第220話 ムーディーライト

「ん? お前の顔、どこかで見たことが……。そうか、思い出した!お前、集団転移の直後に城から追放された≪無職ノークラス≫の無能だな。名前はたしか……ユウヤ!そうだ。その間が抜けたような覇気のない顔は、間違いない」


ひどい言いようだ。

この異世界ではけっこうモテてると思うんだけど、こいつの目にはそんな風に映っているのか。


覆面姿のイチロウは突如、構えを解き、切っ先を俺の顔の方に向けて、話しかけてきた。

時代劇風の口調はどうやら、やめたようだ。


「そうだけど、あのさ……何でこんな辻斬りみたいな真似してるわけ? ちまたの話では、出世して、貴族にまでなったらしいじゃない。それなのに、最近、相次いでいる不審死事件。あれもお前の仕業だよね?」


「……お前のような無能にはわかるまい。人は立身出世して、それなりの地位になるとそれに応じた重責とストレスを背負い込むようになるのだ。健全な心を保つには、それなりの発散場所が必要になって来る。それに、わが愛刀のこの≪邪眼刀じゃがんとう≫が人間の血と魂を欲してやまないのだ。ちょうどいい。お前の命も、この≪邪眼刀≫に捧げてくれる! さっきの男を喰いそびれて、さぞ立腹しているであろうからな」


だが、その時、突如、イチロウの手に持つ本差しが小刻みに震え、奇妙な音を鳴らし始めた。


「なにかヤバい? 逃げろ?……どういうことだ? そうか、腹がきすぎて、気が動転してるのだな。待ってろ、今、若い魂を喰わせてやる。……くくくっ、それにしてもお前、ついてないな。こんなところで、俺に出くわすとは、同郷のよしみだ。苦しまないように、一思いに殺ってやる。感謝しろよ」


俺の強さを察することすらできないのか、イチロウは完全に油断していた。


完全に俺のことを、能力オール1の≪無職≫だと思い込んでしまっている。


無警戒に俺の間合いに入って来て、無造作に片手で刀を振り上げた。

そして、驚くほどゆっくりその刃で俺の肩口を斬りつけようとしてきたのだ。


この程度の相手に、俺の長杖を使うまでもない。

こいつの強さは、以前、コマンド「つよさ」で把握済みだ。

このぐらいの手加減でいいだろうと、俺は斬撃を避けつつ、一気に間合いを詰め、平手でイチロウの左頬を打った。


俺が、用があるのはあくまでも≪邪眼刀≫だ。

イチロウには少し眠っていてもらおう。


あの広範囲の人間の魂を吸い取る理・満・蝕・余・波リーマンショック・ウェーブを使われても困るからね。


「ぶべばっ!」


イチロウの顔を隠していた黒い頭巾が、勢いで外れ、細くしなやかな髪質のバーコードヘアーが姿を現した……のも束の間、首が何度も回転しながら、イチロウの体はきりもみ状に吹っ飛んでいったのだ。

本差しもその手を離れ、どこかあらぬ方向に飛んでいく。


おかしい。レベル99にしては、弱すぎる!

こいつ、もしかして、この展開だとレベルをマックスまで上げなかったのか?


「やべー、やっちまった」


俺は慌てて、飛んでいったイチロウの体に追いつき、それを空中で抱き留め、地上に降りた。


イチロウはもうすでにこと切れていて、首が明後日の方向を向いて、ぐにゃりとしていた。


俺はイチロウの亡骸をそこに横たえ、そっと両目の瞼を閉じてやった。


「ごめん。今回は死なさないようにしようと思ったのに……」


ちゃんと、コマンド「つよさ」で確認してから平手打ちするんだった。

俺は心の底から後悔した。


そして、同時にあることに気が付いてしまう。

ジブ・ニグゥラが消滅してなくても、イチロウが死んじゃったらまた世界の破滅が前倒しでやってくるかもしれない。


「……ねえ、そこのところ、どうなの?イチロウが死ぬとどうなるのかな」


俺はふとイチロウの腰にあった脇差わきざしの柄の部分の瞳の模様が見開かれ、こっちを見ていることに気が付き、声をかけた。


「ジブ・ニグゥラ……本当はしゃべれるんでしょ?黙ってないで、俺の質問に答えろよ」


『な、なぜわれのことを……?それに、お前は一体何者だ。如何いかに弱り切った状態であるとはいえ、神である我をここまで怯えさせるとは……』


「質問してるのは俺の方だ。所有者であるイチロウが死ぬと何か困ったことになるのかって聞いてるんだ。答えろ」


俺は裏社会の人間がするようなドスの利いた声で再び尋ねた。


アーレントやカランが良くやるように、座った目で、とことん強気に要求してみよう。

なぜか、ジブ・ニグゥラは怯えているようだし、心理的には俺の方が優勢であるようだ。


『……べ、別に困りはしない。強力な使い手がいなくなることで、不便だが……。そんな事より、われの半身だ!もう一本の本差しの方を探してくれぇ! さっきの平手打ちでどこか、水の中に落ちてしまった。川だ。多分近くの川の底だと思う』


「放っておいたら、どうなるの?」


『それこそ大変なことになる。依り代である刀が錆びて、朽ちてしまったら、リーザが施した封神ほうしんが解けて、現世に留まれなくなる。消滅してしまうのだ』


「でも、ここにもう一本あるから完全に死にはしないでしょ」


『……それはそうだが、失われたら半身はもはや二度と復元できない。元の一つに戻れなくなってしまう……』


「そんなのは知らないよ。まあ、たぶん、そんなにすぐには錆びないだろうし、お前が俺の言う事ちゃんと聞いて協力してくれたら、考えても良い。なんかわからないけど、お前たちが帯びている気のようなものをいつの間にか感じ取れるようになってたみたいだからね」


『協力だと? お前はいったい何を我に望んでいる?』


「そうだな……。まずはお前とバルバロスとかいう奴の関係について聞こうか」


イチロウがかつて言っていた「あのお方」というのは、おそらくバルバロスのことだろう。

そうであるならば、この≪邪眼刀≫をイチロウに与えたのもバルバロスであり、この線をたどれば、今まであまり関わって来なかった国王側の事情が分かるかもしれない。


『バルバロスだと? あんな奴は、このイチロウともどもただの使いっ走りの人間に過ぎない。本当に恐ろしいのは奴の背後にいる存在だ。そいつは、かつての我と女神リーザの遺恨をも知っていて、それを己が目的のために利用しようとしたのだ』


「そいつって何者なの?」


『……それは我にもわからぬ。常にバルバロスを通じてしか接触して来ぬし、正体を明かそうともしない。おそらくは我を知る古き神々のうちの何者かであろうが、こちらとすれば、約束さえ守ってもらえれば、相手が誰であろうと大した問題ではない』


「なるほどね。なんか、闇バイトみたいだね」


『闇バイト? なんだ、それは』


「ああ、ごめん。それはこっちの話。とにかく、そのバルバロスという奴を取っちめれば、色々と面白い話が聞けそうだということはわかった。その約束についてもおいおい詳しく聞かせてもらうとして、このままだと、さっきの酔っぱらいが衛兵連れて戻ってきちゃうかもしれないし、色々とまずいよね。イチロウは、いまや貴族さまらしいから、大騒ぎになっちゃうし、何よりそのバルバロスにこの状態を知られるのは、お前にとっても都合が悪いよね?俺みたいなただの人間にあっさり負けちゃったら、使えない奴だと思われてしまう」


『……』


「あのさ、俺と組まない? そうしたら、お前の宿とかいうのにも、ことと次第によってはだけど協力してあげてもいいし、長い方の刀も川底から引き揚げてやるよ。何かあるんでしょ? 叶えたいことが……」


『お前は一体……、何者なのだ?』


「さあて、何者なんだろうね。自分でもわからないや」


本当に俺っていったい何なんだろう。

ついこの間まで、どこにでもいる普通の高校生だったのに、こんな見ず知らずの世界に連れてこられて、それが今では、その世界を破滅から回避させようと躍起になっている。


セーブポインター。


この変な≪職業クラス≫のせいで俺は、随分とらしくない生き方をいられてしまっている気がする。


クラスの窓際の傍観者。


それが俺だったはずなのに。


『……協力するという話は、乗ってやってもいい。だが、バルバロスにあまり深く関わるのはやめておけ。そのことは、忠告しておくぞ』


「とりあえず、お前は俺が持つとして、イチロウは……川に流すか」


俺はイチロウの腰にあった脇差を手に取った。


脇差から怪しげな光が溢れ出し、俺の全身を包む。


『ぐはははははははっ、間抜けめ! 我を手に取ったな!これで、立場は逆転だ。支配して、一生き使ってやるぞ。どんな悪夢が良い? それぐらいは選ばせてやるぞ…………あれ?なぜだ? 支配できん……。人ごときがぁ、なぜだぁーーーーーー』


「おい、何一人で騒いでんの? 衛兵来るかもしれないって言っただろ」


俺は目玉が付いてる脇差の柄の部分に軽くデコピンした。


俺の全身を包んでいたムーディーなライトが消える。


「おお、いいね。今度、ヴィレミーナとエッチするときにも光らせてよ。けっこう、雰囲気でそう」


俺のリクエストに、≪邪眼刀≫は何も答えなかった。





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