第219話 ひとーつ!

人間のレベルの最高到達点99にするまでに要した178日間、ただ何もせずに漫然と過ごしていたわけではない。


もはや自動車の法定速度以上の速さで何時間でも持続的に走り続けることができるようになっていた俺は、ボスとしての仕事の合間に、日帰りで王都外の各地の様子を見に行ったり、酒場などで情報収集をしていた。

≪場所セーブ≫も駆使して、各地を行ったり来たり、そんな感じだった。


ハーフェンでは、領主であったヴィルヘルムが病死し、その娘のフローラは婚約者であったカルロスの妻になっていた。

カルロスは、ハーフェンの領主の座についており、執事テオの姿は、フローラの傍らにはなかった。


領主の城のバルコニーで、ひとり寂しそうにしているフローラが気がかりになったほかは、ハーフェンは平穏そのもので、表面上は、特に問題などは起きていない。


ハーフェン大聖堂の司祭長に成りすましている蛸魔人ピスコーを秘密裏に退治しておこうかとも一瞬思ったが、余計なことをして世界滅亡までの日数を縮めてしまうわけにはいかないのでそれは自重した。


やって良いこと、悪いこと。


何が世界滅亡の引き金になるか把握できてない以上、ここは慎重にならざるを得なかった。


東の国境に位置する街バレル・ナザワのほど近くにあるジュダラス峠の魔王勢力による秘密基地も同様だ。

そこを壊滅させた直後には、何も起こっていないようでも、それがどのように影響して、あの終末がやってくる日が早まってしまうかわからない。


今回のロードではある二つの目標を立てたのだが、その達成のためにも今は余計なことをするわけにはいかなかったのだ。


その目標とは、王太子の座についたという地球からの転移者タクミに会うことと、繁華街の路地裏に現れる辻斬りとなっていたイチロウの持つ≪邪眼刀じゃがんとう≫とのもっと詳しい会話と交渉だった。


王太子タクミとは、現在のところ、この異世界に連れてこられた者たちの中で、唯一面識がない。

もし、強力な力を持っているなら、巷で「ハーレム作りにしか興味が無い色情魔」だとか、「少女趣味の鬼畜王子」とか、「年中発情してるブタ野郎」とか呼ばれている人物でも何かの助けになるかもしれないので、できることなら一度会って、その為人ひととなりを確認してみたかった。


カルバランもそうだったが、性癖が異常でもそれに目をつぶれば戦力にはなるかも。

……いや、それでもやっぱりなんか嫌だな。


そしてもし仮に噂の通りの救いようのない人物だとしても、世界滅亡の原因とも関わりがあるかもしれないので、いつかはどこかで必ず会って確かめる必要があった。


邪眼刀じゃがんとう≫については、それに宿る神ジブ・ニグゥラを消滅させたことが世界滅亡の時期を早めたきっかけになったのではと思われ、真実に近づくカギの一つにはなっているのではないかと、今は考えている。


どうにかあの≪邪眼刀じゃがんとう≫を確保して、ジブ・ニグゥラをじっくり尋問してみたい。


そういう思惑を持って、夜の繁華街に辻斬りが現れる日を待っていたのであるが、その前に思いがけない一報が飛び込んできた。


王太子タクミの誅殺事件である。


それは再ロードから401日目だった。


俺はもちろん驚いたし、それにとどまらず、この事件には王都中が大騒ぎになった。

何せ血族の正当な王位継承者たちを押しのけて王太子にまでなったタクミである。


市井の人々の注目も相当に集めていたし、何より自分たちを支配する王侯貴族たちへの不満やヘイトを一身に集めて陰口をたたかれている様な存在であったから、その死を大いに喜ばれていた。


十四歳以下の美しい少女たちを後宮の従事者として強引な手段で集めたり、気に入らない家臣などを追放するなどしていたらしいから、人々の恨みは相当のものであったようだ。


だが、通常であれば、こうした王家に関わる不幸ごとなどは、庶民が大っぴらに騒ぐなことどはできないのがふつうであるのだが、この王太子タクミについてはそうした雰囲気にはならなかったのである。


それはゼーフェルトの国王パウル四世自らが、タクミの何らかのスキルによって洗脳下に置かれていたことを認め、国民に向かってこれまでの王太子用後宮造営などの暴政を謝罪する事態になったからだ。


タクミは王太子の座を僭称せんしょうした罪により死体は細切れにされたうえで、ブタの餌に混ぜられたとのことだ。


ちなみにブタはこの世界にも存在していて、少し毛深い以外は元にいた世界での見た目とほぼ一緒だ。

野菜などもそうだが、むしろ、味についてはこっちの世界のものの方が素材としては味が濃く、おいしいかもしれない。


「おかしいな。カルバランたちと世界の滅亡を回避しようとしていた時には、こんな事件は起こらなかったのに、今回はいったい何が違ったんだ?」


疑問に思った俺は、この王太子誅殺事件について調べ始めた。


そして得られた情報を組み立てると、あらましはこのような感じだった。


王太子誅殺を企てたのは国家の忠臣にして、王軍司令を任されているバルバロスという名の大将軍だ。

酒色にふける王太子タクミとその言いなりの状態に成り下がっていた国王に対して、国の行く末に大きな憂いを抱き、クーデターを起こした。

白昼堂々、大勢の部下を引き連れ登城したバルバロスはタクミに王太子の地位を返上し、城から去るように迫ったのだという。

そして、これを拒絶したタクミを、バルバロスの腹心であるイチロウ・タナカが天誅を下したのだということだった。


なるほど。

救世会議での一幕が無かったことで、俺に対する恨みは発生せず、あのイチロウの刃の向かう先がタクミに変更になったということなのだろうか。


イチロウは失脚せず、バルバロスの配下のままで、命令のままに国の害になっているタクミを成敗した。

そう言う事なのか。


聖地ホウマンザンで修行しているときはこうした世俗の出来事などを知る由もなかったが、俺が何も介入しないとこういう流れをたどることになるのだなと胸に留めおくことにした。


意図せずして、タクミに会ってみるという目標が潰えてしまったわけだが、俺は気持ちを切り替え、次のターゲットをイチロウが持つ≪邪眼刀じゃがんとう≫に定めた。


失脚してないイチロウは、辻斬りにはならないはずで、これは尾行するなりして俺の方から仕掛けるしかないと思っていたのであるが、これも予想が外れた。


今や国難を退けた英雄として名が知られることになったイチロウは、貴族の仲間入りを果たし、気安く接触できる立場ではなくなったため、あまり諸々もろもろの展開に影響を与えないように穏便に会う方法を探らなければならなくなったのであるが、そのための下準備をしている間に事件は起きた。


繁華街での謎の不審死事件である。


ちなみにこの事件現場は、アーレント一家改めユウヤ一家の縄張りではない。

俺の持つ縄張りはいくつかある繁華街のうちの一つで、この場所とは近くの別の地区にある。


被害者は、深夜、路地裏で何者かに襲われ、翌朝、付近の住民たちによって発見されたそうだ。

気になった俺は現場を見に行き、そして遠巻きに遺体を確認した。


上半身を袈裟けさに一刀両断。

表情を見るに殺されたことさえ気が付いていないようだった。


そして同様の事件が王都内の様々な場所で、連日、相次いで起こり、少しずつ王都の辻斬りの話題が人々の間で交わされるようになった。


俺は、最近になって夜の外出にあまりいい顔をしなくなったヴィレミーナを、縄張り内の治安維持のためだと説得し、王都中を夜回りすることにした。


建物の屋根から屋根を、≪理力≫と気配を消して移動し、異変が無いか探る。


辻斬りの犯人がイチロウではない可能性もあるのだが、それならそれで構わない。

とにかく犯人さえ捕まえてしまえば、夜の街の治安が守られ、一家が営んでいる飲食店などの集客にも影響が出なくて済む。


物騒な事件が続くと、盛り場に人が寄り付かなくなってしまうからね。



この広い王都で、辻斬り一人を見つけるのは困難かと思われたんだが、そんなことは無かった。


そこはこれまでの辻斬りがあった場所とは別の東地区の繁華街。

場所は目抜き通りから離れた薄暗い一画だ。


気配は消しているものの、犯人の≪理力≫は駄々洩れで、しかも≪邪眼刀じゃがんとう≫から以前感じたジブ・ニグゥラのものと思われる人間には無い独特の波長のようなものをはっきりと感じることができた。


ビンゴ!

≪理力≫の感じから、それがイチロウのものであることは、ほぼ間違いなかった。


これほど離れていてもそれらがはっきりと感じられる。


そしてレベル99になった影響かもしれないが、以前よりも明確に神であるジブ・ニグゥラの存在を知らせる何かを俺は感知できるようになっていた。

俺は便宜上、それを神の気、≪神気しんき≫と仮に名付けることにした。


俺は接近していることを悟られることがないよう慎重に、かつ迅速に、飛ぶようにして、その≪神気しんき≫のある場所へ移動した。


身を屈め、少しずつ屋根下の様子をうかがえる位置に移動する。


そこにいたのは頭部全体をすっぽりと覆う頭巾のようなものを被った、この異世界では異様ともいえる出で立ちだった。

闇夜に紛れる暗い色の着流しで、腰には大小ふたつ差している。

その大小は紛れもなく、≪邪眼刀じゃがんとう≫だった。


往来であんなサムライかぶれの恰好をしているのは、やはりイチロウに違いなかった。


でも、なんか最近、時代劇かぶれの人を多く見ている気がするけど、ブームなのかな?


俺はひとり、首をかしげる。


そして、運の悪いことに、誰か別の人間がこの裏路地に入って来た。


足取りがおぼつかなく、どうやら酔っぱらいのようだ。

壁に向かって立ちションベンをし始めた。


「ひとーつ! 人より力持ち。ふたーつ!ふるさと地球をあとにして。みーっつ!未来の大将軍。都市の衛生を悪化させる悪質酔っぱらいを退治てくれようモモイチロウ!いざ、覚悟、キエッー!」


イチロウが動いた。


立ちションベンをしている男の背に向かって駆けだした。

男もイチロウの口上こうじょうを聞き、気が付いたようであったが、出すものを出し切っていないので、慌てた顔になったのだがそのまま用を足し続けている。


「お、おい!ちょっと待て」


俺は一瞬で、イチロウの前に立ちふさがり、立ちションベンをしている男のもとには行かせない。


「ひええ、お助けぇ……」


イチロウが持つ禍々しい妖気でギラつく抜き身をみて、ようやく恐ろしくなったのか、見ず知らずの男はズボンを下ろしたまま、もつれる足取りで必死に逃げていった。


「貴様……、何者か? 悪事を行う者を庇うは同罪ぞ」


「悪事って、立ちションくらいで人を殺すなよ」


「都市衛生の悪化は疫病発生のもと。悪事に大も小もない」


「お前、イチロウでしょ? そんな覆面つけちゃってさ、バレバレだよ」


「……!? おのれ、それを知られたからには生きてこの場から帰すわけにはいかなくなった。お前にはここで死んでもらう」


イチロウは、本差しの方を正眼に構え、俺に向けて強い殺気を放ってきた。



あっ、二天イチ流じゃないんだ。


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