第230話 ああ、女神さま


「お、お願いですじゃ。女神様の御力おちからで、ここにいる異世界勇者どもを皆殺しにしてくだされぇ!」


いきなり、ヤーガ婆さんが祭壇の前に進み出て、叫んだ。


この婆さん、大人しくしてると思ったら、これが狙いだったのか。


俺は慌てて、婆さんの口を塞ごうとする。

婆さんは俺の手に嚙みついたが、そのせいで前歯が全部折れた。


婆さんは悶絶したが、俺はそれにかまわず口を押さえつづけた。


『……今のは誰だ? この場所に他の者を連れてきてはいかんと厳しく申し伝えておったであろう。それに、この女神リーザにむかって異世界勇者を皆殺しにしろだと? パウル四世よ。そちらで何が起こっておるのだ?』


「は、はあ、実は困ったことになっておりまして……。こやつら、嫌がる我を力尽くで、無理矢理ここへ」


「ちょっと、代わってよ。ねえ、あなたが本物の女神リーザ様だよね?」


俺は顔面血まみれのヤーガ婆さんを青山勝造あおやまかつぞうに押し付け、祭壇の前に立った。


『貴様は、……いや、あなたは何者なのです。我と言葉を交わすことを許されているのは高祖王フレデリックの子孫のみ。この禁忌を冒す者には酷い天罰が下ることになりますよ』


また、ちょっと声色が変わった。

相変わらず低くて太い声だが、より女性らしい感じの口調になった気がする。

なんか、さっきからキャラが安定しない感じがするのはなんでだろう。


情緒不安定なのかな?


「どのような天罰でも俺が全部引き受けます。だから、どうか今回だけは特別に、俺と話をしてください。お願いします」


『…………仕方がありませんね。我は寛大なる女神リーザ。そこまで言うのなら、あなたのその心意気に免じて発言を許しましょう。だが、まずは名乗りなさい。あなたは何者ですか』


「俺は、ユウヤと言って、あなたの力でこの世界に連れてこられた地球人です」


『地球人……。なるほど、つまり今回、召喚された異世界勇者だというわけですね』


「そうです」


『その異世界勇者がこのような暴挙を冒してまで、我に話とはいったい何なのです?』


俺はふと亀倉の顔を見た。

世界の滅亡について話したかったが、まずは彼らの帰還について聞いてみよう。


亀倉のすがるような目に俺は負けてしまった。


「実は、召喚された者たちの中に元の世界への帰還を求めている者たちがいるんです。それって、あなたの力で可能でしょうか?」


『……それは、出来かねます。もちろん、万能なるこの女神リーザの力をもってすれば、不可能はありません。で、す、が! そのようなことをすれば、あなた方の居た地球では大騒ぎが起きて、銀河全体を巻き込む大問題に発展しかねません。あなた方の肉体はもうすでに地球人のもつ生身ではなくなっており、その身に宿った力は、地球の秩序、法則を司る黄金律に歪みを生じさせる可能性があるほどのものであるはずなのです。あなた方は分類上では、強化ニーベラント人。地球人として帰還することは許されません!』


「そ、そんな……」


亀倉の口から悲痛な声が漏れ、何人か他にも息を呑むような気配が伝わって来た。


「それって、どうあっても駄目なんですか?」


『くどい。駄目なものは駄目です。お前たちの意思に関わらず、もうさいは振られてしまったのです。出た目の宿命さだめを受け入れなさい。話はそれで終わりですか?』


「……いえ、今のは別の者たちが女神様に尋ねたかったこと。俺が話したいのは、もっと別の、この世界にこれから訪れるであろう危機の話です」


「危機? 何の話ですか?」


「女神リーザ様、これからこの世界は滅亡します。だから、俺はそれをあなたに回避してほしいんです!」


『(はあ?こいつ、話をしてるんだ? きめぇ……)お前……、いや、あなた、正気ですか?』


今、小声でなにか呟いたのが聞こえた気がしたけど、気のせいかな。


「今から997日後。この世界にいる人々は全員、魂を抜かれて、死んでしまうんです。そのあと、とんでもない天変地異が起きて、この星そのものが壊れるんだ」


『……魂を抜かれる?』


「そうなんです。みんな突然、苦しみだして、いきなり死んでしまう。信じてもらえないかもしれないけど、実は、俺、未来からやって来たんです。俺はこの目で、その滅亡の瞬間を何度も見てるんです。嘘じゃない。信じてください。もう、あなたにしか、この世界は救えないんだ。俺もできるだけがんばってみたけど、駄目だった。何度も、何度もやり直して、この結末を変えようと足掻いたけど……」


『…………プツ……ツー……ツー……ザァーーーーー』


女神像の目の光が消えて、気配も何も感じられなくなってしまった。


「あれ? 女神様? リーザさま? ……おい、聞いてんのかよ!おい!リーザ!……このっ……クソ女神!」


俺は怒りのあまり、祭壇に拳を打ち付けてしまい、その端の方を粉々に破壊してしまう。


人生初の台パンである。


祭壇の窪みにはまっていた≪交信珠こうしんじゅ≫に似た宝玉が衝撃で外れ、床にむなしく転がった。


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