第225話 ゼロ
そこはギャンブルを愛する神々にとってはまさに最後の楽園。
カード、ルーレットなどの古典的なものから、スロットやスポーツ賭博などの比較的新しい部類に入るものまで、全銀河に存在するありとあらゆるギャンブルが楽しめる。
最高級のホテルや各種様々な娯楽に関する施設が併設されており、この小惑星全体が、神々の欲望のすべてを体現したものになっている。
その小惑星の名は、≪レ・デルニエ・エスポワ≫。
最後の希望。
賭博神協会本部が運営する全銀河最高の公営カジノである。
「ああ……。そんな……嘘だろ。なんで、八回も連続で「黒」が来るんだよ。あり得ないだろ。しかもこの局面で……」
ペイロンは頭を掻きむしり、自分の膝を強く叩いた。
シングルゼロのヨーロピアンで、ほぼ二分の一の確率なのに、これほど「赤」を当てることができないなんて。
どれだけ、運が悪いんだ、俺は。
たった一回。
一回勝てれば、すべてを取り戻すことができるのに!
マーチンゲール法で倍々ゲームを続けていたペイロンは、今、破産の危機を迎えようとしていた。
マーチンゲール法というのは最も古典的かつ有名な手法で、カジノ必勝法として永らく愛されてきたものだ。 まず1単位賭け、負ければその倍の2単位、さらに負ければそのさらに倍の4単位、と賭けていき、一度でも勝てば直ちに1単位に戻す、という手法。
だが、この方法には欠点もあり、連敗が続くと賭け額は高騰し、資金が尽きて断念しなければならない事態に陥ってしまう。
だが、今回ペイロンは、ニーベラントの2300万人分の魂を使用することができ、その心配はないはずだった。
この圧倒的有利の状態で、ペイロンが選んだ賭けの種類は、ルーレットだった。
ルーレットは、最も古いカジノゲームの一つで、その華やかさと優雅さからカジノの女王とも呼ばれている。
ルーレットはペイロンが得意とするギャンブルのうちの一つで、その最大の魅力は還元率の高さだ。その数字は97.3%で、カジノディーラーがルーレットの
ルーレットには、ペイロンがギャンブラーとして最盛期だった頃の美しい思い出が多くあり、強い思い入れがあった。
「女神も、カジノの女王も、女はみんな俺に
これが、カジノでペイロンが勝利した時のキメ台詞だった。
調子が良かったころの自分を思い出し、最後の大勝負に出たところが不運の八回連続「黒」だ。
ペイロンは、頭の中が真っ白になり、それと同時に得も言われぬ安らぎのようなものも同時に感じていた。
ギャンブルの熱で焼かれた脳に、敗北と破滅が甘く囁きかけてきている。
≪レ・デルニエ・エスポワ≫に足を踏み入れた当初は、様々なギャンブルを一通り試してみて、その時は決して調子は悪くなかった。
王都の賭場で偶然出会ったあのユウヤという少年に、言われた「あんた、賭け事強いんだね」というあの一言があのあと妙に心に力をくれて、強気の勝負ができていた。
ありがとう、少年。
君のおかげで、チキンのペイロンを追い払うことができた。
俺は凄腕。賭博神養成学校の首席卒業生だ!
ペイロンは遠い目をしながら、ニーベラントのあの少年博徒に心の中で礼を言った。
流石に相手も超一流のディーラー相手なので、連戦連勝とはいかなかったが、割といい勝率でペイロンは手ごたえを感じていた。
最近には無かった強気のギャンブルができていたはずだった。
そして手持ちが増えた勢いに乗って、得意のルーレットの大勝負に出たのだが、いきなり窮地に陥ってしまった。
5万カジノコインの賭け額スタートで八連敗。
負けの総額は1275万。
人間の魂と交換したカジノコインは、あとおよそ1300万人分。
ここで撤退する手もあるが、それではマーチンゲール法は成立しない。
ルーレットの負け分である1275万人分を取り返すには、ここで勝負に勝ち、一気に挽回するしかないんだ!
弱気になるな!強気になれ!俺は、賭博神ペイロンなるぞ。
逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。
そう、逃げたらそこで破滅が確定する。
活路は前にしかないんだ。
今の調子で、他のギャンブルで勝てる見込みは薄い。
それにゼロを除けば、九回連続で「黒」が来る確率は、0.2%に過ぎない。
そんなの有り得ないだろ。
次は、絶対に「赤」だ!
「そろそろノーモア・ベットです。皆様方、よろしいですか」
ディーラーが挑発するような目でペイロンを見て、言う。
見てろ。今に吠え面かかせてやる。
「待ってくれ。「赤」に1300万だ」
ペイロンのベットに、周囲の客たちが「大勝負来たぞ!」と盛り上がる。
「よろしいですね。それでは、ノーモア・ベットです」
運命の瞬間。
ディーラーがウィールにボールを投入した。
ここから先のことをペイロンは、ほとんど覚えていない。
これまでの
涙で視界が滲み、周囲の大勢の観客たちの大絶叫が鼓膜を震わせた。
勝負を終えて、一人取り残されていたペイロンの記憶の中に残っていたのは、ディーラーの勝ち誇ったような「ゼロです!」の宣告だった。
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