第245話 フー・アー・ユー?

この異世界に終わりの日が存在することに気が付いてから、俺なりに精一杯、それを回避しようと努力をしたつもりだ。


だが、皮肉なことに、最も終末の日が遠のいたのは、ムソー流杖術を極めようと山籠もりをして、世間との交わりを断っていたあの展開の時だった。


俺が何か働きかけることで、最後の日が早まってしまう傾向にあるのはもはや確定的で、そのことから何か導き出せる答えはないものだろうか。


俺は、今まで誰に関わり、その結果どうなったのか。

記憶を辿り、一度、その辺りのところを整理してみた。


大神官カルバラン率いるリーザ教団。救世会議に集まってくれた各地の英傑たち。王都の裏社会の人々。バルバロスとその手下になっていたイチロウたち。


頭の中に次々と顔が浮かぶ。


そして、今回のロードでは、パウル四世たち王家の連中と魔王勢力、そして亀倉たち他の地球から連れてこられたメンバー全員とのかかわりを持ってみた。

おそらく、これでゼーフェルト王国周辺の主だった勢力、重要人物にはだいたい出会えたはずで、女神リーザやターニヤなど、このニーベラントというらしいこの異世界の管理に深く関与している神たちとの所縁が強いこの国においてはもはや一通りの情報が得られているはずだ。


この国の外にあるヴァンダン王国などの諸外国に滅亡の原因がある可能性も無いわけではないと思う。


この国を調べつくして、それでもダメなら、そっちの線も当たらなければならないとは思うが、これまで重ねてきた失敗とそれによって得られた情報から俺はやはりこのゼーフェルト王国こそが、すべての元凶であると考えていた。


俺や亀倉たちを地球からこの異世界に呼び寄せた国。

そして、何と言ってもこの異世界の支配神の地位を引き継いだという女神ターニヤの本拠地リーザイアがある。


そう、原因はこの地にあると思う。


だが、これまでの手ごたえで言うと、直接の原因になっているのは人間ではない気がしてきている。


あれだけ派手に城で暴れて、パウル四世たちと敵対しても世界の破滅は起こらなかったし、魔王勢力においても同様だ。


リーザ教団、ゼーフェルト王家、魔王勢力。


これらには、そうした災厄を引き起こすような力は無い。

俺一人に翻弄されてしまう様な人たちにそんな大それたことができるはずはないのだ。


やはり、この異世界を滅亡に導き、そしてこの星そのものを破壊してしまえるのは神々のその手に他ならない。


ターニヤだとか、ペイロンだとか、あるいはカルバランが飼いならしていた神々のような類のものではない。


もっと強大で、圧倒的な力を持つ超越者。


あのせめぎ合う赤と黒の色合いをしていた、ふたつの凄まじいエネルギー体の正体が分かれば、俺にも何か、まだできることがあるかもしれない。


幸いなことに、今回のロードでは魔王城に足を踏み入れることができた。

そこで出会った≪魔界の神≫グラヴァクを宿していた竜の石像は雰囲気がどこか、あの終末の日に現れる赤い竜の形をした方に似ていたのだ。

あれを真っ赤に塗ったら、より雰囲気が近くなる。

そう思った。


だが、グラヴァク自身も言っていた通り、実体を失いかつての力は失われているらしい。

それでも十分にヤバい感じがしたのだが、あの真っ赤な竜の光に何か関係はあると踏んでいる。


俺は、次の最優先調査対象を≪魔界の神≫グラヴァクに定めた。




さて、そうなると俺の方もそれに備えて準備しなければならない。


レベルは100になったけど、まだ≪成長限界≫に達していないなら、それを可能な限りまで上げて、少しでもあの滅亡の瞬間を長く生き残り、観察できる時間を増やしたい。


魔王勢力との交渉決裂の次の日の朝。

記帳所セーブポイントの部屋の異変についても、あれからどうなったのか気になっていたし、セーブ可能日の確認のためにも、俺は、妖精の爺さんに会いに行くことにした。


『≪ぼうけんのしょ≫を使用しますか?』という半透明のメッセージウィンドウを呼び出し、「はい」を選択した。


周りの風景が一変し、気が付くと俺は記帳所セーブポイントの部屋にやって来ていた。


「うわっ、なんだ……これ……」


記帳所セーブポイントの部屋はすっかり様変わりしていて、あの和やかな純和風の大広間の光景は失われていた。


壁や天井の崩壊は進み、それらが剥がれ落ちた部分には何か混沌とした蠢く空間のようなものが顔をのぞかせていて、見るからに不気味だ。


異常があったのは室内の様子だけではない。


亀裂のような光るひび割れが起きている畳の上には見知らぬ初老の外国人男性が立っていて、妖精の爺さんや婆さん、そして家来の方々の姿はどこにも見えなくなっていた。


その初老の男性は、まるで王侯貴族が身に着けるような気品ある金色こんじきのローブの下に、煌びやかな甲冑を着こみ、手には宝石類で飾られた見事な王笏おうしゃくが握られていた。

皺が刻み込まれた額には、太陽と月をあしらったサークレットを身に着けており、その整えられた長い髭と貫禄ある風貌は、まさにただ者ではない感じで、あのパウル四世などよりもよほど、貫録ある王様をイメージさせる。


背も俺より高いし、どう見ても小柄だった妖精の爺さんではない。


「あの……。フ、フ、フー・アー・ユー? ドゥー・ユー・アンダースタンド・ジャパニーズ? オー・ケー?」


何を言ってるんだ、俺は。

この異世界に来てからはなぜか自然に異世界語を話してたはずなのに、パニックってジャパニーズなんて聞いてしまった。

しかも、なんで拙いカタカナ英語なんだ。


「ユウヤ、何を意味不明なことを言っておる? 吾輩がわからぬのか」


以前よりも張りがある声になっていたが、どことなく妖精の爺さんと似た声だ。


「えっ、まさか……妖精の爺さんなの?」


「そうだ。まあ、この見た目ではわからんのも無理はないか。吾輩自身も戸惑っておる。鏡を見ても、自分の顔ではない気がして落ち着かん」


「いや、驚いたってレベルじゃないよ。全くの別人じゃん」


「うむ。あれからひび割れていた全身の表面が、剥がれ落ちてな。気が付いたらこの見た目になっていた。だが、まだ変化は途中であるようでな。ほれ、見ろ。背中のところがまだひび割れておる」


「ホントだ。これって痛くないの?」


「痛くはない。だが、妙な感じだ。それに全身にかつてないほどの力が漲っており、体調は過去最高に良い感じだ」


「そうなんだ。まあ、すごく若々しくなったというか。背まで伸びちゃって、こうして話をしていても、まだ妖精の爺さんなんだって信じられないよ。それで、他の人たちはどうしたの?」


「ああ、まだ吾輩のように変化しきれてないらしくてな。別に具合が悪いとかではないのだが、見た目が見苦しいので下がらせておるのだ。さっきも言ったが、吾輩は絶好調でな。あの者たちが担っていた仕事を一人でこなしてもまだ、だいぶ余裕があるのだ」


「そっか。それで、だいぶ落ち着いたように見えるけど、もう頭の整理はついた? 話しても大丈夫そう?」


「ああ。あの時は取り乱してすまなかったな。吾輩の方からも話がある」


妖精の爺さんは、改めて真顔になり、その深みがかったエメラルドグリーンの瞳で俺の目をじっと見つめてきた。


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セーブポインター 何も起こらない物語 無能認定されて追放された勇者は異世界を往く 高村 樹 @lynx3novel

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