第九章 異世界到達者

第226話 到達者

また、駄目だった。


ミノルの失踪と青山勝造の死をバルバロスに報告し、それからしばらくの間は平穏な日々が続いたのだが、再ロードから477日目の深夜に≪最後の日≫が訪れてしまった。


その夜、俺はヴィレミーナと一生懸命に子作りに励んでいて、三回目のフィニッシュに到達して、しばらくふたり、寝台に並んで休憩していた。


俺の腕枕で、横になっていたヴィレミーナが突然、苦しみだし、そして息絶えた。


それから間もなく、大地が大きく揺れて、あの天変地異が巻き起こった。


服を着る暇もなく、慌てて屋敷の外に出た俺は、立て続けに起こる衝撃波や飛来する業火の塊など様々な脅威を耐え抜き、そして最終段階のあの凄まじいふたつの存在の激突シーンまで、なんとか死なずに耐え抜いた。


やはりレベル99は伊達ではなく、重症ではあったが、低酸素状態でもかなり持ちこたえることができた。


有象無象の矮小な星々の如き輝きを放ちながら襲い来る神々を、こともなげに蹴散らす禍々しい巨大な光。

そして後から遅れてやって来た赤き炎の竜。


前回にはわからなかったが、やはりこの二つの存在は、何らかの神であるようだった。

ペイロンやターニヤ、そしてジブ・ニグゥラなどとは比べ物にならないほどの途方もない量の≪神気じんき≫を備えていて、それを前にした俺は恐怖のあまり小便をちびってしまった。


全裸だったので下着を汚さずに済んだのが不幸中の幸いだ。

尿は、球状になってどこかに散っていった。


それともう一つ気が付いたことがあった。


それは大地の隆起から、地盤の浮上までの時間が今回は著しく早かったのだ。


まさにあっという間。

地面がゆで卵の殻のように、ひび割れた後は次々、剥がれていって、気が付いたらかなり上空まで運ばれてしまっていたのだ。

前回はなぜか王城付近が浮かび上がらず、まるでそのまま大地として留まろうとでもしているかのように見えたのだが、今回は他の部分同様にあっけなく廃墟と化し、その後、浮遊していた。


しがみ付いていた大地の断片の縁から、真下を覗くと、そこには今まで見たこともないような美しいエメラルドグリーンの輝く光の塊があって、思わずしばし見惚れてしまったほどであった。


あれはいったい何だったんだろう。

ものすごい光を放っているが、けっしてまぶしいわけではなかった。

ずっと眺めていたくなるような不思議な魅力があった。

何か、膨大なエネルギーが凝集したかのような存在感と、触れがたい神々しさのような雰囲気があったように思う。


それから間もなく、やってきた赤と黒の二つの存在の本格的な争いが始まって、それに巻き込まれる形ではなく、宇宙空間の環境に適応できずに俺は死んだ。




記帳所セーブポイントの部屋の戻った俺は、窒息死の苦しみと極度の凍傷によるものと思われる感覚に襲われながら身悶えたが、それが過ぎ去るまでどうにか耐えた。


前回の死の時に比べると、それでもかなり楽で、立ち直るまでに要する時間も短かった。


「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは何事だ!」


妖精の爺さんのセリフもバッチリ聞き取れた。

やはり、前回ほどはしんどくない。


家臣の人たちやお婆さんも心配そうな顔でこちらを見ており、俺が立ち上がるとホッとした様子で胸を撫で下ろしていた。


「……ねえ、妖精のお爺さんもあの最後の光景を見てるんだよね?」


「ああ、見たぞ。前回も見た」


「そっか……。まあ、ダメもとで聞いてみるけど、あれって何なのかな。俺にはどちらも神さまみたいな存在に見えたけど、でもおかしいんだ。俺がこれまで見た他の神様たちとはあまりにも違いすぎる。神さまってあんなに個体差っていうか、力の差があるものなのかな?」


「なぜ、そのようなことを吾輩に聞く?知るわけが無かろう!……と言いたいところだが、不思議だ。あの二つのうちの片割れを吾輩は、よく知っている様な気がするのだ……」


「うそっ、マジで!?どっちの方?」


「……あの竜の形をした赤い方だ。いや、知っているというのとは少し違うな。何か、懐かしい……。そんな気がした。スケさんとカクさんはどうだ? 何か感じたか?」


スケさんとカクさんというのは、記帳所セーブポイントの部屋に新たに加わった四人の家来のうちの二人のことだ。


スケさんはブロンドの長髪でイケメン風の若い優男。

カクさんは精悍な顔立ちの壮年の偉丈夫。


ちなみに、残りの二人はおギンとハチベエで、婆さんは婆さんのままらしい。


全員記憶を失い、自分の名前がわからない状態であるため、便宜上、そうあだ名をつけて呼び合っているらしい。


ちなみに妖精の爺さんは自分のことをゴロウコウと呼ばせているそうだ。


「はい……。私などは懐かしいというよりも恐ろしさの方が勝ります。ですが、たしかにあの存在が放つ雰囲気をどこかで感じたことがあるような……」


「俺もです。初めて見るはずなのに、体があの存在を敵だと感じていました。毛が逆立つような敵意と恐怖を俺自身も抱かずにはおれなかった」


スケさんとカクさんは互いの顔を見合わせながら頷く。


「そっか、なにか因縁があったかもしれないけど、思い出せない感じなんだね」


「役に立てず、かたじけない」


四人の家来たちは一様にうなだれてしまった。


「まあ、あれが何であるかわかったところで、あんなにすごい化け物相手じゃどうしようもないよ。気にしないで」


「まあ、そういうことじゃな。それで、ユウヤよ。今度はどうするのだ? また最初からやり直すのか?」


そう、それが問題だ。


今のところわかっているのは、俺が城から追放されて、その後、聖地ホウマンザンに籠って修行したあのパターンが最も世界の滅亡から遠く、それ以外のことをやると大抵、終末までの日数が短縮されてしまう傾向にあるようだということなのだ。


世界の危機を伝えるべく布教活動したり、裏社会の住人として自由気ままに過ごしてみたけど、いずれも予定の日よりはやく滅びが訪れてしまった。


何がいけなかったのか。

考えてもまったく思い当たる節は無かった。


青山勝造の死をバルバロスに報告したときも、別にこれといって揉めたりはしなかった。


バルバロスは悪びれた風もなく、青山勝造をけしかけたことを白状した。

それは俺の実力を確かめるためであり、使い物になるか判断の材料にしたかったらしい。

ミノルの失踪について予想外だったらしく、≪邪眼刀じゃがんとう≫の捜索と奪還を俺に依頼してきた。


このようにバルバロスとの関係は思ったよりも悪くはなく、むしろ俺を今後、頼りにするような話を聞いたばかりだった。


あれが演技ではないなら、バルバロスが世界滅亡の直接の原因である可能性は低い。


「なにか、色々と見逃してる気がするんだよね。そうなると、やっぱり最初からロードになるかな? まだ、知らないことも多いし、すべてをやり切ったという感じはない。あきらめるのはまだ早いって、少しずつ思えるようになってきたんだよね」


「そうか……。どうやら立ち直ることができたようだな。目に気力が戻っておる」


「そうかな。どぶ川みたいな目をしてるって、青山勝造には言われたけどね。まあいいや。≪ぼうけんのしょ≫の3で頼むよ」


あの居心地がいい組織ファミリーとヴィレミーナとの幸せな日々は名残惜しいが、どうせすぐ滅亡の日が来てしまう様なので、無かったことにするしかない。


俺の胸の中で、苦しみ、息を引き取ったヴィレミーナの美しい顔が脳裏に浮かんだ。




決して、子作りをしつこくせがまれすぎて、それが嫌になったわけじゃないんだからね。



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