇の下に腕を通して、闇から引っ張り出そうとする。


「ユウヤ、ヒマリはそのまま行かせてやってくれないか」


青ざめた顔の亀倉が話しかけてきた。

少しよろめいた感じで、言葉に力が無い。


「いや、だって、このままじゃ……。地球に戻っても銀河連盟とかいう奴らに始末されちゃうんでしょ? 戻ることが目的じゃない。元の日常を取り戻せないなら意味なんかないでしょ」


「それだって、決まったもんじゃないさ。あくまでもそれはグラヴァクの推測であって、実際にそうやって戻った奴は、たぶんいないんだろ。大丈夫。俺がヒマリをちゃんと向こうでも守って、家族のもとに連れてくよ。絶対だ。約束する」


「でも……」


「オレもヒマリも戻りたいんだ。なんとしても……」


どうすればいいのか迷っているうちに、ケンジの姿が完全に見えなくなった。

コゴロウやマルフレーサの体も徐々に沈み込んでいる。


俺の両足も足首が完全に埋まってしまった。


「ユウヤ、ありがとう。お前はどうするかわからないから、ここで礼を言っておく。お前は俺との約束通り、ちゃんと地球に戻れるようにしてくれたよ。ありがとう。もし向こうで会えたら、その時は好きな物奢らせてもらうぞ。焼肉でも、寿司でも何でも言え……。……だめだ。もう抗えなくなってきた。先に行くぞ……」


亀倉は白目を剥き、そしてそのまま奈落の底に引き込まれていった。


コゴロウもマルフレーサも意識が朦朧としており、どんどんその姿が闇の中に沈み続けている。


俺の両足も半ば闇の中だ。


「俺は、どうすればいいんだよ!」


今ならかろうじて、俺だけなら脱出可能だ。

どうする? どうするのが正解だ?


俺はへばりつく蠢く闇の中をヒマリを抱えながら、なんとかマルフレーサのもとまで行く。

そして、マルフレーサをわきに抱くようにして、その見慣れた美しい顔に向かって言った。


「ごめん。巻き込んじゃったね。もし、無事に向こうに辿り着けたら、俺が責任もって守るよ」


マルフレーサもさすがに昏倒しており、返事は無かった。


サユリの姿も探したが、もう先に呑み込まれてしまったようだった。


俺は二人を抱き寄せたまま、少しずつ奈落の働きかけを受け入れることにした。


抵抗を止め、なすがままの運命に委ねることを選んだのだ。


俺も共に行き、俺がみんなを守る。




……闇がすべてを呑み込んでいく。




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