第221話 酷い奴ら

突如現れたユウヤという名の少年に、なかば強奪される形で所持されることになった≪邪眼刀じゃがんとう≫こと、それに宿る邪神ジブ・ニグゥラは、ひどく困惑していた。


これまで自分の支配の力が及ばない人間など出会ったことはなく、たとえそれが英傑と人々に謳われるような実力者であっても例外ではなかったのだが、このユウヤに限っては操るどころか、得意とする精神攻撃の類の一切が通用しなかったのだ。


実体を失い、こうして依り代である刀にすがるしかない今のジブ・ニグゥラにとってはもはや打つ手なしという状態であり、「変な行動をしたら、へし折る」という脅しを受けている以上、言いなりにならざるを得なくなってしまっていた。

ユウヤの右手にしっかりと握られてしまい、何もできない状態で、ジブ・ニグゥラにできることは思索だけだった。



それにしても異様な存在だ。


あのイチロウもそうだったが、このニーベラントに住む、いや、これまで自分が知るどの人種ひとしゅとも大きくその性質を異にしている。


たしか異世界勇者という呼称であったか。


イチロウの記憶を盗み見たところ、異世界勇者とは、あの≪奇跡の星≫と称される地球から連れてきた人間たちのようだったが、地球人にそのような力はないはずだった。


地球人が優れているのは、もっとも神に近い性質を有し、その確率は稀ではあるものの、修行や精進によって神にさえなり得るとされる最高級品質の魂だ。


肉体の性能についてはむしろニーベラント人の方が優れているくらいだったはずで、地球人がこれほどの戦闘能力を備えた肉体を有していること自体、ジブ・ニグゥラの理解の範疇はんちゅうを越えてしまっていた。


いかなる方法を使って、この奇跡を成し得たのか?

ジブ・ニグゥラには想像さえつかなかった。


女神リーザがこの星を去って、かなりの年月が経つはずなのに、このユウヤの肉体からその痕跡とでもいうべき、神の力の関与を感じるのも奇妙だった。

自分がこのユウヤに恐れを抱いたのは、今の所有者であるイチロウをはるかに超える戦闘力を備えているであろうことを、この神眼で見抜いたからだけではない。

この少年が纏う様々なが入り混じったような独特で異質な気配のその中に、なぜか女神リーザの面影を見てしまったからだ。


実はイチロウにも微かに女神リーザの関与を匂わせる程度のものは感じていた。

だが、ユウヤの場合はその比ではなかった。


奴を目の当たりにした瞬間――。


あの日、あの時。無残にも女神リーザによって引き裂かれたあの恐怖が、まさに脳裏に蘇ってきたのだ。

そして気が動転して、打ち震えた。

イチロウのユウヤに対する蛮勇を制止することも敵わなかったほどに。



当時、おのれを邪神群の中の強者であるという自負を持っていたジブ・ニグゥラは、その妹神いもうとがみのターニヤを人質に取り、女神リーザを呼び出すと、一対一の真っ向勝負を挑んだ。

これは、見ず知らずの他の邪神からの依頼による行動だったのだが、前払いの魂も気前が良かったため、二つ返事で引き受けたのだ。

神々の法の庇護を受けない邪神である自分が、平穏な世界で生まれ育った世代の神、それも器用貧乏の万能神のたぐいなどに負けるわけなどない。

その時は本気でそう思っていた。


勝利の暁には、このニーベラントの支配権をとある神に譲るという神々の誓約うけいをさせ、いざ勝負が始まったのだが、怒り狂った女神リーザに一方的に蹂躙され、そして神体しんたいを素手で縦に真っ二つに引き裂かれた。


その時の女神リーザの姿は、猛々しくも、美しく、まるで邪神の同胞たちさえも持ちえない狂気を孕んだ、暴力の化身のように見えた。


永らくこのニーベラントで続いた人界、魔界、幻妖界の三界による三つ巴の戦いの終止符を打ち、支配神として抜擢されたスーパールーキーだという話は聞いていたが、世界管理のための様々な能力にその素養を割り振らなければならない万能神タイプは根本的にこうした戦いには不向きであるというのが神々の世界の常識であったのだが、女神リーザにそれは当てはまっていなかったのである。


戦いが始まる前の様子は、凛々しくも、そうした狂暴性など微塵ものぞかせていなかった。

容姿が優れて美しいだけの小娘。

神の気を抑えていたのか、表面上はか弱い女神にしか見えなかったのだ。



「おい、そろそろバルバロスの館に着くぞ。手はず通りやるから、口裏を合わせろよ」


本差しをさやに入れたまま手に持ち、肩で風切って歩くユウヤに声をかけられ、ふと我に返る。


ちなみに今度は脇差の方を、王都のはるか東にある険しい山の山頂近くの場所に埋められ、隔離されてしまった。

常人では掘り出せないほどの地中深くに。


まったく、酷い奴らだ。

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