第232話 タイムリミット

「これだから、女という生き物は駄目なんだ。非現実的な物の考え方しかしない。自己中心的かつ傲慢で、なんでも自分の思い通りになると思ってる。ナンセンス、ナァンセェンースだよ」


こいつ、何か女の人に恨みでもあるのかというぐらいに、イチロウは、ヒマリに対してあざけるような態度を見せている。


「……お前は、元の世界に戻りたくないのか?」


見かねたのか、亀倉がイチロウに尋ねた。


「も、戻りたいとか、戻りたくないという話はしてないだろ。さっきの女神様の話では、俺たちはもう地球人じゃないんだろ? 俺たちが地球に戻ったら、何か大変なことが起こるみたいな説明だったし、あきらめるしか……」


「その女神の話が嘘だったら、どうするんだ?」


「嘘? 何を言ってるんだ。女神様が嘘を言う意味なんかないだろ。君らのそういう疑いに満ちた心の内を察したから、女神様は怒って交信をお断ちになったんじゃないかな。そこのユウヤという学生といい、君といい、本当に、思慮が浅いというか何というか……」


小馬鹿にしたような態度のイチロウのせいで、場に余計、険悪な空気が漂う。


「……まあ、良い。それで、お前はこの後、どうするつもりなんだ?戻れないことを前提にするっていうのがお前の考えなんだよな?」


「それは……まだ未定だ。そもそも、この世界にやって来たばかりで城の外がどうなっているかもわからないんだ。情報収集をするのが先だろ。それに、そういうお前こそ、偉そうに人に意見を聞いてないで、自分の意見を先に言うべきではないかね」


「そうだな。では、俺の考えていることを言おう。俺は、この城を出て、元の世界に戻る方法を探してみようと思うんだ」


「馬鹿な! それじゃあ、その小娘と同レベルじゃないか!いい歳をして、夢みたいなことを言ってんじゃないよ。現実を見たまえよ。こんな見ず知らずの世界で、どうしようっていうんだ。帰れる方法を探す? どこを探すっていうんだ。それには何年かかるんだ? もし仮に戻れたって、そんなに時間が経った後じゃあ、戻る場所なんてきっと無くなっているに決まってる。世の中というのは、別に自分一人いなくなったって、何も変わりやしないんだ。お前やそこの小娘なんかが、突然居なくなっても、みんな素知らぬ顔で、それなりにやっていくんだ。冷たいものだぜ、現実は。世の中も、職場も、家族も……」


次の瞬間、亀倉の拳がイチロウの左頬を打った。


イチロウの体はその勢いで後ろに倒れた。

殴られた頬を押さえ呆然としている。


何かを言い返そうとしていた様子のヒマリも思わず口を押さえ、真剣な顔の亀倉を見ている。


「……殴って悪かった。だが、お前……元の世界に戻りたいって思うことがそんなにおかしいか? 待っている家族や仲間。やり残したことだって、誰にでもあるもんだろ。俺は、何年かかったって、必ず帰るつもりだ。必ずな」


亀倉の思いつめたような様子に誰も何も言えなくなったようだ。

地下神殿内がにわかに静まり返り、ヤーガ婆さんのふがふがいう鼻呼吸の音だけが聞こえている。


まだどうやら、折れた歯から血が止まらないらしい。


「……あのさ、元の世界に戻る方法……あるかもよ」


「本当なのか!?」


ぽつりと言った俺に、亀倉が迫って来た。

両肩に手をやり、悲痛な顔で俺を見つめている。


「いや、がっかりさせたくないから話半分で聞いてほしいんだけど、例の魔王が、俺に言ったんだ。帰る方法があるってね。女神リーザと同等以上の神さまとのつながりがあるみたいで、頼めば帰してもらえるみたいな感じの話だったと思うけど、本当かどうかはわからない」


「ハッ。また、そんな嘘をついて。997日後の天変地異だったか? 未来から来たとか大ぼら吹くし、今度は元の世界に帰れるだと? 君はとんだオオカミ少年だな。ろくな大人にならないぞ。本当に、親の顔が見てみたいよ」


イチロウが腫れた頬を押さえながら言う。


腹は立つが、イチロウの言うことはもっともだ。

未来から来たなんて話、普通なら誰もまともに取り合ってくれっこない。


それに厳密にいうなら、俺が異なる行動をとった場合の、別の展開の未来だ。

今回のロードがどういう展開を迎え、そして終わるのか、それは俺にもわからない。


「信じてもらえないかもしれないけど、この状況だと、一応、みんなに説明しておくべきだと思ったから言うよ。まずはこれを見て欲しい。ステータス、オープン」


名前:雨之原うのはら優弥ゆうや

職業:

レベル:99

HP:3180/3180

MP:2463/2463

能力:ちから155、たいりょく156、すばやさ157、まりょく138、きようさ158、うんのよさ163


俺の≪職業クラス≫やスキルは他の人には見えないらしいから、きっとこんな感じに映っていることだろう。

ミノルの≪静騎士≫が≪聖騎士≫に見えていたという話もあるし、このステータスというやつにはそうしたバグや不具合、あるいは何らかの理由でそうした現象があり得るようだ。


「な、なんだ、この異常な能力値は……。それに、レベル99だと……」


ケンジの隣で、両ひざをついた状態のパウル四世が驚きの声を挙げた。

みんなも驚きを隠せない様子で、その中でもイチロウの反応は大きかった。


むくっと起き上がり、頬の痛みも忘れて、ステータスボードに見入っている。


「ユ、ユウヤ……君。これはいったいどういう事なんだ。君はたしかにレベル1の無能……だったよね?」


イチロウは、俺の顔をまじまじと見つめ、尋ねてきた。


「たぶん、みんなも覚えていると思うけど、俺は確かにレベル1で、能力値オール1だった。だけど、ここに書かれていないもう一つの隠れたスキルがあったんだ。それはこの異世界に連れてこられたこの日に、時を遡って戻る能力。上がったレベルはそのまま据え置きでね。だから、これから先の未来に何が起こるのかをもう体験済みなんだ。だから、魔王とも会ったことがあるし、実はここにいるほとんどの人とは、未来で別の接点があった」


本当はある程度、任意のセーブ時点に戻れるのだけど、ややこしくなるからこの説明でいいだろう。

セーブポインターの能力を全部を開示するつもりはない。


「時を遡るなんて、そんなこと……」


サユリが青ざめた顔で呟いた。


「まあ、信じられないのも無理はないよね。サユリさんは、本名が一条小百合いちじょうさゆり。ちょっと仲良くなった時期があって、その時、ヴァルゴってお店で働いてたって、俺に聞かせてくれた。あと……、足の付け根の右の方に黒子ほくろがあるよね?」


「な、なんでそれを……」


青かったサユリの顔が赤くなり、視線が泳いだ。


「城から追放された後、色々あって、ケンジとも、ヒマリとも、亀倉さんとも短い時間だったけどかかわりを持った。そして、そこにいるお婆さんと眼鏡のお兄さん以外の全員とはそれなりに色々あったんだ。だから、おおよその能力とかスキルとか漠然とだけど、イメージできてる」


少しは俺の話が本当かもしれないって思ってもらえただろうか。


みんなの俺を見る目が変わってきたような気もする。


「さあ、とりあえず、俺の話はこれくらいでいいかな。本題に入らせてもらうよ。俺がこうして自分のステータスを明かしたのは、城を追放されてからこの場所に来るまでの間には、みんなが感じてない俺だけの途方もない長い時間があったことを感じてほしかったからなんだ。俺はこう見えてすでにこの異世界に来てから何年も経ってる。何回も何回もやり直したから、こんなレベルになっちゃってるってわけ。それで本題だけど、亀倉さん。もし、元の世界に戻りたいなら、何年かかってもなんて、悠長なことは言ってられない。なぜなら、997日後、今日を入れたら998日目にこの世界は滅亡してしまうからなんだ。このタイムリミット内に、元の世界に戻る方法を見つけて、この異世界から脱出しなきゃならない。ここまでの話は、わかってもらえたかな?」


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