第236話 RPGの基本

再ロードから23日後。


相変わらず世界の滅亡は訪れていない。


国王の捜索の手がハーフェンの潜伏先に及びそうになったので、各地を転々としながら、その付近の魔物相手にさらに十日ほど亀倉たちに修行させた。


亀倉たちもだいぶこの異世界の環境に慣れてきて、だいぶレベルも上がったようだ。

ウォラ・ギネたちの指導のおかげもあってか、かなり魔物相手の戦闘にも慣れてきて、これなら魔王領の強い魔物相手でもどうにか渡り合えるのではないかと思えるほどになった。


俺の方も思いつく限りのやるべきことを終え、これでもう思い残すことはないはずだった。


アレサンドラたちも殺されないし、ハーフェン領主ヴィルヘルムも命の恩人である俺の言う事に耳を傾けてくれて、フローラの婚礼については本人の意思を尊重することを約束してくれた。

ヴィルヘルムは、俺の≪回復ヒール≫で健康を取り戻せたことに深く感謝して、十分すぎるほどの褒美までくれた。

さすが豊かな港湾都市を治める大貴族である。

無理矢理、療養中の寝所に押し入った、見ず知らずの俺に対しても、何とも気前のいいことである。


王都、ハーフェン、そして亀倉たちの所在地の三か所を、≪場所セーブ≫の≪おもいでのばしょ≫にセーブして、それを使って効率よく用事をこなしつつ、アレサンドラやヴィレミーナ、そしてアーレント一家の親しかった者などの顔もこっそり見に行ったりした。


俺はもうすっかり地球に帰るつもりになっていて、この異世界での思い出を振り返りつつ、その風景や大事だった人たちの姿をこの目に焼き付けようと考えたのだった。


だが、そうしたことをしているうちに段々と、このまま地球に戻っていいのかという気分になってきた。


本当に、この異世界の人々を見殺しにしていいのか?


本当に俺は、為すべきことをすべてやりつくしたのか?


本当に、元の世界に帰りたいのか?


一旦は、ちゃんと考えて結論を出したはずであった。


だが、これまでの別の展開で育まれた彼らとの思い出が脳裏に浮かぶたびに、迷いが強まっていくのを感じざるを得なかった。




俺はそうした迷いを他のみんなに悟られぬように平静を装い、そして再ロードから62日後、ついに魔王領に足を踏み入れることを決断した。


まずは俺一人で魔王領に侵入し、以前、魔王と初めて出会うことになった古い砦跡を≪おもいでのばしょ≫として記録して、亀倉たちを連れて戻った。


ちなみに今回は、マルフレーサに≪交信珠こうしんじゅ≫を使って、余計なことはするなと釘を刺しておいている。

交信珠こうしんじゅ≫のことを知られていたことにマルフレーサはとても驚いていたが、「まあ、未来の私と親しかったのだ。不思議はないか……」と納得していた。


なぜ、魔王との連絡手段があるのに、それを使わなかったのか。


それには二つの理由があった。


まず一つ目が魔王のペースに乗せられたくなかったこと。

魔王こと陸奥小五郎むつこごろうは、やはり俺なんかよりもずっと大人で、頭も良さそうだったから、しっかりと準備して待ち構えられたら、それこそどんな罠におとしいれられるかわかったものではない。


出たとこ勝負。

そこで腹を割って話し合えたなら、互角の心理条件で、やりくるめられることなく話し合うことができると思ったのだ。


そして第二に、相手が用意した場所、用意した条件ではなく、こうしていきなり尋ねていったならどんな対応をしてくるのか試してみたかったのだ。

これはたぶん俺の持つ迷いから来るものなのだったのだが、魔王近辺で世界の滅亡に関わっている者やその重要な要因が存在していないのか未だ確認が十分であるとは言えなかったので、それをついでに確認するつもりだった。


この世界を救うことに、どうしてもまだ未練が残ってしまっていたのだ。




この第二の理由に絡む話なのだが、旅の途中で亀倉と交わした会話の中にこのようなものがあった。


「へえ、亀倉さんって見るからに強面こわもてって感じなのに、ゲームとか詳しいんですね。意外だなあ」


「そうか? 俺らくらいの年代だとみんな夢中になってやってたと思うぞ。今みたいに携帯のやつじゃなくて、ゲーム機本体をテレビにつないで、コントローラーで遊ぶのが主流だった。この異世界みたいな、ファンタジー系のロールプレイングも人気で、カセット買うのに徹夜で並んだりしたもんさ」


「そうなんですね。俺はスマホのパズルゲームとか、適当にヒマ潰せそうなのしかやってこなかったからなぁ。あんまりRPGとか詳しくないんですよね。ちなみに、これから魔王と言われてる人に会うんだけど、ゲームだと何か注意する事とかあるんですかね?」


「そりゃあ、お前、魔王に挑む前にすることと言ったら、セーブだろ。何せ、最強のボスキャラなわけだし、何が起こるか初挑戦だと全くわからないだろ?」


「はあ、なるほど。セーブか……」


「俺は、初回はできるだけレベル上げしないでクリアする派だったから、余計にな。もし、セーブを忘れていて、ゲームオーバーになったら、かなり前からやり直すのも面倒だし、ショックがデカいだろ。たいていの奴は、魔王に挑む前にセーブする。これは、基本だな」



俺はこの亀倉の話にいたく納得して、魔王を訪問する前日にセーブしておこうと決めた。


もはや俺のレベルは、人間の限界であるというレベル99に到達していて、セーブしてもそれ以上の成長は見込めない。

セーブポインター固有の各種スキルを取得するためのセーブ特典ポイントが増えるだけのはずだった。


だが、亀倉の言う通り、魔王訪問の直前でセーブしておけば、様々な試みができると同時に、万が一、魔王が何らかの思いがけない行動に出た場合の保険になる。

直ぐやり直しできるようにしておくのはやはり有効だと思われた。


幸いこの日はまだセーブ可能日になっていたので、俺はこの時点での状況を≪ぼうけんのしょ≫の二番に記録した。


ぼうけんのしょ1 「ようやく99かよwww」

ぼうけんのしょ2 「諦めるのは、その後でいい(キリッ)」

→「魔王、今からトツするから覚悟しろよ!」


ぼうけんのしょ3 「はじまり、そして追放」



この時点では、俺はまだ自分の身に何が起こったのかわかっていなかった。


セーブを済ませ、そして、いつものように妖精の爺さんたちと他愛のない話を交わして、現世に戻ろうと考えていたのだが、それは突然に起こった。


「ぐぉおおおお、吾輩わがはいの頭が……割れてしまいそうだ……」


記帳所セーブポイントの部屋にいる妖精の爺さんや婆さん、そして家来の方々が突如苦しみだしたのだ。

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