第246話 幻妖神の記憶
話があると言いながら、妖精の爺さんはなかなか口を開こうとはしなかった。
その顔には複雑な感情が入り混じって見えて、いかに説明すべきか迷っているように映る。
しばらく固唾を呑んで見守っていると、やがて意を決したように妖精の爺さんが口を開き始めた。
「どう話せばよいのか、なかなかに難しくてな。うまく言葉にできないのだが、実は吾輩は、吾輩だったが、吾輩ではないかもしれず、さりとてまたそうでないかもしれないとも思っている。いや、やはり吾輩は、吾輩だと思うのだが……」
「……えーと、それはどういう……」
「やはり、そういう反応になると思っていた。だが、他に表現のしようが無いのだ。こうしてお前と話している吾輩の中に、別の何者かの思い出が存在していて、それがまるで自分のことのように思い出されるのだが、それが自分の記憶であるという実感がまるでない。奇妙だろう? 」
「何を言ってるのかはよくわからないけど、奇妙だという部分だけはわかった」
「他人の思い出が自分の記憶の中にある。これはなかなかに難儀でな。しかもその思い出の持ち主は、今の吾輩の顔と瓜二つなのだ。その者の名は、≪幻妖神≫オヴェロン。幻妖界を統べる神にして、王。そのオヴェロンという者の記憶の断片が、お前がレベル100に至ったその瞬間に、吾輩の頭の中に流れ込んできたのだ」
「≪幻妖神≫オヴェロン……。妖精の爺さんは、そのオヴェロンに思い当たる節は無いの?」
「無い。前にも言ったが、吾輩は気が付いたときには、すべての記憶を失った状態でこの
「でもさ、記憶自体が無いんだから、妖精の爺さんがオヴェロン本人ではないっていうのも断言できないよね。実際に、顔は、その……オヴェロンと同じなわけだし」
「まあな。吾輩もその可能性が無いわけではないとも思った。だがな、このオヴェロンは、おそらくもうこの世のものではない。お前がつい先日、話をした相手、≪魔界の神≫グラヴァクによって殺されたのだ!つまり、吾輩の頭の中に入り込んでしまったのは、全く覚えのない他人、しかも死せるものの記憶なのだ」
「ちょ、ちょっと待って。殺されたって、どういうこと?」
「……途切れ途切れの記憶なので、あやふやな部分があるが、≪幻妖神≫オヴェロンと≪魔界の神≫グラヴァクは宿敵同士であった。それに≪人界神≫メテウスが加わり、このニーベラントの世界はかつて三つ巴の様相を呈していたようなのだ。グラヴァクは強大な神で、このニーベラントに住む地上の生き物すべてを根絶やしにして、そこに魔界の生物たちの楽園を築くという野望を掲げていた。魔界は地底の奥深くにあったのだが、グラヴァクはその支配に飽き足らず、地上をもおのが手中に収めようと考え、侵攻を開始したのだ。危機感を共有したオヴェロンとメテウスは手を結び、この侵略に備えようとしたが、メテウスは老いて余命いくばくもない老いた神であったようだ。争いの最中に力尽きてしまうことになるのだが、おのれの死期を悟ったメテウスは、銀河連盟という組織を頼り、人界の行く末を託そうと考えた。そこに現れたのが女神リーザたちであったようだ。女神リーザは外来神たちのリーダーに抜擢され、人界の代表として、再びオヴェロンと共にグラヴァクと戦った。この激しい戦いの末に、無事グラヴァクを退けることに成功したのだが、このあたりでオヴェロンの記憶は終わっている。グラヴァクとの激闘で深手を負ったオヴェロンは、衰弱し、意識が覚束ない状態であったのか、この辺りの記憶はあやふやで思い出せない」
「思いがけず、大事な話を聞けた気がするんだけど、とにかくあのグラヴァクは要注意だってことだね。アイツの目的が地上の生物の絶滅だっていうなら、手を組む話はやっぱり無しだな。もしかしたら、あの魔王だって利用されてるだけかもしれないし、本当に亀倉たちを地球に帰してくれるのかも怪しくなってきた。世界の滅亡についても、直接の原因である可能性がでてきたね」
「吾輩の中にある記憶によれば、グラヴァクは相当に信用がならないやつのようだ。その本性は狡猾で、謀略に秀でており、手段を選ばない。オヴェロンも相当に苦しめられていたようであった」
「……あのさ、女神リーザはどんな感じだったのかな? ゼーフェルト王国の城の地下にある神器で、話した時はまるであてにならない無責任な感じだったけど」
「それは……わからん。オヴェロンの記憶は途切れ途切れだと言っただろう? 不思議なことに、共に行動していたはずなのに、女神リーザの姿や声、如何なる神であったのかは一切思い出せないのだ。まるでその部分だけを切り抜かれでもしたかのように、空白だ」
「そっか、残念。セーブポイントの残り可能日も確認したいし、あんまり長居しても悪いから、最後にもうひとつだけ。天竜山脈にいたマザードラゴンが言ってたんだけど、≪
「その問いについても、吾輩には答えることはできん。オヴェロンが生きていた頃はまだどちらも存在していたようであるからな。お前の言う通り、この空間にお前を留めておくことがそろそろしんどくなってきた。用件があるなら、さっさと済ませてそろそろ帰るがいい。続きはまた今度ということでな」
たくさん思い出しながら話したということもあったのだろう。
たしかに妖精の爺さんの顔にはすこし疲労の色が浮かんでいた。
俺はセーブ可能日の確認を手早く済ませ、
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