第224話 静寂の騎士
「……嘘じゃろ。木っ端みじんになるどころか、傷一つないとは……」
何事もなかったかのように悠然と構えていた俺を見て、
やはりこの不動明王の彫り物を背に負ったご老人は、完全に俺を殺す気だったらしい。
「いや、酷いね。人の話も聞かないで、いきなり攻撃仕掛けてくるとかさ。俺じゃなかったら、たぶん死んでたよ。しかも、ひとの店の壁を壊してくれちゃってさ。これはバルバロスの奴に追加の迷惑料をもらわなきゃいけなくなっちゃったな」
「どんなトリックを使った? あの技を喰らって無傷などありえん。答えろ!」
「いや、今の攻防で実力差がわからない時点で、あんたは不合格だよ。もう興味はない。大人しく帰ってくれないかな」
コマンド「つよさ」で確認するまでもない。
この青山勝造は、破滅を回避するうえで戦力にはなりそうもない。
強さの比較でいえば、たぶんあのイチロウよりもだいぶ下だ。
もう一人のミノルとかいう痩せた鎧姿のやつもたぶんそんなに実力は変わらないだろうと、酒場の中にいたはずのミノルの方に意識を向け、そしてあることに気が付く。
……あれ? いつのまにか、ミノルの気配が近くから消えてしまっている。
まさか、逃げたのか?
「ふざけるな! 老いたりとはいえ、ワシはかつては≪不動明王のカツゾウ≫と恐れられた男だぞ。伊達に長いムショ暮らししとったわけではないわ。≪ 格闘王≫の技の真髄見せてやる!」
マジかよ。
この爺さん、本物の裏社会の人間だったのか。
青山勝造は、闇雲にラリアットやら、回し蹴りやら次々と様々な技を繰り出してくるが、まったく俺には当たらない。
ことごとく空を切り、そのたびに青筋を立てて悔しがる。
「おのれ、小僧……。もう、許せん。……我、武神なり!」
何か、自分に
青山勝造が、裂ぱくの気合を込めてそう叫ぶと、その全身が不自然なほど盛り上がり、隆々たるマッチョボディになった。
皮膚がパンと張って、顔のしわも目立たなくなり、幾分、若返ったように見えるが、代わりにズボンが裂け、千切れ飛び、純白のふんどしも外れてしまう。
「ふぉおおおおー!」
そして全裸の青山勝造は、そうした状況であることなどまるで気にも留めていない様子で跳躍し、俺の頭上から鋭い抜き手のラッシュを連続で繰り出してきた。
「くらえぃ!
おいおい、不動明王じゃなくて千手観音なのか。
それとも友情出演のようなものなのだろうか。
格闘家というより、拳法家みたいな技だし、なんか色々とツッコミたくなってしまうがそれをしたら負けだ。
そして、俺の目にはとても千手にみえず、ただムキムキの爺さんが連続で左右の手を突き出しているようにしか見えない。
しかも、その動きのほとんどはどうやら陽動のようで、肝心の攻撃は俺の目とのど元を狙った二撃のみのようである。
俺は迫る青山勝造のその二撃を、手首を掴んで阻止した。
青山勝造は両手を押さえられたまま、手首を握られた痛みに苦悶の表情を浮かべ、そのまま俺に地面に降ろされた。
「ねえ、もうやめない? あんたじゃ無理だよ。俺は殺せない」
「ぬかせ。まだ勝負はついておらん。ワシか、お前のどちらかが死ぬまで勝負が終わることはない」
それを言い終えた直後に、青山勝造の背後に突如、ぬらりと姿を現した者がいた。
ミノルだった。
ミノルは、俺が店内の壁に立て掛けて、置き忘れていた≪
斬られた青山勝造は白目を剥き、力なくその場に崩れ落ちた。
一瞬で青山勝造の中の≪理力≫も消えた。
「お、お前……。そこで、何してんの?」
俺はミノルの思いもよらない出現と行動に唖然としてしまった。
いつからそこにいたのか、どうやって移動してきたのか、まったく認識していなかったのだ。
まるで光学迷彩が施されでもしていたかのように、ミノルは完全に風景の中に溶け込んでいたようであり、気が付いたら、もう青山勝造の背後に立っていたのだ。
ミノルは俺に目を合わせずに、持っていた≪邪眼刀≫を震わせながら、微笑んだようにみえた。
薄く、紫色の血色の悪い唇をわななかせ、頬は引き攣っていた。
「ぼ、僕、カツゾウを殺しました……」
「そんなこと聞いてるんじゃないよ。仲間なんだろ? どうして、殺したんだよ?」
「仲間なんかじゃないです。僕、ずっとこの人が嫌だった。普段は穏やかで良い人ぶってたけど、何かある度に不必要なほど着替えをして、背中の入れ墨を見せびらかすんです。まるで、「わかってるな。口の利き方と態度に気を付けろよ」って言ってるみたいに。自分の考えを常識みたいに僕に押し付けてくるし、親し気に肩を組んでくるんだけど、首根っこ掴まれてるみたいで、僕は嫌だった」
「そんなの直接嫌だって言えばよかったじゃないか。わざわざ殺さなくたって」
「……僕は自由になりたかった。魔王討伐隊だなんて一括りにされて、集団行動。最初の方は不安で不安で
そんな理由で青山勝造を殺したのか。
こいつ、かなり危ない奴かもしれない。
「僕がどうやって隠れていたか、知りたくないですか? 僕はね、自分の影の薄さを極限まで強化して、他者が認識できないようにするスキルを持っているんですよ。笑っちゃいますよね。みんなの目には、≪聖騎士≫が僕の≪
ミノルの姿が足元からスーッと消えていく。
「おい、ちょっと待て。その刀はヤバいんだ。置いていけ!」
歩みよったが、ちょっと遅かった。
今度は先ほどとは違う離れた別の場所から弱弱しい声が聞こえてきた。
「ユ、ユウヤくんで、良いんですよね?年下だから? ……僕はユウヤくんには感謝してるんですよ。お礼を言いたい。ずっと、どうにかしたかったカツゾウを殺すチャンスを作ってくれたし、それとこの……しゃべる刀、≪邪眼刀≫と僕を引き合わせてくれたんだから」
いきなり饒舌になった上に、くん付けか?
お前だって序列付けてるじゃねーか。
「その≪邪眼刀≫で何をする気だ!」
「だいじょうぶ。心配しなくても良いですよ。僕がユウヤくんに勝てないのは、さっきのカツゾウとの戦いを見ていてわかりました。どんなに認識されずに近づけても、たぶん攻撃態勢に入って認識阻害が解除された状態からでも、余裕で躱されてしまう。≪邪眼刀≫もきみと戦うのは止せと忠告してくれてますからね。だから僕はこの国を離れます。そして、遠いどこかの国でこの≪邪眼刀≫を使って、人間が一人も住んでいない≪
ミノルの声が消え、おおよその居場所もわからなくなった。
手に持っている≪邪眼刀≫の≪神気≫も消えているし、使い方によってはかなりヤバいスキルだ。
「馬鹿野郎……。人がいないところが理想郷だったら、最初から山奥にでも一人で住めよ……」
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