第223話 バルバロスの使い
『おい、尾行されてるぞ。それも複数人だ』
「わかってるよ。二人、いや三人かな。屋敷を出た時からついて来てる」
右手に持った≪
そして、気が付かないふりをしつつ、あえて寄り道せずに、真っ直ぐ組織のアジトに帰る。
尾行されるのは、ある程度、想定内だ。
バルバロスの身になって考えてみれば、得体の知れない俺の素性も確かめずにそのまま信用するはずはない。
尾行者を巻くことはもちろん可能だけど、俺の目的はあくまでもバルバロスの信用を得て、今すぐの世界滅亡を回避すること。
下手な動きを見せてバルバロスの警戒心を煽るより、今は大人しくしてる方が利口というものだろう。
今のところ、バルバロスは世界滅亡の引き金となるキーマンだと俺は思っていて、それを確かめるまではあまり刺激したくない。
そしてできれば、ヴィレミーナや
だから、できるだけバルバロスと対立しない流れに持っていきたかったし、向こうが危害を加えようとしてこない限り、俺の方からは接触しない考えだった。
この尾行者たちには裏社会の住人であるという俺の話が本当であることのウラを取らせ、バルバロスに報告してもらおう。
それから数日ほど、尾行者たちを引き連れて行動することになったが、向こうから何かを仕掛けてくるということもなく表面上は変わらぬ日常が続いた。
やがて尾行者の数が、二人、一人と徐々に減っていき、ついには誰にも後をつけられていないという状況になったのだが、それから間もなくのある
組織が経営している酒場の隅の方で、客が賑わう店内の様子を眺めつつ、ひとり杯を傾けていると、二人の男が俺が陣取っていたテーブルの向かいの席に腰を掛け、話しかけてきた。
一人はかなり高齢の男で、もう一人は挙動不審な感じのする
「ここに座ってもよろしいかな?」
俺は彼らの顔に見覚えがあった。
この異世界に召喚された日に、あの城にいた他の転移者の中に彼らの姿があったと思う。
俺はすぐに追放されてしまったので、名前まではわからない。
「どうぞ」
「ワシは、
「まあ、なんとなくは……」
「あの時は、庇ってやれなくて悪かったな。みんなそうだったと思うが、何せこんな突拍子もない状況になってしまったもんだから、自分のことで精いっぱいだったでな」
「ぼ、僕も……すいませんでした」
「別にもうそんなことはどうでもいいけど……。そんな話をするためにわざわざ来たの?」
「いやぁ、ワシらは、お前が先日訪ねたあのお方の使いで来た。同じ異世界勇者の方が話しやすかろうという配慮でな。今後はワシか、ミノルのどちらかが、お前さんとの連絡係になる。それと、これはあのお方から預かって来た」
青山勝造は革袋をひとつ取り出すとそれをテーブルの上に置いた。
金属の音がしたので、たぶん俺が要求した迷惑料だろう。
中身が金貨なら相当な額になる。
だが、俺はそれに手を付けず座ったまま、壁を背もたれ代わりに寄りかかる。
「へえ、そうなんだ。まあ、俺はいちいち呼びつけられるよりそっちの方が楽でいいけどね。用事はそれだけ?」
「……表向きの用はそれだけだが、もう少し、よろしいかな?」
「良いけど、ここ俺の店なんだよね。何も注文しないで居座られても困るんだけど……」
「ワシは健康を気遣って禁酒してるし、ミノルは下戸だ。まあ、そんなに時間は取らせんよ。聞きたかったのはイチロウのことだ。どんな最後だった?」
「どんなって……普通に、俺に斬りかかって来て、返り討ちにあった。そんな感じだったけど……。そんなこと聞いてどうするの?」
「いや、九人もいた魔王討伐隊のメンバーも、死んだり、行方不明になったりで、もうたった三人になってしまったからな。イチロウは皆から嫌われとったが、それでも一応は仲間。聞いておきたくてな」
「そっか……。じゃあ、当然、仲間を殺されて、俺のことは恨んでるよね」
青山勝造は、俺の問いには答えず、じっとこちらを見つめている。
日に焼けた皺だらけの顔は何を思うのか、表情が乏しく、読みにくかった。
「なにやら生きづらそうにしておったし、これは、これでよかったのかもしれん。だが、いかんな。短い期間とはいえ、背中を預けた仲間。情が移ってしまってな。あいつには一度、戦場で危ないところを救われたことがあって、その借りをまだ返しておらんのよ。なあ、お前さん。たしかユウヤという名前だったな。もう一度聞くが、イチロウの奴はどういう風に死んだ?もう一度、チャンスをやる。素直に答えてはくれんか……」
この爺さん、呆けてるのか。何で同じ質問を二度も?
「いや、だからさっき言った通りだって。付け加えるなら、殺す気はなかったけど、手加減間違っちゃって……」
「もうよい!まだ年も若いし、見逃してやろうと思ったが、近頃の若い奴は性根が腐っとるんだな。ワシだけは、あのお方から聞いてるぞ。同じ異世界勇者だと言って誘い出し、酒に酔わせて前後不覚にしたところを徒党を組んで殺した……そうなんだろう! 追放されるほどに弱かったお前さんが、普通の方法で、あのイチロウを殺せるわけが無い」
青山勝造はテーブルを強く叩き、語気を荒げた。
そしてやおらその場で立上り、諸肌を脱ぐと背中の色鮮やかな不動明王の彫り物を見せつけてきた。
その入れ墨は痩せて、貧相な感じが漂っていたが、思わぬ展開に思わず唖然としてしまった。
事実と違うと反論することも忘れてしまうほどに。
店の客たちも何事かとこちらに注目してしまっている。
「カ、カツゾウさん、その話、本当なんですか」
傍らのミノルが青ざめた様子で、か細い疑問の声を漏らした。
「会って話をするまでは、ワシも半信半疑じゃった。だが、こいつの目を見て、ワシは確信した。こいつの目……、これは堅気の人間の目ではない。あやうく若い、少年のような見た目に騙されそうになったが、こいつの目は人殺しの目だ。どぶ川のように濁って、人の命などなんとも思っていない。この若さで、どんな生き方をしたらこんな目になるのかわからないが、極道のワシなどよりもずっと多くの死を見つめてきたようなそんな目をしている。おそらく、顔色一つ変えずに、卑怯なやり方でイチロウの命を奪ったのだろう」
まあ、イチロウを殺しちゃったのは事実だし、昔に比べて、人の死に鈍感になってきているかもしれないのは思い当たる節も無いわけではない。
たしかに他人の死にも、自分の死にも徐々に慣れてきてしまっている。
だが、それでも親しい誰かの死は胸が張り裂けそうになるし、自分の目がどぶ川に例えられてしまうのはすこしショックだ。
「ちょっと、待ってよ。イチロウは、俺が呼び出したわけじゃないし、酒にも酔わせていない。徒党を組んでというのも嘘だし、少し落ち着こう。話せばわかる。話せば……」
青山勝造は、なにかカンフー映画のような構えをしたかと思うと、「問答無用!」と強く一声。
テーブルを押しのけて、そのまま、右肩の背面側を突き出して、体当たりのような技を俺に繰り出してきた。
強く、鋭い殺気。
この爺さん、普通に俺を殺す気だ。
青山勝造の全身からは、青白い≪理力≫が漲り、その肩からは闘気の塊が発せられた。
やれやれだ。仕方がない。
俺はため息をつきつつ、テーブルの上から宙に浮きあがった革袋を一瞬で素早くキャッチすると、この店を任せているアンナの方に優しく指で放ってやり、青山勝造の攻撃は自分の≪理力≫で防御しながら、されるに任せてみた。
ガードしなくて、怪我ひとつしないだろうが、お気に入りの服が傷むのは嫌だったのだ。
躱したり、その威力を相殺することも
それともうひとつ。
少し相手の強さを見てみようと色気を出してしまったのだ。
青山勝造の攻撃は俺ごと酒場の壁を突き破り、屋外にそのまま二人で出てしまった。
吹き飛ばされた俺は、空中で体を回転させて勢いを殺すとそのまま地面に何事もなかったかのように着地した。
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