第235話 立つ鳥跡を濁さず

「えーと、紹介するよ。この魔女っぽいお姉さんはマルフレーサ、そしてその隣の白いモフモフが聖狼フェンリルのブランカ、そしてこの杖を持ったいかにも達人という感じのご老人が未来での俺の師匠ウォラ・ギネだ。あっ、ブランカはこの通り見た目がかわいいから触りたくなっちゃうかもしれないけど、俺とマルフレーサ以外にはあまり懐かないと思うから、うかつに触らないでね。けっこう気高い奴なんだ」


再ロードから三日目の朝。


潜伏先の安宿に戻った俺は、考え得る限りで今呼べる最高の助っ人たちを皆に紹介した。


マルフレーサとウォラ・ギネは、なかば隠遁生活の様な暮らしぶりであるし、暇を持て余していそうだから誘いやすい。

別の展開で深く関わった両者だから、その性格や抱えている事情などもよくわかるため、協力を得るための説得が楽だ。


マルフレーサには、好んで飲んでいた果実の蒸留酒とそのあてを持って≪隠者の森≫に向かったのだが、その途中でブランカが繁みから現れて、腹を撫でさせてくれるなど懐いてくれたので、その後の交渉が楽だった。


ウォラ・ギネには、ムソー流杖術の蘊蓄うんちくなどをあれこれ語り、実際にその術技じゅつぎを披露するなど、未来から来た弟子であるという証拠を見せた。


彼らには、国王と敵対して追われていること、別の世界から来た異世界勇者であることなどこちら側の事情をちゃんと明かしている。


それを聞いた上で、俺に協力してくれることになったのだ。


騙しているようで後ろめたい気持ちになったが、この先、世界が滅びるということについては話していない。


いや、話せなかった。


あとで念のため、亀倉あたりにでも、みんなに世界の破滅については口にするなと釘を刺しておいてもらおう。


「二人は、≪世界を救う者たち≫っていう勇者パーティのメンバーだった人たちで、この世界では指折りの実力者だし、人柄もちょっと癖があるかもしれないけど、俺は全幅の信頼を置いている。別の未来でもすごく助けられたし、いい仲間だったんだ。きっと、俺が留守にしている間も、ちゃんとみんなを守ってくれるし、それに各自に備わった力の使い方をちゃんと指導してくれると思うよ」


「ちょっと、待ってよ。無断でいなくなって、ようやく帰って来たと思ったら、またどこかに行くの?」


ミノルが不安そうな顔で尋ねてきた。


「無断でって、亀倉さんにはちゃんと伝えていったよ」


「こいつとかに説明するとかえってうるさくなるし、反対する奴も出るかもしれないから黙ってたんだ。すぐに戻るってことだったからな」


「そっか。まあ、とにかくこうしてちゃんと戻ってきたわけだから、いいじゃない。それと、俺はこれからも度々たびたび、こうして別行動をとる。どうしてもやらなきゃいけないことがたくさんあって、みんなに付きっきりではいられない。だから、こうして応援を呼んだわけ。これから拠点を移動して、みんなには最低限、自分の身を守れるようにトレーニングしてもらう。マルフレーサたちにはその指導もお願いしておいた。ちゃんと、言うこと聞いて、魔王に直談判する前にはそれなりの実力を身に着けておいてよ。俺からは以上。二人とも後は頼んだよ」


「待ってよ。こんな見ず知らずの人たちに僕を預けるっていうの? どうしてもやらなきゃいけないことって何なんですか!」


ミノルが声を大きくして、詰め寄って来た。


こいつ、ウザいな。いつも自分のことばかり考えて、いたずらに騒ぐ。

いい加減に嫌になってきたな。


「……とにかく、俺にとっては大事な用なんだよ。みんな、すぐ戻るから、とにかくマルフレーサたちの言う通りにして」


俺は、目の前のミノルを無視して、宿を出た。

みんなの不安げな視線が背中に刺さっているのを感じたが、あえて気が付かないふりをした。




俺は最初、今回のロードは捨て周回と見做していた。


何せ、追放された直後に城に引き返し、国王を問い詰めるという目立つ暴挙を行ったのだ。

即座に、世界の破滅が到来してもおかしくはないと覚悟していたのだが、予想に反して終末の日がはやくにやって来ることは、今のところ無かった。


そして、そのおかげで、あの国王やヤーガ婆、それと女神リーザは、世界の滅亡の引き金にはなっていないことが今回明らかになった。


だが、それと同時に奥の手だと思っていた女神リーザへの直談判が無駄であると分かり、ますますこの世界を救うことは不可能である可能性が高まってしまった。


女神リーザと会話する前に見たあの絶世の美女の幻影。


あれこそが最初は女神リーザではないかと思っていたのだが、声の感じからしてもまったく違っていた。


あの美女はいったい誰だったんだろう。


「残り少ない最後の力」みたいなことを言っていたから、もしかすると何らかの事情で力尽き、この世のものではなくなっているのかもしれない。

そうすれば、あれはその美女の幽霊のようなものだと考えることができ、発言の中身ともつじつまが合う。


俺を最後の希望と呼び、この世界を破滅から救ってほしいと願っていた。


せっかくあんな美人の存在を知ることができたのに、とても残念だ。

俺はたぶん、生まれて初めて一目惚れというやつをしたかもしれなかったのだが、いきなり失恋してしまった形だ。


生きていたなら、エッチのチャンスもあったかもしれないのに……。



宿を出た俺が向かっていたのは、ハーフェン大聖堂だった。


これから俺は、そこで司祭長に成りすましている蛸魔人ピスコーを討ち、その足で領主の館に向かうつもりだった。

蛸魔人ピスコーの呪いで衰弱したハーフェンの領主ヴィルヘルム・フォナ・ヴァゼナールをコマンド「まほう」の≪回復ヒール≫で癒してやれば、その娘であるフローラが寂しい運命を辿る可能性も幾ばくか減るかもしれない。


助けた領主に、フローラの婿は自分の意思で決めさせるように恩着せがましく助言するのもいいかもしれない。


他にもやらなければならないことはてんこ盛りだ。


アレサンドラたちが死なずに済むように虫魔人ライドを倒しておかなければならないし、サンネちゃんとその母親フランカを救うためにはバンゲロ村のゴブリンの件も解決しておかなければならない。


魔王と交渉する前にその配下である魔人を二体も殺すのはマイナスかもしれないけど、俺はこれまで自分に親しくしてくれた人たちが不幸になるフラグだけは、どうしてもへし折っておきたかったのだ。


もし、魔王の語った「元の世界に帰る方法がある」というあの話が本当であったなら、俺は亀倉たちと共に、地球に帰還しようと考えていた。


だから、その前に悔いが無いようにやれることは全部やっておきたかった。


女神リーザの協力が得られないことが分かり、この世界の滅亡が確定的になってしまったこの状況では、焼け石に水のようなものかもしれない。


だが、最後の日が訪れるその日まで、アレサンドラたちには、せめて幸せに生きていて欲しいのだ。


偽善だってことはわかっている。


だが、今の俺に他に為す術などあるだろうか。


全てなかったことにして、地球に逃げ帰る、それ以外に……。



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