第222話 オッラァ!

ジブ・ニグゥラには強気の態度を見せていたが、俺は内心ではかなり意気消沈してしまっていた。


思いがけずにイチロウをあやめてしまったことへの罪悪感もあったが、何よりこの出来事により、終末の日までの日数が短縮されてしまった可能性があるからである。


ジブ・ニグゥラを消滅させてしまった展開では、その後すぐに滅びがやってきた。


今回はジブ・ニグゥラをうまく懐柔かいじゅうできたことで、今のところ周囲にそういった兆候は見られない。

だが、これから会いに行くバルバロスとのやり取り次第では同じような結果になるのではないかという懸念が拭えないでいたのだ。


ジブ・ニグゥラの話では、バルバロスの背後には、彼を操って何らかの目的を果たそうとしている黒幕のような存在が確かに存在しているらしい。


その黒幕が、イチロウの死をどのように受け取るかで、未来が大きく変わってしまう。

そんな気がしている。


逆に、今回の件で世界滅亡のスケジュールに影響が無いようであれば、バルバロスとイチロウは、その原因に関する要素としては、である可能性が高まる。


ジブ・ニグゥラの消滅が本当に終末しゅうまつが早まった原因だったのか。

それについての検証にもなるので、俺は直近の≪ぼうけんのしょ≫の記録をすぐ再ロードするのを思いとどまったのだ。


想定外の展開だからこそ、見落としていた何か新たな事実がわかるかもしれない。




最近思うのだが、人生において、失敗というものも案外、悪くないものかもしれない。

これまでの俺は、失敗することを恐れて、それを避けて生きてきたようなところがあった。


失敗したくないから、最初から挑戦しない。

上手くいかなくなりそうになるとすぐ諦める。

態度を保留し、自分の失敗にされないように立ち回る。


これが異世界に来る前の、紛れもない俺の人生のスタンスだった。


だが、こうして異世界でセーブポインターとなり、セーブとロードを繰り返すようになって、気が付いたことがある。


失敗の先にも新しい発見があって、さらにそのまま人生は続くのだ。


失敗したからって、必ずすべてが駄目になるわけじゃない。


俺はこれまで不必要に、失敗を恐れていた気がするのだ。


さらに今の俺には過去に戻ってやり直す能力がある。

結果を恐れず、まずは当たって砕けてみよう。



バルバロスの館に着いた俺は、敷地の囲いの外の門番に、火急の用事だと伝え、主に至急、取り次いでほしい旨伝えた。

「死んだイチロウについての話だ」と付け加えることを忘れずに。


事の重大性が伝わったのだろう。

間もなく俺は中に通されて、そして王軍司令バルバロス・アルバ・ゼーフェルトゥスとの謁見が叶った。


バルバロスは、脂が乗り切った感じの風格ある男で、年の頃は四十代の後半くらいに見えた。

高貴な意匠の黒衣に身を包み、腰には剣を佩いている。

おそらくは得体の知れない訪問者である俺への備えなのだろう。


供の者はおらず、よほど自分の強さには自信があるらしい。


「……イチロウが死んだというのは本当なのか?」


「ああ、俺が殺した。この≪邪眼刀じゃがんとう≫がその証拠だ。ウチの組の縄張りの近くで辻斬りなんかしやがるから、始末させてもらった。イチロウの口から、アンタが飼い主だって聞いたんで、わざわざやって来たわけだが、親切心からこんな場所に来たわけじゃないことは、……わかるよな?」


俺はできるだけガラが悪く見えるように、不自然なほど顔を歪ませ、凄んで見せた。

組の若い連中、しかもできるだけ三下のチンピラ風をイメージしたのだが、うまく演じることができただろうか。


「……何が言いたい?」


「察しの悪いダンナだぜ。アンタの飼い犬の不始末なんだ。迷惑料を払うのが当然の筋ってもんだろ」


「なるほど、金目当てか。いくら欲しいんだ?」


これでいい。

金目当てのゴロツキだと思ってくれれば、逆に俺に対する警戒の度合いが下がるというものだ。


「こちら側からいくらとは言えねえよ。あんたの誠意が伝わるだけ払ってくれればいい。誠意って言葉の意味はさすがに分かるだろ?」


「わかった。そのように手配しよう。だが、その前にいくつか聞きたいことがある」


「聞きたいことだぁ~?」


なんか、顔がりそう……。

裏社会の人って表情筋強いな。


「そうだ。まず第一にイチロウほどの手練れをお前のような年端もいかぬようなチンピラが殺せたとはにわかに信じがたい。それと、もう一つ。≪邪眼刀≫よ。なぜ、この者を支配下に置かない? その辺りのところ、申し開きがあれば聞かせてもらおう」


バルバロスの鋭い視線が、俺が手に持っている≪邪眼刀≫に注がれている。


『バ、バルバロス。我も困惑しておるのだ。この者にはなぜかありとあらゆる精神攻撃が通用しない。なんらかの特別な力をこいつは持っているみたいなんだ。イチロウとの会話では、こいつも異世界勇者とかいう奴らしい!イテッ……』


俺は持っていた刀の柄部分をひとさし指で軽くはじいた。


「余計なことを言うんじゃないよ。俺様が、異世界勇者だってバレちゃっただろ」


「……異世界勇者だと? そうか、お前……城から追放されたというユウヤとかいう奴か。俺は北の砦で魔王勢力と対峙していたため、召喚儀式には立ち会っていなかったが、≪職業クラス≫の加護を受けていない出来損ないの転移者がもう一人いたという話は聞いている」


「バレちゃあ仕方ないね。そう、俺がそのユウヤだ。お前らの身勝手のせいで、散々ひどい目にあった。死ぬような思いを沢山しながら、流れ流れて、行き着いた先が、この王都の裏社会だった。ようやく、自分の居場所を見つけたと思った矢先にあのイチロウが現れて、こっちは迷惑をこうむったんだ。四の五の言わないで、とにかく償え!オッラァ!」


「≪邪眼刀≫を手にしたイチロウを返り討ちにできるほどの強さはどうやって得た? 成長限界の訪れも早く、基本的に能力値も低い。≪無職ノークラス≫ が≪大剣豪≫に勝てる道理などあるまいが……」


無視かよ。

まあ、良い感じに見下みくだされ始まったな。

ステータス見せろとか言われたらどうしようかと思ったけど、こいつ、思ったよりチョロいかも。


でも、まったくその辺の理由については考えてなかった。

急いで考えなきゃ。


「どうやってだとぉ~。お前、それは……。決まってんだろ。……怒りだよ。穏やかな心を持ちながら、無職に対する差別と偏見に対する激しい怒りによって目覚めた伝説の無職……。それがスーパー無職こと、このユウヤさまだ!」


「……伝説の無職。なるほど、異世界勇者には謎が多く、そういったこともまったく無いとは否定はできまい。そもそもが生贄を要する異世界勇者の転移に、無職の者が召喚されること自体あってはならないことなのだ。おそらく陛下は、お前の初期能力のみに目を奪われ、追放を決めたのであろうが、お前の話が本当だったとすると浅慮せんりょだったという他は無いな」


「そういうことだ。あの国王のせいで、本当に辛酸をなめさせられたぜ。今でもあの時のことを思い出すと俺ははらわたが煮えくり返るんだ。そのときの苦労に見合うだけの金、女、地位、名誉。そのすべてを俺は手にする権利がある。違うか?」


「ユウヤよ。愚かな我が従兄、パウル四世がしたことだが、この私が詫びよう」


「くくくっ、いいぜぇ~。あの国王と違って、お前はずいぶんと話が分かるようだな。報酬次第によっちゃあ、今後、お前になら協力してやっても良いぜ」


「……お前が、この私に協力すると?」


「ああ、イチロウに代わってこの俺様がお前の忠実な番犬になってやってもいい。この邪眼刀から聞いたんだが、おたく、何やら色々と後ろ暗いことをイチロウにさせてたんだろ? そういうのは得意だぜ」


「邪眼刀、お前はどう思う。仲間に引き込んでも良いと思うか?」


『こいつは、金と女にしか興味がない下種げすだが、実力はイチロウを退けたことから見てもわかるように申し分ない。我との相性もいいし、役に立つのは保障しよう』


よし。ちゃんと打ち合わせ通り。

裏切るそぶりを見せたら、本当にへし折ろうかと思ったけど、ジブ・ニグゥラはよほどこのバルバロスの裏にいる奴に自分の失態や弱みを知られたくないらしい。


「へっ、そういうことで今後は、よろしく頼みますよ。バルバロスの旦那!」


俺は不敵な笑みを頑張って浮かべて、胸を張ってみせた。



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