第229話 最後の希望

パウル四世とヤーガ婆さんを人質に、俺たちは城の地下深くにあるという秘密の祭壇へと向かった。


そこに続く階段はパウル四世が持つ王家の紋章の入った鍵が無くてはひらかない頑丈そうな扉の奥で、城の宝物庫の中にある。

扉自体も巨大な高祖王フレデリックの絵画の裏に隠されていて、案内無しでは決して見つけられない場所にあった。


宝物庫に来る途中、大勢の城の兵士に取り囲まれたが、さすがに国王を人質に取られては手出しできなかったようで、遮る者たちを亀倉が押しのけてくれたのでスムーズにこの場所まで来ることができた。


さすが魔王討伐隊の隊長に選ばれただけのことはある。


亀倉はある程度、初期レベルが高かったらしく、この時点でもそこいらの兵士には後れを取ることは無さそうだった。



地下へと続く長い階段をひたすら降りてゆくと大きな空間があり、そこはまるで何かの神殿のような造りをしていた。


「うわぁ、すごい古いけど、階段部分と違って、清潔な感じがするなあ。地下なのに、空気が澄んでいる感じがするし、なんか神社とかお寺みたいな雰囲気ですよね」


眼鏡をかけた若い男が興奮した様子で振り返り、感想を口にした。

俺より多少年上ぐらいで、ステータスボードで名前を見た気がするけど、忘れた。


ふと、俺と目が合い、そして背けた。


この眼鏡の人もそうだけど、別の展開で接点があったヒマリやケンジなどもどこか俺を避けていて、近寄ろうともしない。

ヒマリの顔には、露骨に警戒心が浮かんでいて、どうやらすっかり嫌われてしまったようだ。


無理もない。

オラついた態度で、散々、暴力的な行動を見せてしまったのだ。

国王の両肩を脱臼させたり、尋問のために、その指をへし折ったり。

きっとヤバい人認定されてしまったに違いない。


俺に物怖じしないで話しかけてくるのは、亀倉とイチロウ、そして青山勝造あおやまかつぞうだけだ。


あっ、それともう一人。

俺を見て、なぜか「サトシなの?」と話しかけてきたお婆さんだ。

常に辺りを見回していて不安そうだ。

今はヒマリに寄り添われ、おぼつかない足取りだが、なんとかついて来ている。



階段を下りた先は、眼鏡の人の言う通り、何か独特な気配がある場所だった。


≪神気≫を帯びた様々な物が等間隔に置かれた台座の上に安置されていて、その間を抜けたその先に、くだんの秘密の祭壇があった。


白い光沢のある石でできた祭壇の天板には窪みがあって、そこに丸い宝玉のようなものがはまっていた。


それはどこかで見たことがある感じのもので、記憶をたどるとマルフレーサが持っていた≪交信珠こうしんじゅ≫にどこか似ていた。

色とそれに刻まれた模様が少し違うようだ。


『セーブ……ポインター……』


さっそく、女神リーザと連絡を取って見ようとした俺の耳に、若い女性の囁くような声が聞こえてきた。


慌ててその声がした方を振り返ると、そこには現代風のビジネススーツをカッコよく着こなした美しい女の人が突然現れた。


美しいなんて言葉では形容しつくせない絶世の美女だった。

長い金色の纏め髪に、強い意志が宿っているのがわかる紺碧の眼差し。

女性的でありながら、すらりとしたそのプロポーションに俺は思わず見とれてしまった。


残念なのは、その全身が今にも消えてしまいそうなほどに薄く、おぼろげな映像のようになってしまっていて、時折、その姿形が乱れてしまうことだ。

幽霊のようにというよりも、ドラマなどで見る昔の故障しかけたテレビの画像のようだった。


これまで出会ってきた≪メッセンジャー≫たちと比べると、なんだかより不安定ではかなげだ。


「おい、ユウヤ? どうしたんだ」


「ごめん。ちょっと待って」


怪訝な顔の亀倉にそう声をかけて、俺はその美しい女のもとに歩み寄る。


その場にいた皆が何事かという様子だったが、やはり俺以外の人にその姿は見えていないらしい。


≪メッセンジャー≫というのは、セーブポインターのためだけに配置された意思情報体だ。

魂魄から自我と必要な記憶、知識などを抜き取り、それらを使って再構築された神の手からなるアーティファクトの一種。

俺に様々なことを伝える使命を女神リーザから課されているらしい。


『まず最初に私は、≪意思情報体メッセンジャー≫ではありません。これは、残り少ない今の私の最後の力を使って、セーブポインターであるあなたに残した一方的な伝言の様なもの。邪神たちの感知が及ばぬこの場所にあなたが辿り着き、いつの日か、この伝言を発見できることを祈ります。あなたには、どうしても伝えねばならぬことがあります。今日を除いて、997日後。このニーベラントの世界は、滅びの時を迎えますが、それをあなたに救ってほしい。いえ、あなたにしか救えない状況にあるのです。過去をやり直せるセーブポインターの力を使って、破滅を回避する術を見つけて欲しい。セーブポインターには創造者である私にさえ、未だ把握できていない無限の可能性がある。その可能性を信じて、この使命を最後までまっとうしてほしい。あなたは私の最後の希望。時をさか……」


話の途中で、謎の美女の姿は掻き消えてしまった。


メッセンジャーではないと言っていたが、いったい何者だったのだろう。


997日後の滅亡。


彼女はそれを知っていて、たしかに俺にそれを救ってほしいと言っていた。

そして、セーブポインターの創造者であるとも。


話の筋からいくと、あれが女神リーザなのか?


すっごい美人だったじゃん。

ハリウッド女優とかいうレベルじゃない。

本当に女神だった!


「おい、大丈夫か? そこに何かあるのか」


「ああ、ごめん。待たせたね。はやく女神リーザと交信してみよう」


もっとじっくり考察したかったが、これからその女神リーザ本人と話すのだ。

今の伝言の意図を直接、尋ねればいい。


俺は、パウル四世をけしかけ、女神リーザとの交信を始めさせる。


「女神様の怒りに触れても知らんぞ」


「良いから早くやれ」


「くっ、……偉大なる女神リーザよ。高祖王との血の盟により、我が求めに……応じたまえ」


パウル四世がそう唱えると、祭壇奥のリーザ像から妙な気配が感じられた。


あれ? なんかこの気配どこかで……。


『フレデリック王の血を引く者よ。我は女神リーザ。この間、願いを叶えてやったばかりであろう?。何の用であるのか?≪強化異世界人召喚くじガチャ≫の結果に対する苦情なら聞かぬぞ』


野太く、低い声だった。

さっきの伝言の声とはまるで違う。

しかも、男が女の声真似してるような無理な感じがするしゃべり方だ。


こいつがリーザ?

じゃあ、さっきの女の人は誰なんだろう。

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