第227話 Go back

なぜ滅亡の日の到来が早まってしまうのか。

俺は、頭が悪いなりに一生懸命考えてみた。


これまでで、最も遅く終末が訪れたのはストイックにムソー流杖術の継承者たらんと必死に修行したケースの997日目で、その時はまだこの異世界が滅びを迎える宿命にあることは知らなかった。


その後、俺が世界の滅亡を回避しようとしたり、原因をつきとめようと頑張った前々回はたしか700日を少し過ぎたぐらいの日で、やけになって自堕落な生活をしていた前回は、477日目に最後の日は訪れた。


前回と前々回のこのふたつのロードで、何か共通点は無いか。


思い返してみると、まったく別の生き方をしているようでも、ある疑わしい人物との出会いという共通点があり、それを突き詰めていくことが滅亡の原因を探る上で重要だと思い至った。


その人物というのは、言うまでもなく、バルバロスのことだ。


前々回は、≪救世会議きゅうせいかいぎ≫に国王に連れられて現れ、前回はイチロウの直接の上役として顔を合わせることになった。


この男が直接、世界を滅ぼす原因でないことはたぶん間違いないと思う。

そんな力は持っていないようであったし、何よりそれをするメリットもなさそうだった。


豪華な邸宅に、大勢の使用人を抱え、暮らしぶりはまさに王侯貴族という感じであったし、国家を支える重臣として地位も名誉も、臣下としては最高のものを得ている。

何らかの小さな不満などは、人間である以上、抱えているとは思うが、おそらく世界の破滅を望むほどのものではないだろう。


「絶望した!リア充は滅びればいいのに!爆発しろ!」


こんな感じのセリフは、たぶんバルバロスは口にしたこともないだろう。

世界そのものが滅びてしまえばいいと願う様なタイプの人間は、もっと切迫し、困窮した状況にあるか、自身の置かれた境遇に絶望して悲観していそうなものだ。


直に会ったバルバロスから感じられたのは、自らに対する並々ならぬ自信と言葉の端々から微かにのぞく強い野心だった。


俺は、バルバロスが世界の破滅の原因に何らかの形で関わっていると推理し、かつての自分であれば絶対にしないであろう、思い切った行動に出ることにした。


まずは、≪ぼうけんのしょ3≫の「はじまり、そして追放」をロードする。




「放せよ」


俺は両脇の兵士たちを力づくで振りほどき、城内に引き返すことにした。


慌てた兵士たちがそれを阻止しようと、俺に殺到してきたが、それを難無く倒し、歩を進める。


「大変だ!追放になった異世界勇者が乱心して、暴れ始めたぞ」


城の中はハチの巣をつついたような大騒ぎになり、城詰しろづめの騎士たちや兵士が次々と襲い掛かって来るが、もはや俺はレベル1で能力値オール1のユウヤではない。


得物を持たなくても、ムソー流杖術には、武器を奪われた際の想定から徒手の格闘術も備わっているし、何より今のステータスで誰かに負けることなど、ちょっと想像できない。


俺は引きずられるようにして連れてこられた経路をそのまま引き返し、玉座の間に戻って来た。


玉座の間には、宴の準備を待っていたのか、パウル四世と側近たち、そして地球から連れてこられた転移者たち全員がまだその場に残っていた。

大勢の側近たちの中に、お目当てのバルバロスはいない。

召喚儀式には立ち会っていなかったという話は本当だったようだ。


パウル四世たちは和やかに歓談していたが、戻って来た俺を見て、一様に驚いた顔をした。


「き、貴様……。何をしに戻って来た。いや、そもそもどうやって、この場に戻って来れたのだ。貴様を連行させた衛兵たちはどうした?」


「ああ、あの兵士たちなら城の前あたりで伸びちゃってるよ。途中、俺をさえぎってきたお前の家来たちも同様に倒して、ここまで戻ってきた」


「馬鹿な……。無職で、能力オール1の貴様にそのような芸当、できるはずが……」


驚き、成り行きを見守っている亀倉たちを尻目に、俺は一歩、また一歩と狼狽うろたえるパウル四世のもとにゆっくり歩み寄る。


「お、おのれっ、陛下に近づくでない!」


ふと我に返った側近たちが、俺の前を阻もうと腰の剣を抜き、壁を作る。


そして、それでも尚、歩みを止めない俺に向かって、目の前の近衛騎士が剣を振り下ろしてきたが、その刃を片手で無造作に払うと、得物ごと脇に吹き飛んだ。


「ば、化け物め。皆の者、かかれ、かかれぃ!」


俺は迫りくる大勢の敵の刃を悠々と躱しつつ、次々、相手を広間の床の上に這いつくばらせていく。

殺さぬように手加減した上で、急所を避けての打撃で戦闘不能に追い込む。


人体には、命に別状はないものの、激痛を与えられる個所などがあり、ムソー流杖術で学んだ相手を殺さぬ制圧方法を取った。

彼らに対する復讐が目的ではないので、無駄な殺生はしない。


遮る者はすべて打ちのめし、あとは臆病者たちと不気味な暗い色のローブを着た婆さんだけだ。


俺は、パウル四世の前に立ち、そして胸ぐらを掴んだ。


「ぐっ、放せ。苦しい……」


「おい、今から俺がする質問に素直に答えろ。もし、嘘を言ったり、逆らったりしたら、その場でお前を殺す。いいな?」


俺は、組織ファミリーの武闘派カランがやっていたように、落ち着いた態度ながらも、凄みの利いた睨みと声で尋ねた。

見た目が若くて、威厳が無いため、いまいち裏社会の住人たちのような迫力は出なかったと思うが、ひと暴れした後だったので、ちゃんと効果はあったようだ。

「くぅ~」という妙な声と共にパウル四世の足元に、少しずつ小さな水たまりができた。


あぶねえ、尿が前に飛んでこなくて良かった。

あんまり膀胱に溜まってなかったのかな。


「命だけは、命だけは助けてくれ」


「ちゃんと答えてくれたら、命だけは取らないでいてやるよ」


「何が、聞きたいのだ? はあはあ、……苦しい、少し力を緩めてくれ。息ができない」


「あのさ、魔王の正体って、陸奥小五郎むつこごろうっていう転移者なんだよね? 魔王を倒して、特殊な魔石だか何だかを手に入れれば、元の世界に帰してくれるって話、あれ、全部、嘘でしょ?」


「ぐっ、なぜそれを……。どこで知ったのだ」


パウル四世は、亀倉たちの顔を気にしつつ、呻くように驚きを口にした。

俺は、さらに胸ぐらを強く掴み、パウル四世の体を浮かせた。


「おい、質問に質問で答えるんじゃねーよ。この話が嘘だっていうのは、もうとっくにわかってるんだ。俺が聞きたいのは、なんでそんな嘘までついて、魔王を殺したいのかっていうことだ。たった一人の転移者を殺すのに十人も異世界勇者を召喚する必要なんかあったの?」


「……事情が……あったのだ。お前のような者たちに話しても理解できぬ、深い事情がな」


「事情? 何だよ、それ。こんな強引な手段で、俺たちを連れてきたのに、それを話せないっていうのか」


「話してやってもよい。だから、いい加減に我を降ろしてくれ、首の骨が折れそうだ。頼む」


俺は手を放してやることにし、パウル四世が床の絨毯の染みの上に尻餅をついた。


パウル四世は激しくせき込み、同時に後方の不気味な老婆の方を見た。


「げほっ。おい、ヤーガよ。何をしておる。お前の古代魔法で無力化できんのか、こやつを……」


「もうすでにやっておりますじゃ……。ババの十八番おはこの≪眠りの神の誘いインテェンス・スリーピネス≫も他の状態異常魔法もこやつには通じませぬじゃ。神の力を借りた魔法にさえ、まったく影響を受けぬとは……こやつはいったい……」


ヤーガというらしい老婆がガタガタと震え、怯えた顔で俺を見ている。


どうやら、この婆さんはローブと曲がりくねった杖の見た目通り、魔法を使うらしく、俺が気が付かぬうちに何度も魔法を仕掛けてきていたらしい。


「おい、抵抗しても無駄だって、わかっただろう。その気になったら、この場にいる全員をあっという間に皆殺しにできるし、もう観念して全部話すんだな」


俺は、床に落ちていた剣を拾って、その切っ先をパウル四世に向けた。












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