第239話 魔都カルヴォラ
魔王城は、砦の廃墟があった場所から山をふたつ、みっつ越えた先だ。
そこは旧ゴーダ王国の都だった場所で、マルフレーサたちも一度も足を踏み入れたことはないらしい。
その都は険しい山々に囲まれた盆地に築かれており、魔王領と呼ばれるようになる以前は、北の要衝としてそれなりに発展した都市であったのだそうだが、今やその実態は謎に包まれてしまっている。
以前、俺が東のヴァンダン王国側から魔王領に侵入した時も魔王城には到達できていない。
魔王自らがわざわざやってきて、その機会を奪われた形だった。
木々のまばらな箇所をできるだけ通り、上り下りを繰り返しながらあっという間に
一番奥の山の頂に立つと眼下に広がっていたのは、古さと新しさが混在した都の景色だった。
都市の中心には朽ちた古城があり、あれがおそらく、話に聞いた魔王城だろう。
塔や外壁など、ところどころが崩れ、ゼーフェルト王国の立派なお城と比べると、なんとも見すぼらしい。
よく見ると城の周りの区画にはいくつもの炊煙が上がっていて、その辺りには新しい建造物がいくつも建っていた。
何か工事の様なものもあちこちで行われていて、目を凝らすと、ここからでも動く人影らしきものも見えないではない。
都市の外側部分は廃墟のまま、城のまわりの中央部には新たな街ができている。
そんな感じだった。
ここに来るまでの間にたくさんの魔物の気配があったが俺の動きについてこれるはずもなく、その姿を幾度も見かけたが、俺は無駄な殺生を避けるためにそれらは無視してきた。
だが、引き離されつつも追い縋ろうとし、あとを慌てて尾行してくる気配がいくつかあった。
「待て!……待つのだ」
山の頂から絶景を眺めていると、そこに息も絶え絶えな状態で背後から声をかけてきた者がいた。
振り返って見ると、そこには背に翼を生やした鳥のような顔の魔人がいて、膝に手をつき、肩で息をしている。
この見た目には覚えがあり、たぶん以前、別の展開でマリーを人質に取ったあの魔人だ。
「へえ、軽く流してたんだけど、よく追いついて来たね。名前は?」
「はあはあ、ゲホッ、ゲホッ、ワレは、ゲホッ……おえっ」
どうやら相当に無理してきたのか、会話が困難な状態のようだ。
「まあ、いいや。俺はもう行くよ」
俺は鳥顔の魔人を置き去りにして、一気に魔王城のある方向に向かって山肌を駆け下りた。
背後で何か聞こえたけど、用事があったら、また追ってくるだろう。
俺が用があるのはあくまでも魔王だ。部下に用はない。
都市を囲むボロい城壁を飛び越えて、一気に都市の内部に侵入する。
「ここが魔王が治める都……?」
そこで目にしたのは、おそらく誰にとっても信じられないような光景だった。
普通の人間と、多種多様な
たくさんの屋台が立ち並び、往来は賑わっていて、さすがに魔物の姿は無いが、人間と魔人が混じって談笑してたりする。
そうした彼らの日常にとって、俺の存在は異物のようなものだったのだろう。
俺の姿を見た人々が怯えたような顔になり、
「お、お前。どこから来たんだ?」
「こいつ、見ない顔だぞ。よそ者だ。このカルヴォラの人間じゃねえ」
「
にわかに遠巻きに人だかりができて、騒ぎとなった。
「あ、いや。魔王に用事があるだけで、危害は加えないよ。敵じゃない。本当だよ」
「こいつ!武器を持ってやがるぞ。取り押さえて、魔将様たちに引き渡すんだ」
一番近くにいた半透明のプルプルした顔の魔人が俺に殴りかかってきた。
よくよく見てみると衣服からでた手や首筋などの部分も同様に半透明で柔らかそうだった。
なるほど、ひょっとしたらこいつはスライムの魔人なのかな?
動きは遅く、たぶん戦闘に関しては素人だ。
魔王である
たしか、他国からの侵攻で命を落としそうだった者たちを、魔人にすることで命を救ったと語っていたが、それが本当であるならば、このスライム魔人や周りにいる他の魔人は、もともとはゴーダ王国の人間だったということになる。
虫魔人ライドと蛸魔人ピスコーは、個人的な理由でどうしても排除しておかなければならなかったが、この魔王領で平和に暮らしている魔人まで殺すつもりはない。
俺はスライム魔人の攻撃を躱しつつ、戦闘に参加してきた他の魔人たちの攻撃も躱しながら、打ち据えるなどして無力化させる。
ムソー流杖術の真髄は、あくまでも相手を殺さぬように制圧すること。
瞬く間に、俺の周囲の地面には、大勢の魔人たちが呻き声をあげながら転がることになる。
意外と最後まで食い下がって来てたのは杖による打撃と相性のいいスライム男だったが、不定形の軟体モンスター用の技のひとつである≪
ちょっと力を入れて殴りつけるだけで簡単に飛散しそうなボディだったので、他の魔人たち以上に殺してしまわないように本当に気を使った。
「こ、こいつ……強い。駄目だ。指一本触れることができない。……人間たちは避難。あと、魔将様たちを呼んできてくれ!」
「その必要はない!俺に任せろ」
人間たちをかき分けて、誰かがやって来た。
俺をはるか下に見下ろすような大男で、肩幅は広く、逞しく鍛えられた肉体は見た目だけは強そうだ。
鬼のような形相で俺を睨みつけている。
「あ~、駄目だ。どんどん騒ぎが大きくなってきちゃったよ」
本当は魔王ってどんな人なのか。
食堂か酒場でご飯でも食べながら、ここで暮らしている人たちに色々と尋ねたりしてみたかったんだけど、もうすっかりそんなことを訊ける雰囲気ではない。
俺を見る住民たちの目には、恐怖と敵意が
「貴様、いったい何者だ? このカルヴォラの都に何の用で訪れたのだ」
「驚かせて悪かったけど、本当に敵じゃないんだ。俺は、ユウヤ。おたくらのボスの魔王に話があって来たんだけど、ここの人たち、血の気が多いね。問答無用でかかって来るから、相手するしかなかったんだけど、一人も殺してないよ。ほら、みんな無事でしょ?」
「ユウヤ……。聞かぬ名だ。そこそこやるようだが、この俺に出会ってしまったことが運のツキだ。俺は≪魔獣将≫ゲルロフ。魔王様を支える六魔将がうちの一人。偉大なる魔王様に会わせろなどという輩はこのゲルロフの鉄爪の餌食にしてくれよう」
ゲルロフは、地べたに這いつくばっている魔人たちを眺めつつそう言うと、突然、その姿を異様な獣人のものに変化させていく。
全身が毛に覆われ、体も心なしか一回り大きくなったように見える。
顔つきは人間のそれから黒い獅子を思わせるものに変わり、その二本の足で立つ姿はまさしく野獣といった感じだ。
「そこそこやる……ね。俺を前にしてその感想を口にするってことはたぶんお前は強くないね。悪いことは言わないから、魔王を早く連れてきてよ。痛い目を見たくはないでしょ」
「馬鹿め。それは俺のセリフだ。人間の姿と魔人の姿を自在に変えることができる強力な≪魔人≫を≪魔将≫と呼んで区別するが、俺はその中でも選りすぐりの六人、六魔将なるぞ。俺を愚弄した罪、その身に刻み込んでくれる」
ゲルロフは、なにかカンフーの様な構えをすると真っ直ぐ俺に突進し、攻撃を繰り出してきた。
飛び前蹴りから、着地後。素早い手刀突き。
それを躱されてからの突きのラッシュ。そして、獰猛な
なるほど、同じ格闘技系で言うと別の展開で戦った
獣特有のしなやかで、瞬発力ある動きが、その独特のリズムも相まって、ちょっと調子が狂う。
俺は長杖を持ってない方の左手で、それらの攻撃を捌き、噛みつき攻撃に合わせて、拳をゲルロフの右頬を殴りつける。
思いっきり手加減して。
「グガァ……」
ゲルロフは、白目をむいて地面に倒れたが、どうやら戦いはまだ終わっていないようだった。
俺は戦闘の最中に、別の方向からここに急迫してくるふたつの気配と≪理力≫を感じ取っていて、その一つが上空から急降下してきた。
俺はウォラ・ギネから預かった≪世界樹の長杖≫をくるりと片手で旋回させた後、それを上空に突き出し、迎撃した。
別にムソー流の技じゃない。
長杖に≪理力≫を行き渡らせて、そこに杖先を置くだけ。
空から降ってきた何者かはそれを避けきれず、右肩をつかれ、バランスを崩してきりもみ状に墜落する。
どうやらさっきの鳥頭の魔人だった様だ。
「あんたはどうする? やるの?」
もう一人駆けつけてきたのは、全身を禍々しい感じのする鎧に身を包んだすらりとした長身の男だった。
頭部全体を覆うような兜の下の顔は闇で覆われていて、その覗き穴部分からさえ何も伺い知ることはできない。
ただぼんやりと光る眼のようなものがあるばかりだ。
「やめておこう。今のグイードとゲルロフに対する動きを見れば、我らの及ぶところではないことは一目瞭然だった。我は、≪魔騎将≫アルメルス。そこの≪魔翼将≫グイードと≪魔獣将≫ゲルロフとは、同じ六魔将にその名を連ねし者。私としては話し合いによる解決を願いたい。そして、まずはどうか、この者たちがした無礼をお許しいただきたい」
「話し合い。いいね。そもそも最初からそのつもりで来たんだよ。でも、俺が話したいのは魔王本人だ。会って、直にお願いしたいことがあるんだ」
「魔王様に願い事?」
「そう。だから、大人しく案内してくれないかな。そうしたら、決して暴れたりしない。約束するよ」
≪魔騎将≫アルメルスは、しばし沈黙し、そして「わかった」と短く答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます