第241話 勝負の行方

「おのれぇ、調子に乗るなよ!」


魔竜人と化した魔王の金色の両目が理性の色を失い、代わりに強烈な敵意と憤怒が浮かんできたかのように見えた。


魔王は、怒りに任せてその太くなった両腕を振り回し、鋭い爪で俺を引き裂こうとする。

だが、それは虚しく空を裂き、俺にかすりさえしなかった。


技術の伴わない筋力任せの単調な攻撃。


やはり魔王は、こと戦闘に関しては完全に素人だ。


回避不可能な速さ、そしてすべてを破壊する怪力。


圧倒的な能力値の高さゆえに、おそらく自分以下の能力である者に対しては、無類の強さを発揮することだろう。


だが、俺に対しては通用しない。

なぜなら、俺の方がさらに速くて、強いから。


もはやムソー流杖術を使うまでもなく、ベースの身体能力だけでも魔王をあしらうのは容易たやすかった。


そう、俺は自分が思っていた以上に強くなりすぎてしまっていたのである。


しかも今の俺に力の過信による油断は無い。


ムソー流を通じて学んだ「残心」の心構えがあるからだ。


まだ何かしてくる。

そう思って間違いない。


「はあ、はあ……。おのれ……」


汗ひとつ掻いていない俺に比べて、魔王の方は相当に苦しそうだった。

空振りの連続で息も絶え絶えの状態になり、足がもつれそうになっている。


やはり、以前予想した通り、魔王のこの変身により得られた力は、何か制限付きの力であるようだった。

消耗が激しく、魔竜人化を維持できなくなって、もとの人間の姿に戻ってしまった。


そして両膝をつき、うなだれたような姿勢のまま、荒い息を整えることもできずにいる。

その姿は、もはや魔王の威厳も余裕も感じられない。

ただの小さな一人の人間のものだった。


衣服が破れて、痩せた裸の状態なので余計に弱弱しく見える。


だが、俺を見上げたその両目には悲壮なまでの決意のようなものがまだ残っていた。



「まだだ。まだ勝負はついていないぞ。私は、決して倒れるわけにはいかない。いかんのだ!」


魔王はよろめきながらも立ち上がり、そして吠えた。


「……かくなる上は、奥の手を使うしかない。この身を犠牲にしても、このカルヴォラを、国の民を守らねば……」


奥の手?

やはり、まだ何かあるのか。


だが、身を犠牲にするなんて聞くと黙ってはいられない。


別に魔王を倒しに来たわけではないのだ。


「ちょっと、待てよ。一方的に喧嘩しかけてきたのはそっちでしょ。俺はこの国の人たちをどうこうする気はないし、それにあんたには、お願いがあって来たんだ。頼むから、落ち着いてくれよ」


「……願いごとだと?」


「そうだよ。だから、あんたに死なれちゃ困る。俺たちは元の世界に戻りたいだけなんだ。あんたは知ってるんだろ? 元の世界に帰る方法を」


「なぜ、私が知っているなどと思うのだ。おかしいであろう。元の世界に戻れるなら、とっくに戻っておるとは考えなかったのか?」


「信じてもらえないと思うけど、俺は未来と過去を何度も行き来している。別の未来で会ったあんたは、「帰る方法がある」って俺に確かに言ったんだ。女神リーザと同等、いや、それ以上の神でなければそれを成し得ないとも。あんたはそういう神となにかツテがあるんだろ?」


内容に驚いたのか、魔王は呆気にとられた様子で俺を黙って見つめている。



『……コゴロウよ。その者の申す通りだ。少し、落ち着くがよい』


突然、魔王城の方から、ただならぬ気配が生じて、重々しい声が、静まり返った辺りに響き渡った。

ただそれは、男か女か、あるいは老いているのか若いのかさえ判別しがたい不思議な感じのする声だった。


魔王はその声に慌てふためき、狼狽えたような様子を見せた。

そして、城に向かって跪き、その顔を上げた。


「グラヴァク様……。なにゆえにお出ましになられたのですか。 私には任せられぬと?」


『そうではない。お前をむざむざ失うのを避けるためだ』


「私が、この者に負けると仰せですか」


『それは何を持って敗北とするかによる。仮にその者を殺せたとて、忠実なるしもべであるお前を失うことは、実体を失った我にとっては負けに等しい。それに、お前は今、冷静さを欠いておる。お前の身に宿る魔竜が本能的にいだいた、そのユウヤという少年に対する恐怖が精神と思考に悪影響を及ぼしているのだ』


「しかし、このような者の存在を許せば、必ずや後々の禍根かこんとなりましょう。あなた様から力を授かった私を超えるような存在などあってはならないはずです!」


『控えよ!』


グラヴァクという名らしい神の語気が強くなり、辺りの空気が激しく震えた。

その様子に、魔王は肩を思わずすくめ、口をつぐむ。


『……思い違いをするではないぞ。その命はもはやお前ひとりのものではない。それを忘れるなと言っておるのだ』


「……私の誤りでございました。どうかお許しを」


魔王は、さらに頭を下げ、両手で這いつくばるような形を取った。


『分かればよい。おぬしを頼りにしてのことなのだ。そして……、ユウヤとやら。お前も危うく命を失うところであったことを肝に命じねばならん。このコゴロウは、自らの命と引き換えに、お前を殺すつもりであったのだ。その結果は誰にとっても望ましいものではあるまい』


「まあ、何をしようとしてたのかは、ちょっと見て見たかった気もするけど、目的は他にあるからね。そっちがかかって来ないなら、俺の方から手を出すことはしませんよ。約束します」


『それでよい。賢明な者は、嫌いではないぞ。それで……、我に願うことが、何かあるそうはないか』


「はい。俺と別の場所で待機している他の人たちは地球という場所から、この異世界に連れてこられて困ってるんですが、どうにか帰りたいと考えています。あなたのお力で、俺たちを地球に帰してはいただけないでしょうか」


俺、敬語苦手だけど、こんな感じで失礼は無いかな……。


『……なるほど。お前はそこのコゴロウと同じ身の上というわけだな。いいだろう。話だけならば聞いてやっても良い。コゴロウよ、その者らを我のもとに連れてくるのだ。直にこの目で確かめたい』


「お、御前おんまえにでございますか?」


『そうだ。我も、何度も煩わしい思いはしたくない。他にも地球への帰還を希望する者がいるということならば、まとめて連れてくるが良い』


良かった。

なんか、話が分かりそうな神さまじゃないか。


魔王に加担している神だから、一筋縄ではいかなそうだと心配してたけど、ひょっとしたら、これまで話をした神さまの中で一番まともそうかもしれない。



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