第243話 魔界神の目的

「≪魔界の神≫であられるグラヴァク様に対して、その態度は何だ。控えぬかっ!」


陸奥小五郎むつこごろうがすごい剣幕で俺に注意してきた。


『構わぬ。コゴロウよ、力ある者が尊大な態度をとるのは決して悪いことではない。このユウヤには事実、我の前でそうした振る舞いをするだけの力がある』


「し、しかし……」


『その者は、お前たちと同じ異世界勇者であるということだが、我の目からするとまったくの別物のように映る。そう、この我をしても得体の知れぬ存在であるようだ。生物の、人間の見た目をした肉体を備えてはいるものの、その本質は我ら神により近いように思える。人でも、神でもない。全く新しい異様なる存在。ユウヤよ、お前は何者だ』


何者と言われても、そんなのは俺にもわからない。


俺と亀倉たちがどう違うのかもいまいちピンと来てないし、敢えて言うならセーブポインターだとしか言えない。


言わないけど。


「そんなの俺にもわからないよ。俺が聞きたいくらいだし」


『……まあ、い。今は、お前の正体についてはさて置くとして、いずれにせよ、この状況は我にとっては千載一遇の好機なのは間違いない。お前たち異世界勇者の力を借りれば、我の計画も一気に進もうというもの。願いを叶えるその引き換えとして、こちらにも協力してもらうぞ』


「ちょっと待ってよ。まだ、協力するなんて一言も言ってない。「宇宙の≪真なる自由≫を取り戻す」だっけ。そんな途方もないスケールの話に付き合ってたら、どう考えても寿命が先に来ちゃいそうな感じだよね?」


『話は最後まで聞くものだ。何も我は、お前たちに最後まで付き合えなどとは言っていない。そうだな……。では、こうしてはどうだ。ゼーフェルト王国を征服し、その支配を完遂させるまでお前たちには協力してもらう。そして、それが成った暁には、少々準備に時間がかかるが、できるだけ早期に全員を地球に帰してやろうではないか。これならば、お前たちの力をもってすれば、そう何年もかかるまい』


「ゼーフェルトを征服? ……わからないな。なんで、それが「宇宙の≪真なる自由≫を取り戻す」ことに繋がるわけ? 」


『それは地球に戻っていくお前たちにとっては、知る必要のないことであろう。要は、互いの目的が達せられればそれで良い。違うか?』


どうにも腑に落ちない。


たしか、グラヴァクは、地球への帰還にはその銀河連盟とかいう宇宙を取り仕切っている神様たちの管理体制を乱す必要があるみたいなことを言っていた気がするが、この惑星の、しかも大国とはいえ数多くある国々のうちのひとつが滅びただけでそんな事態になど結びつくものだろうか。


それに何より、ゼーフェルト王国全体を征服するということは、パウル四世などのあの城の連中だけでなく、そこに暮らす人々にもその危害が及ぶということだ。

アレサンドラやヴィレミーナ、それにこれまで関わってきた多くの他の人たちの顔が次々浮かぶ。


しかも、ゼーフェルト王国だけで満足するかどうかも保証の限りではないし、こんな提案はどう考えても受け入れがたいと俺は思った。


何より、自分たちが地球に帰るために、無関係の罪なき人々を悲惨な目に遭わせることなどできるはずがない。


「……俺はやるぞ。グラヴァク様に協力して、そして必ず地球に戻る」


俺が口を開きかけたその時、亀倉が突然立上り、俺の方を向いて自分の意見を言い放った。


「わ、私も! 人と戦ったりは無理かもしれないけど、やれることを精いっぱいやります」


そして、ヒマリがそれに続き、他のメンバーはまだどうすべきか決めあぐねている表情だった。

だが、場の雰囲気は先に意見を言った二人に同調しそうな流れではある。


「ちょっと、待ってよ。それって戦争に加担するってことなんだよ。何の関係もない人々がたくさん死ぬし、みんなは本当にそれでいいの?」


「正直、俺だって戦争の真似事なんかやりたくねえ。だが、それしか帰る方法が無いなら仕方ないだろう。できるだけ、速やかにあの城を落とし、他の連中には降伏を勧める。そうすれば被害は最小限で済むはずだ。それに、こっちはあくまでも被害者だ。あの国の連中の都合で、無理矢理連れてこられて、人生を滅茶苦茶にされかかっているんだ。手段は選んではいられない」


亀倉の目は本気だった。


セーブポインターの力で何年もここで生活してきた俺と違って、地球から連れてこられた他の人たちは、この異世界の人々とはほとんど関わりが無い。

それに人を殺した経験が無いから、たぶんリアルな戦争のイメージがわかないでいるんだ。


人を殺してしまうっていうのは、そんなに生易しいものじゃない。

しかも戦争となれば、想像もできないくらいたくさんの人が死ぬ。


『ユウヤよ。そこの亀倉の言う通り。何もお前たちに住民たちを虐殺せよと言うておるわけではないぞ。お前たちに頼みたいのは、あくまでもゼーフェルト王国側の強者つわものども、そして廃都リーザイアの地下深部にいる守護者たちの相手だ。あとのことは、魔物たちにやらせるので、お前たちの手を汚させるようなことはさせない。約束しよう』


「リーザイア……? あの廃墟しかない場所ですか? 」


ヒマリが疑問を口にする。

ヒマリたちも数日だが、あの場所でレベル上げをし、そこがどんな場所であるのか実際にその目で見ている。


そして、そのやり取りの裏で、なんでいきなりリーザイアの名が出てきたのか、俺は驚き、そして戸惑っていた。


『リーザイアの掌握こそが我が大計の成就に欠かせない大事な要素であるのだ。ゼーフェルト王国の滅亡は、そこに控えるコゴロウの悲願であるし、その過程としては避けて通れぬものであるのだが、我の目的はそこにはない。リーザイア地下深部にあるという神殿には、あの女神リーザの遺した数々の神器があり、お前たちの望みを叶えるのに必要な惑星間を結ぶ≪ゲート≫の一つがそこにある。さらには、そこに女神リーザの後継者である何者かが潜んでいることも、我が眷属たちの調べで明らかになっているのだ。その後継者たる神は、我とコゴロウで始末する故、そこにいたるまでの露払いをお前たちには頼みたい。我はこのように実体を持たぬ有様であるため、その力を奮うのに色々と面倒な制約がある。お前たち、……とりわけ超越した力を持つユウヤの協力が欠かせぬと考えている。どうか、我の申し出を受け入れて欲しい。これはすべて、互いのためだ』


「……悪いけど、俺はあんたたちの企みには協力できないよ」


「ユウヤ! なんでだ? 一緒に地球に戻るって言ってたじゃないか」


亀倉が俺の両肩を掴み、揺すってきた。


俺はその手をはねのけ、≪魔界の神≫グラヴァクが宿る竜の石像に向き直った。


「どんな理由とか、目的があるとしても戦争の手助けなんか、俺はやらない。もし、お前たちがゼーフェルトに攻めてくるっていうなら、全力でそれを阻止する。俺の大事な人たちを一人だって殺させやしない」


「おのれ……、やはりお前は殺しておくのであったわ」


陸奥小五郎が竜の石像を庇うように俺の前に立ちふさがり、そして戦いの構えを取った。


「悪いけど、ここでお前と全力で戦ったら、みんなを巻き込んでしまう。一旦退くけど、そんな馬鹿な計画は考え直した方がいいよ。俺が存在している限り、失敗する。いや、俺が絶対に阻止してみせる」


「愚か者め! ここから逃がすと思ったのか!喰らえ……」


陸奥小五郎が竜の顔に再びなり、大口を開けようとしたが、そこにもう俺の姿は無かった。



俺は、≪場所セーブ≫を使い、≪おもいでのばしょ2≫のハーフェンに瞬間移動したのだった。

仲間として一緒に連れてきたのはウォラ・ギネだけ。

マルフレーサには、なぜか移動を拒絶されてしまったようだ。


≪場所セーブ≫は、視界内にいる俺が仲間だと認識している対象を強制的に連れてくることが可能なのだと理解していたが、どうやらその相手がそれを望んでいない場合には効果を及ぼすことができないらしい。


これは、マルフレーサ自身が俺とではなく、グラヴァクや陸奥小五郎、そして亀倉たちとの行動を望んだということなのか。


「マルフレーサ、どうして……」


日が傾き始めていたハーフェンの輝く穏やかな海を眺めながら、俺は力なく呟いた。

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