第231話 これから、どうする?

「あの……、ちょっといいですか?」


女神リーザに会話を一方的に打ち切られ、途方に暮れている俺に声をかけてきた奴がいた。


ミノルだ。

背も低くはなく、がりがりに痩せているせいで、どこかシャーペンなどの棒状のものを思わせる体型だ。

服装はいたって普通で、なで肩のせいでサイズが合わない感じもあるが、どれもちゃんとメーカーのロゴが入っているような感じで、亀倉の成金テイストとは違うものの、特別貧乏でご飯が食べれていないというわけではなさそうだった。

痩身なのは、多分、体質とか、遺伝、あるいは生活スタイルの関係なのかもしれない。


そんな風貌でありながら、今までどこにいたのかわからないくらい影が薄かったが、それがこいつの能力であることはもうすでに把握している。


こいつが別の展開で白状した内容によれば、いつでも自由に逃げ出すことができたのに、右も左もわからない異世界で一人になるのが不安で、ずっとそれをしないでいたらしい。

そうであるにもかかわらず、おのれが力を手にした途端、その集団行動に嫌気がさし、ついには青山勝造あおやまかつぞうを殺害し、逃亡するに至る。


自己中心的かつ、逆恨みがひどい、どこかモラルが欠如した危険人物だ。


正直、あまり関わり合いにはなりたくない。


「何か用?」


「ああ、すいません。その、これからどうするのか気になってしまって……」


「どうするって、何が?」


俺の返事にミノルは少し苛立ったような表情をのぞかせた。


「いや、その、だって……、君が、この国の王様たちに酷いことをして、しかも女神様も怒らせてしまったわけでしょ。これから、どう責任って言うか、その、……僕たち、これからどうなっちゃうんだろうなって。このまま、元の世界に帰れませんでしたっていうだけじゃすまないわけだし、身の振り方考えなきゃなくなったわけで……」


「ああ、なるほどね。どう責任を取ってくれるんだって、言いたいわけだ」


「ごめん。君を責めてるわけじゃないけど、とにかく不安で……」


「みんなも同じ気持ちかな?」


俺の問いかけに、亀倉以外の全員が視線を逸らしたり、気まずい顔をしたりする。

亀倉は先ほどから腕組みし、祭壇の方を眺めつつ難しい顔をして何か考え込んでいる。


まあ、何回もセーブとロードを繰り返して、何年もこの異世界で暮らしてきた俺と違って、彼らは今日が転移初日だ。

不安なのも無理はない。


でも、ここまで何もしていないミノルに言われるとちょっとムカつくのはなんでだろう。

俺って、気持ちが小さいのかな。


「わかった。とりあえずは、許してもらえるかわからないけど、謝るよ。ごめんなさい。俺なりに良いと思ってやったけど、この結果だもんね。責められても仕方がない」


「僕は謝ってほしいわけじゃないんです。僕が気にしているのは生活の保障! 誰がこの先、僕の面倒を見てくれるのかってことなんです。こんな訳の分からない世界に連れてこられて、周りは知らない人だらけ。僕にたくさんの愛情を注いでくれたお父様も、お母様もこの異世界にはいない……。両親は僕にすべてを与えてくれて、弱い僕を守り続けて、ここまで育て上げてくれたんだ。学校にも行かなくていいって言ってくれてたし、お小遣いも欲しいだけくれた。好きなことを自由にやらせてもらってたんだ」


「いや、そんなこと俺に説明されても……」


少なくともこの先、こいつの面倒を見続けるのだけは嫌だな。


それに、こいつ、どう見ても成人してるし、俺より年上だろ。

どんな育てられ方したら、こういう変な大人になるんだよ。


「君……。ずっと観察してたけど、他のみんなよりも、そしてこの世界の人たちよりもたぶんずっと強いよね。僕は君について行くよ。いいよね?」


「は? なんでそうなるの。嫌だよ。特にお前は」


「おい!いい加減にしろよ!」


ケンジが俺とミノルの間に割って入るような形で歩み寄って来た。


「不安なのはわかるけど、こいつにそんなこと言うのは筋違いだろ。それに、えっと、たしか名前、ユウヤでいいんだったよな? ユウヤがあの場に戻って来なかったら、俺たち、この王様に騙されて、魔王とかいうヤツと戦わせられるところだったんだぜ。それと比べたら、まだこの状況の方がマシってもんだろ」


「くっ……」


ミノルはケンジのヤンキーっぽい風貌が怖かったのか、先ほどの勢いはどこへやら目線を逸らし、部屋の隅の方に下がった。


「……そいつのいう通りだ」


ようやく亀倉が口を開いた。

離れた場所で静かに考え事をしていたようだったのが、俺たちのもとにようやくやって来た。


「あっ、自分、ケンジっす」


ミノルに対する態度とガラッと変わって亀倉には、頭を掻きながら恐縮する。

その様子がどこかおかしかった。


「ケンジだったか。悪いな。さっきステータスボードは見てたんだが……。俺は亀倉だ。そして他のみんなもちょっと聞いてくれ。別に、この場を仕切ろうというわけじゃないんだが、少し相談がある。地下を出た後どうするか、まずはみんなの意見を聞きたい。不幸中の幸いだが、俺たちの手元には国王という最高の人質がある。地上の連中もまず、そう下手なことはできないだろう。だが、問題は地上に出てからのことだ。何か、考えがあるやつは発言してほしい」


亀倉の問いかけに一同がようやく自分の頭で考えだしたようだ。


魔王討伐隊の隊長に抜擢された理由は、初期レベルの高さだけではなかったのかもしれない。

この亀倉には、どこか周囲が一目置いてしまう様な貫録のようなものが備わっている気がする。

元の世界では何してた人なんだろうか。

まさか、見た目通り、ヤのつく職業じゃないよね?


「あの……、ちょっといいですか?」


最初に手を挙げたのは、ヒマリだった。

栗毛に近い、長い黒髪がとても清楚で、健康的な感じがする美少女だ。


きっと、街中を歩いていたら芸能界とかのスカウトに声をかけられたりする。

そんなレベルだ。


自分が通っていた学校にはたぶん、こんなにかわいい女子はいなかったように思う。


高嶺の花。


俺にとってはそんな感じで、ちょっと近寄りがたい雰囲気だ。


異世界人にはけっこうモテてるけど、元の世界ではどちらかというと、俺は非モテ側だったと思う。

高3で、童貞だったくらいだし。


「ああ、頼む。こんな異常な状況だ。意見がどんどん出てくるのは大歓迎だ」


「……あっ、私、藍原日葵あいはらひまりって言います。高校の二年生です。通学の途中で、その……、気が付いたらこのお城にいました。それで、話が戻ってしまうんですけど、元の世界にはもう帰れないっていうのは決まってしまったんでしょうか? 私、できることなら、もとの世界に戻りたい。戻ることをあきらめたくないんです」


「き、きみぃー。さっきの女神様の話を聞いてなかったのか!元の世界にはもう戻れない。これは確定事項なんだよ」


「ご、ごめんなさい」


こめかみに青筋を立てたイチロウが、ヒマリの顔を指さし、口角泡を飛ばす。


「戻れないことを前提に、私たちがいかに今後、この異世界で生きていくか。それが重要なんだよ。覚悟を決めたまえ!」


イチロウの甲高い恫喝にヒマリは肩をすくめて怯え、場が静まり返った。

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