第240話 魔竜の血と本能

なんか、思ってたのと違っていた。


魔王領はのどかな田舎の風景といった感じだったし、この都も人間と魔人が仲良く暮らす普通に平和な街だ。


ゼーフェルト王国では、魔人は人類の敵であり、その脅威から魔物以上の恐怖の対象となっていたから、よもや共存可能なものとなのだとは思っていなかった。


蛸魔人ピスコーなどは年端も行かぬ少年を捕食したような形跡があったし、魔幻将ネヴェロスとかいうエロいおみ足のお姉さんの基地でも、人間は改造され傀儡くぐつのようにされてしまっていた。


魔人はすべての人間を憎んでいるのだと思ったが、そうではないことをこの街の存在が示していた。



≪魔騎将≫アルメルスに案内され、魔王城に向かう道すがら、通りの様子を眺めているが、雑然としているが活気があり、良い街だ。


ただ、成り行きを遠巻きに見守っている往来の人々が俺を見る目は、一様によそ者に対する嫌悪と不安が入り混じったものだ。

アウェー感が半端じゃない。


そうこうしていると、あっという間に魔王城の門前に来た。


城を囲む城壁は、かつてのいくさの名残なのか、なかば崩れていて、復旧などもなされないでいる。


≪魔騎将≫アルメルスは特に時間稼ぎなどしていた様子はなく、真っ直ぐこの場所に向かってきていたはずなのだが、門の前には、もうすでに魔王の姿があった。


その辺の往来にいる庶民と変わらぬ格好で、風貌も、本当にどこにでもいる普通のおじさんという感じだ。

強いて言うなら、その眼差しと整えられた口髭が、どこか知的で品がある雰囲気を漂わせている。


表情を見ると固く、俺に対する強い警戒心が滲み出ている。


「魔王、自らお出迎えしてくれるなんて驚きだな。魔王って、玉座に座って堂々と待ち構えているイメージなんだけど、相変わらずフットワークが軽いなあ」


ここで待っているということは、城の中には入れたくないという意思があると思うのは、勘繰りすぎというものであろうか。


前もヴァンダン王国との密約のために自ら場所を指定して、そこに足を運んできたし、どうみても俺を歓迎しているという雰囲気ではない。

別の展開で初めて会った時の様な余裕のようなものは、今は感じられない。


「よく初対面で私が魔王とわかったね。それに、相変わらずとはいったいどういうことなのかな?」


「会うのは初めてじゃないからね。陸奥小五郎むつこごろう。それがあなたの本名でしょ?」


「……」


一触即発の気配。

魔王の全身からただならぬ気配が一瞬漂い、周囲にいた人間や魔人たちが慌ててこの場を去り始めた。

≪魔騎将≫アルメルスも俺から距離を取るようにして、魔王の背後の方へと移動した。


「あっ、警戒するようなことを言ってごめんなさい。今の無し無し。俺の名前はユウヤって言います。あなたと同じ、地球から無理やり召喚されてきた人間です」


ヤバい。

喧嘩売りに来たわけじゃないんだから、一応、敬語使っておこう。

このぐらいの年代の人はそういうことにうるさいから。


「……ゼーフェルトで異世界人召喚の儀式が行われた事実は把握している。そのあと、その者たちが脱走したという事件についてもな。なるほど、その見た目からしても、確かに日本人のようだ」


「そちらの鎧のお兄さんにも言ったけど、俺はあなた方に危害を加えるつもりは無いです。ちょっと小競り合いになったけど、それは向こうから襲い掛かって来たからで……そう、正当防衛ってやつでした。ねえ、そうだったよね。そして、こうしていきなり来ちゃったのも礼儀には欠けるかなって思ったけど、俺たちはお尋ね者の身だったから、余裕が無かったわけで、とにかく敵対する意思が無かったことだけはわかってほしいです」


「事情はわかった。他の者はどうした? お前ひとりでやって来たわけではあるまい」


「他の人たちはある場所で待機してもらってます。安全を確認できた上で、こっちに連れてくるつもりだった。いや、でした」


砦跡には、念のために≪聖結界パワーバリアーを張って来たから、おそらく気配などは探知しにくかったのだろう。

すっとぼけている可能性もあるが、魔王は仲間の居場所についてはまだ掴んでいないようだ。


「……連れてこられても困るがな」


「なんで? 」


あっ、素が出ちゃった。

別の展開の時には、亀倉や俺を味方にしたがってた感じだったから、これは意外だったのだ。情報不足で疑心暗鬼になってるのかな。


「なんでだと? 同じ地球からやってきたとはいえ、どうして見ず知らずのお前たちを私が信用すると思うのだ。お前たちがゼーフェルトの息がかかった者でないという確証は未だない。一連の離叛行動自体が、狡猾なパウル四世の姦計かんけいでないともいいきれないのだ。それに、なにより私の中を流れる魔竜の血と本能が、告げているのだ。お前を危険だとな!」


芸が無いな。

また、不意打ちか。


俺も正直、お前のことは信用しきってないよ。

みんなを置いてきて本当によかった。


魔王の姿が見る見るうちに、魔竜人のものとなり、その口からはかつての俺を殺した魔王の黒炎ダーク・フレイムがまるで火炎放射のように一直線に飛んできた。


濃く、暗い、闇の塊のような炎。


これをいきなり使うってことは俺を殺すことに躊躇ためらいは無いってことだ。


魔界の神の力が宿っているというこの黒炎の恐ろしさは身をもって知っている。

あの当時はたしかレベル40台の半ばくらいだったと思うけど、本当にひどい目に遭った。

今はレベル100になり見違えるように強くなったはずなので、くらっても耐えられるかもしれないと思ったが、試してみる勇気はなかった。

念には念を入れて、回避を選択した。


あの時は、人質がいた上に瀕死のマルフレーサを一刻も早く回復しなければならない状況だったのであえて防御を選択したが、今回はその必要はない。


躱せるものは躱す。


生き物のような炎の動きをじっくり観察してから動き出し、そして魔王の背後に回る。


「き、消えた……」


魔王の口から驚きの声が漏れ、左右を見渡す仕草から完全に俺の位置を見失っていることがわかる。


「ここだよ」


背後からの俺の声に、魔王は慌てて尻尾による攻撃を行ってくる。


遅い。

いや、遅くはない。


俺の知覚があまりにも相手を凌駕しすぎているのだ。


そして、相手の攻撃をしっかり確認してから動き出しても余裕で避けれる身体能力。


俺は魔王の尾撃を跳躍で躱し、お返しとばかりに≪理力りりょく≫がこもった≪世界樹の長杖≫で竜顔になった横っ面を軽くやった。


魔王の体は勢いよく吹き飛んだが、加減してあげたこともあって、なんとか空中で持ちこたえ、辛うじて片膝をついての着地に留まった。


「へえ、やっぱり今ぐらいの打撃じゃ、死なないんだ。さすがだね」


俺はもうかつてのユウヤではない。

手も足も出ずに焼き殺されたあの頃のユウヤではないのだ。


人間の限界であるはずの99を超え、レベル100にまで至ったこの俺は、間違いなく魔王よりも強くなっている。

俺はそのことを強く確信した。

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