第228話 望郷

「ちょっと、待て。つまり、俺たちはもう二度と元の世界に戻ることができないということか?」


亀倉が憤り、パウル四世に掴みかかった。


「ヒィッ!」


妙な行動をしないように、パウル四世の両肩の骨を外しておいたのだが、薬になりすぎたのか、すっかり怯えてしまって、もはや威厳のかけらもない。

それと口を割らせるために、右手小指をへし折ったのだが、それでもう観念したのか、洗いざらいすべてを話し始めたのだ。


「……すまない。だが、我らも必死だったのだ。コゴロウ・ムツが裏切ったことで、この大陸に覇を唱えるという大望たいもうついえたばかりか、国家存亡の危機に陥ってしまった。コゴロウ本人はさほどの脅威ではなかったが、奴は一を十、いや百にも千にもできる異能者だった。二十年という歳月で、多くの魔人や魔物を生み出し続け、逆に我が国を滅ぼさんと、その魔の手を伸ばしてきおった。今はまだ持ちこたえれているが、時を置けば置くほど、奴の勢力は強まり、逆に我が国は疲弊してゆく。ここで一発、勝負に出る必要がある。お前たちの召喚はそう考えての苦渋の決断だったのだ。大量の供物を用意するために多額の国費を費やした。この日のためにどれだけの苦労と準備があったか……、お前たちにそれがわかるか?」


「そんなの、自業自得じゃないの。自分の野望を叶えるために召喚した異世界勇者に逆に滅ぼされそうになるなんてさ。それに、魔王はお前が思っているよりずっと強いと思うよ。たぶん、この世界で一、二を争うぐらいにはね」


「なぜ、この世界にやってきたばかりのそなたが、魔王のことを知っているのだ?」


「そんなことはどうでもいいだろ。指、もう一本、折られたいの? 」


「やめてくれ、そんな乱暴なことは……」


「じゃあ、次の質問だ。お前、俺たちをどうやって召喚したんだ? 女神リーザはもうこの世界にはいないんだろ?」


「そのようなことはない。女神リーザ様は、たしかにこの世界に居られる。お隠れになり、世俗との接触を自ら断たれただけだ。選ばれし我ら王家の者は、直に会話する手段を有している。お前たちを召喚できたのが何よりの証拠」


「会話する手段ね……。直通のスマホでも持ってるわけ? どうやって、その女神リーザと話をするのかな?」


「……」


パウル四世は口をつぐみ、顔を背けた。

これについては何としても話したくないらしい。


これ以上手荒なことはしたくないけど、仕方ない。

俺がパウル四世の左手を取ろうとすると、青山勝造あおやまかつぞうに身柄を押さえさせていたヤーガというらしい不気味な老婆が口を開いた。


「待て……。それについては、このババが話そう」


ちなみにこの婆さんには念のため、コマンド「まほう」の≪魔法封じストップ・マジック≫を施しておいた。

婆さんの魔法は、俺には通じないようだったけど、亀倉たちに何かされたら、面倒なことになる可能性も少しはあるかもしれないと思ったからだ。


パウル四世の家来たちは全員、玉座の間の外に放り出し、奪った武器防具の類は、亀倉たちに一応、身に付けさせている。


「ヤーガ!頭がぼけてしまったのか。それは我らの切り札。明かしてしまっては……」


「切り札も何も、この状況では役に立つまいて。異世界勇者たちを従わせるためにこの場に立ち会わさせた国内有数の名のある猛者たちもまるで相手にならず、おぬしが頼みとするバルバロス卿も北部の戦線からまだお戻りでない。ここは大人しく言う事を聞くのが最善じゃ。そのユウヤという少年の目……。この若さで幾多の死線を潜り抜けたようなそんな目をしている。人の生き死になど、どこか超越したような……。おそらく、我らを皆殺しにできるというのもただの脅しではあるまい。ここは、もはや女神リーザ様の思し召しに添う他はない」


猛者なんて、この場にいたんだ。

全員弱すぎて、まったく気が付かなかった。


「しかし……」


「ユウヤとやら。この城のはるか地下深くに、その祭壇はある。女神リーザと言葉を交わすことができる秘密の祭壇がな。そこには太古の昔、高祖王たるフレデリックがリーザの地下神殿から持ち出した紛れもない≪神器≫があり、それを用いれば女神との会話が叶うが、それを聞いてなんとするか?」


「……願い事でも言ってみるかな」


異世界勇者を召喚するための≪神器ガチャガチャ≫は、ターニヤがいた廃墟都市リーザイアの地下にあるはずだった。

そうであるにもかかわらず、なぜ自分たちを召喚したのがパウル四世たちであることには少し疑問があったのだ。

パウル四世たち王家の連中が、あれと同じものを所有している可能性もあると思ったのだが、このヤーガの話によるとそうではないらしい。


まあ、≪神器ガチャガチャ≫を作れる女神リーザなら、直接頼めば同じような芸当ができるかもしれないし、一応、つじつまは合う。


俺にとってラッキーだったのは、もし女神リーザと直接会話できるなら、これから訪れる終末の日の破滅を回避するようにお願いできるし、これですべてが解決するのであれば、万々歳だ。


「……ちょっと、いいか?」


一歩間違うとヤーさんみたいなファッションの亀倉が俺に話しかけてきた。


「その……女神に、俺たち全員を元の世界に戻してもらうっていうのはどうだろう。連れてこれるなら、帰すことだってできるだろう」


「まあ、そうかもね」


俺の返事に、亀倉はホッとした様子で表情を柔らかくした。


「き、君たちぃ! 何を勝手に話を進めているんだ。私は帰りたいなんて、一言も言ってないぞ。全員とか、一括りにするな!」


イチロウが甲高い声を上げて、話に割り込んできた。

一瞬で乱れた猫っ気の七三の前髪を、慌てて後ろの方に撫で上げつつ、亀倉を睨む。


「……そうか。すまなかったな。まあ、帰りたくない奴は別の願いごとをすればいい。俺は、何としても帰りたい。帰らなくちゃいけないんだ」


亀倉とイチロウのやり取りを見た他の転移者たちは複雑な様子だった。

自分が本当に元の世界に帰りたいのかどうか、わかりかねている。そんな雰囲気だ。


「あのさ、盛り上がってるとこ悪いけど、まだお願いを聞いてもらえるかわからないわけだし、ひとまずその地下の祭壇って場所に行ってみない?」


「そ、それもそうだな。すまない。少し先走った」


本当にこの人、元の世界に帰りたいんだな。


俺はそんな亀倉を少し羨ましく思いつつも、自分は一体、どっちなんだろうと、ふと思った。


希望的観測に過ぎないが、もし女神リーザが、希望者を元の世界に帰してくれるということになった時、それに俺も手を上げるのか?


変わらない日常。つまらない学校生活。決めかねていた進路。


家族にはもう一度、会いたい気もするけど、戻って一体その先、何が待っているというのか。


もし、今の肉体のステータスのまま帰れるなら、将来は有望だと思うけど、そんな都合のいい話あるのかな?


マルフレーサの話では、異世界勇者が元の世界に戻っていったという話は無いというし、まあ、あまり変な期待は持たないでいた方がいいかもしれない。


期待や希望は、裏切られた時、ショックが大きいからね。




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