第233話 望む者、望まぬ者、そして……

現時点で、この異世界から元の世界に帰還することを望んでいるのは、亀倉、ヒマリ、ミノルの三人しかいなかった。


イチロウ、ケンジ、青山勝造、眼鏡の人の四人はこの異世界に残ることを希望しており、サユリは態度を保留している。


お婆さんは、ステータスボードによればツヤマ・セツコという名前らしいが、本人にそのことを尋ねてもわからないという返事しか返ってこなかった。

戻りたいかどうかの質問にもわからないと答えた。


地球への帰還を望む者、望まぬ者、そして決めかねている者。


元の世界で、各々がどのような身の上であったのかによるのだろうが、どうやらここで別行動になりそうな気配だった。


さて、俺はどうしようか。


997日後にはこの世界が滅亡してしまうことがわかっているので、その前に地球に脱出するというのも一つの選択肢である。

この異世界は助からないが、俺はたぶん死なずに滅亡の運命から逃れることができるかもしれない。




パウル四世とヤーガ婆さんを人質にして、城に立て籠もり一夜を明かすことになったのだが、俺が城の連中に持ってこさせた食事を食べていると、サユリが自分の分の皿を持って隣にやって来た。


俺が新興宗教を立ち上げて、その治療活動中に出会った時とは異なり、香水の匂いがキツく、化粧も少しケバい感じだった。

でも、なんというかリアルな感じの大人の色気があって、俺が知ってるサユリさんとはちょっと雰囲気が違った。


「隣、座るわよ」


「あ、はい」


「たしか、名前はユウヤくん……だったわよね。ユウヤくんって呼んでも良い?」


「はい」


なんだろう。

元の世界の服装をしているからか、なんだか刺激的な感じだ。

胸元が大きく開いていて、豊かな乳房の谷間が見える。」


「あなた、さっき、未来の私とその……仲良くなったって言ってたわよね?」


「サユリさん、秘密主義な感じだったから、そんなにたくさん話したわけではないけど、お互いのちょっとした身の上話とかはしましたよ」


「そうなのね。私、勤め先のこととか、家族にも話してなかったから、驚いちゃった。あっ、私、話しちゃったんだって」


「そうだったんですね。それなのに、あんなに、みんなの前でべらべらと……すいません。違う展開の未来から来たっていうことをなんとかみんなに信じて欲しかったんです」


とにかく必死だったからだが、ちょっと配慮が足りなかったと反省。

黒子ほくろの位置とか調子に乗って……。

俺ってバカだな。


「……それで、未来の私としちゃったの?」


「……」


面と向かってきかれるとなんだか悪いことしたみたいな気になる。

口ごもった俺は無言でただ頷くことしかできなかった。


「そっか、それが一番意外だったわ。あなた、よく見ると可愛い顔してるけど、私、どちらかと言うと年上好きなのよね。ほら、あの亀倉っていう人みたいな感じがタイプなのよ。頼りがいがあって、男らしい感じ。あなた、学生服来てるし、未成年でしょ? そんな年下に手を出しちゃったかーって、ちょっと反省」


ガーン。

さばさばした感じで、いきなりフラれた。


なんかいいムードだったから、この後、誘ったらエッチできると思ったのに。


「二人で盛り上がってるところ悪いが、ちょっといいか?」


がっくりと肩を落としていると、その亀倉本人がやって来た。


サユリが気を使って、その場を離れようとしたが、「別に内緒の話ってわけじゃないんだ。そのままでかまわない。皆にも関係ある話だしな」と引き留めた。


一瞬、皆の注目がこちらに集まる。


「なあ、ユウヤ。お前は、これから先の未来で何が起こったのか全部知ってるんだよな?」


「全部じゃないよ。俺が知っているのは、俺が城を追放されたまま戻らなかった場合の未来だけだ。今回みたいに、みんなと合流するパターンは初めてだし、それと、言ってなかったけど、997日後の世界滅亡っていうのはあくまでも最大に長く見てって言う事なんだ。色々な要因で、滅亡の日は早まってしまうし、正直、かなり強引で派手な行動しちゃったから、明日にもその時が来ても全然おかしくない状況なんだ」


「そうなんだな……」


亀倉は腕組みし、難しそうな顔をした。


「その世界の滅亡ってやつは、どうやっても回避できないのか?」


「俺なりに、思いつく限りのことを頑張ってみたけど駄目だった。この世界にいる他の神様たちの力を借りたりもしたけど、なんていうかな……とにかく圧倒的なんだ。誰の力も及ばないようなとんでもないな存在がふたつ現れて、そのふたつの激しい争いに巻き込まれて惑星そのものが壊れてしまう。そんな感じだった。しかも、その本格的な破滅の前に、俺を除いた人々は魂を抜かれて死んでしまうから、自分以外の人間は誰も頼れない状況になるんだ」


「なんで、お前の魂は抜かれずに無事なんだ? 俺はその時、どうなったんだ?」


「なんでって、考えたこともなかったな。とにかく、俺の周りにいた人たちは突然苦しみだして、あっという間に息絶えてしまっていた。亀倉さんは……ごめん。その瞬間を迎える時に一緒にいたことが無いからわからないや」


「そうか」


「ぼ、僕はどうなったのかな」


気が付くとミノルがそばに来ていて、身を乗り出して尋ねてきた。


「ごめん。みんなのことはわからないや。みんなは、俺がこの城に戻ってこないと、魔王を倒すために北の魔王領に向かうことになって、そのあとそれぞれバラバラに行動することになるはずだよ。細かいことを個別に説明してもしょうがないから、その話はこのぐらいにしておこう。それに、俺は追放された手前、できるだけ、みんなとの接触を避けていたから、人づてに聞いた以上のことはほとんどわからないんだ。でも確かなのは、惑星が崩壊してしまったら、たぶんみんなも生きてはいられなかったと思う」


「そんな……」


その場でミノルは泣き崩れてしまった。


「亀倉さんは、俺の話を疑わないんだね」


「ああ、今のところ、辻褄は合っているし、何よりそんな嘘を吐く意味が無いからな。あの女神リーザという神様もいい加減な奴だったし、この状況で一番信用出来て、頼れるのはお前しかいないと思ってるよ。これでも人を見る目には自信があるんだ。お前の目は嘘を言ってるやつの目じゃない」


サユリさんの件では軽く嫉妬しちゃったけど、このおっさんはなんか嫌いになれないな。

こういうのを人たらしって言うのかな。


「ありがとう。信じてくれて助かるよ。それで、亀倉さんは何があっても地球に戻りたいんだよね?」


「ああ。俺は一家の大黒柱だし、中小だが経営してる会社には人生預かってるたくさんの従業員たちとその家族がいるんだ。何としても戻らなきゃならない。だから、とりあえずお前が教えてくれた「魔王が戻る方法を知っている」というあの話、当たってみようと思うんだ」


何としても戻る……か。

何かそういうの羨ましいな。


「そっか、了解。じゃあ、俺が亀倉さんを魔王のところまで連れて行くよ。道中、魔物がたくさんいるから、たぶん一人じゃ辿り着けないだろうしね」


「すまない。助かるよ。本当はその道案内を頼みたかったんだ」


「ぼ、僕も連れて行ってください!こんな訳の分からない世界で死ぬのは嫌だ。お父様とお母様の居る元の世界に帰りたい」

「わ、私もお願いします」


ミノルとヒマリが同行を希望した。

この二人はもともと地球への帰還を望んでいたから、まあ当然だろう。


「他に希望する人は? もしかしたら、俺も一緒に元の世界に戻るかもだから、来るなら一緒に来ないと置き去りになっちゃうよ」


俺は、亀倉たち以外の態度を明らかにしていない他のメンバーの顔を順に眺めた。


「オレも一緒に行っても良いかな? 正直、戻ってもろくなこと待ってないんだけど、死ぬよりはマシだよな」


「ぼ、僕も帰還組に変更しようかな。受験勉強はつらいけど、たしかに死んじゃうよりは良いからね」


ケンジがぼそりと言い、眼鏡の人もそれに賛同した。


結局、青山勝造とセツコ婆さんも共に行くことになり、残るはイチロウとサユリになった。


「あんたはどうする?」


亀倉がサユリに訊いた。


「私は……」


サユリは俯いたまま、口をつぐんでしまう。


世界が滅亡するのがわかっていながら、何を躊躇ためらうことがあるのだろう。


「私は、頼まれても絶対に行かないぞ!」


聞いてもいないのにイチロウが突然声を挙げた。


「お前には聞いてない。お前は残るって、最初から言ってただろ」


亀倉が呆れたように言う。


「 みんなどうかしてる。その大ウソつきの言葉を真に受けて、元の世界に帰るだって? 後悔しても知らないぞ。見知らぬ世界に、異世界勇者、大剣豪! 素晴らしいじゃないか。普通の人には無い素晴らしい力を授かった上で、新たに人生をやり直せるんだぞ。私は、お前たちがいなくなった後、この国王陛下にお仕えして立身出世を目指すよ。君たちは元の世界に戻って、せいぜい冴えない人生を続けたまえ」


今、気が付いたのだが、いつの間にか、イチロウは両肩を脱臼した状態のパウル四世に付き添っていて、甲斐甲斐しく食事の世話などもしていたようだった。

態度も妙に媚びへつらっていて、俺たちに対する居丈高いたけだかな態度とは随分違う。


まあ、こいつのことはもういいや。放っておこう。

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